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羨ましいなあ

先日私の隣のレジで、Mさんがお客様に何かしきりにお礼を言っていた。お知り合いかな、と思って尋ねるとMさんは恥ずかしそうに、
「『良い声してらっしゃるわね』って凄く褒めて下さったんです」
と言った。
Mさんの声は張りがあって高めでよく通る。鼻から少し抜ける感じなので、柔らかさもある。超美声なので私なんぞは羨ましくなって、
「声を活かした何か、なさらないんですか」
と要らぬ事を訊いたりしているが、Mさん自身には美声だという認識はないようで、『高校生の時に放送部だったくらい』なのだそうだ。
売り場には販促用の『よびこみ君』という器械を置いている。販売員が宣伝文句を録音して鳴らすものなのだが、ウチの売り場のよびこみ君は全てMさんの声で録音されている。
家に帰ってからもどこかで『いらっしゃいませ~』というMさんの声がするような気がするくらい印象に残る、秀逸な集客ツールになっている。

サービスカウンターでは、時折お客様の呼び出しをすることがある。誰がやるかは決まっておらず、その時々で手の空いている人がやるようだ。私達、売り場に居る人間にも勿論その声は聞えてくる。
以前、まるでアナウンサーのような美声での呼び出しがかかったので、
「これ、どなたですか?!凄い美声ですねえ!」
と感心してそばに居たYさんに尋ねると、
「ああ、Iさんね。音大の声楽科出身なんだって聞いたよ。良い声してるよね」
と笑いながら教えてくれた。
音楽の先生をしていたが、結婚を機に退職し、今はパート勤めなんだとか。Iさんはしっかりした、手際の良い人でもある。貴重過ぎる人材だと思う。

ウチのスーパーでは数か月前から、電動スクーター(私には正式名称わからず)の販売が始まった。お値段はかなり張るがお客様の関心は高く、展示品をマジマジとご覧になる方はとても多い。
この商品の販促用のアナウンスは、自転車売り場の店員が行うことになっていた。全員が男性なので誰がするのかな、と思っていたらある日、素晴らしいテノールのアナウンスが聞えてきて、またまた驚いてしまった。
主に修理を担当している、Nさんの声である。
朝、事務所で鍵の受け取りの時に少し挨拶を交わす程度なので、Nさんがこんな素晴らしい声の持ち主だとは知らなかった。無口で物静かな方だし、元々どこかの店で店長をされた後の再雇用だと聞いているから、ちょっとお声をかけづらいのだけれど、お話する機会があったら
「良い声してらっしゃいますね!」
と言ってみようか、と虎視眈々と機会をうかがっている。

先週、楽団に新しく見学者が来た。若い男性である。
この子がまた、素晴らしいバリトンボイス。
「よろしくお願いします」
という挨拶の声だけで、「おっ、イケボ!」と興味をそそられてしまった。是非ご入団を!と密かに祈っている。
楽器をやっていると良い声をしてるか、というとそうでもない。外見とも技量とも必ずしもリンクしていない。声楽をやる人だって、地声は『ウソ!?』と言うような人もいるから、まあ当然だろう。
今までいた楽団で私が密かに『イケボチェック』をしていたのは、トランペット、トロンボーン、パーカッションに各一人ずつ。この声の深さはどこから来るのだろう、と思いつつ、いつもほれぼれと聞いていた。本人が知ったら、引かれるかも知れない。

ヨーロッパのオペラ歌手なんかを見ていると、殆どが体格が恐ろしく良いというか、身体が『分厚い』。身体が楽器だから共鳴させるものはゴツイ方が良いのだろう。『まず食べなさい、レッスンは身体を作ってからよ』と留学先で言われた、という声楽家の話も聞いたことがある。
でも、地声の良い人が必ずしも体格が良いわけではない。Mさんも、Iさんも、Nさんも大変痩せた方である。森 麻季さんだって、錦織 健さんだって、がっしりはしておられるのだろうが全然ゴツくはない。当然身体のトレーニングはなさっているのだろうけど、声と体格はそんなに関係ないのかな、と思う。

イケボに色めき立つ声フェチの私自身は、昔からアルトの聞き取りづらい声である。
ああ、美声の持ち主が羨ましいなあ。