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応用問題

お客様は実に様々なことをお尋ねになる。私の居るレジは正面入り口から十メートルくらいのところ、つまり目当ての商品を自分で探しながら入ってきたお客様が店の広さと商品の多さに圧倒され、
「やっぱりお店の人に訊いた方が早いし、そうしよう」
と決断する、絶妙な位置にある。
かくして私は『総合案内所』よろしくお客様のお問い合わせに答えることになる。

と言っても、お客様のご質問には一定の傾向みたいなものがあり、よく訊かれることはすっかり覚えてしまっている。
場所をよく訊かれる商品は決まっている。
先ずは杖。ダントツぶっちぎり一位である。傘を置いていると、杖もあると思われるらしい。全然別のものだとは思うが、形状が似ているからだろう。これは同じ階の二番通路にある。
以前は三階でのお取り扱いしかなかったのだが、あまりにもお問い合わせが多いのと、必要とされる方々は三階に昇るのがいちいち大変な年齢層であると言う事で、一階に下ろすことになったそうだ。
次は学校の上履き。大人(入院や介護用)のはウチのお取り扱いだが、子供用は三階の学童用品売り場にある。靴売り場にあると勘違いして来られる方は多い。新しい学期が始まる前などは特にお問い合わせが多い。
続いてマスク。以前は『なぜこんなところで売っているのか』と思うほどあちこちに置いていたが、今は同じ階の一か所、ティッシュペーパーの隣のみしか置いていない。店に入ると殆どの従業員がマスクをしているので、「やっぱりしなきゃマズイ」と思う方がいらっしゃるようだ。

いつもこういう慣れた質問ばかりなら手軽にこなせるのだが、時折ん?と思うご質問を賜ることがある。
先日来られたお客様は、
「スイマセン、この店は杖・・・」
と仰りかけたので、
「杖でしたら二番通路でございます」
と言ったら、
「いや、杖の先のゴムって置いてますか?」
と言われて目が点になってしまった。そんな商品、存在するのだろうか?
しょうがないのでインカムで問い合わせると、
「三番通路にございます!」
という消耗品担当のNさんの元気な返事が返ってきて、あるんだあ、と驚くことになった。

この辺りにはホームセンターがないので、工具類のお尋ねも多い。この前は
「ドライバーはどこで売ってますか?」
と訊かれたので、
「三階のDIYコーナーでございます」
と答えたら、
「そこってビスも置いてる?」
と続けて訊かれてうん?とつっかえた。早速問い合わせると
「ビスはありませ―ん!」
と住居関連担当のHさんが即答してくれた。
早速お客様に伝えるとありがとう、と言って三階に向かわれた。何するんだろう。

またこの前は幼稚園くらいのお子さんを連れた若いお母さんが、
「マスクはどこですか?」
とお尋ねになるのでお答えしたら、
「そこって子供用の布マスクは置いてます?」
と訊かれて、むむうと唸ることになり、またインカムを頼った。
「子供用の布マスクは、館内全てでお取り扱いありません」
と言う返事をそのままお伝えすると、お客様はありがとう、と立ち去った。不織布、不経済だもんねえ。お母さんの気持ちが理解できる。

応用問題に悩まされるのはどうも私だけではないようだ。一昨日、青果担当の新人S君の声でこんなインカムが入った。
「お客様がトウモロコシ三百本ご所望なんですが、対応可能でしょうか?」
明らかに戸惑っているのが声でわかる。君もビギナーズラックの罠にかかったんだね、と同情の念が起こる。それにしても何に使うのかな。
「ほーい、売り場に行きまーす」
青果担当の主任、Kさんはいつものほほんと明るい、面白い人である。全く動じる様子もなく、インカムに答えていた。
トウモロコシ三百本、発注したのかしら。今度Kさんに会ったら訊いてみよう。

昨日は婦人服担当のMさんから、こんなインカムが入った。
「ペット用品担当の方にお尋ねします。猫の・・・いやあのお猫様の携帯用爪研ぎはお取り扱いありますか?」
婦人服のことなら細かいことまでなんでもよく知っているベテランのMさんだが、猫の携帯用爪研ぎの場所まではご存知なかったようだ。それにしても、『お猫様』って。お客様が側に待ってらっしゃるから気を遣ったのだろうけど、笑ってしまった。
「特に携帯用という訳ではありませんが、小さいものなら一階でお取り扱いございます!」
ペット用品担当のYさんが答えていた。
餅は餅屋、である。

お客様の出す突然の応用問題に日々苦慮しつつ、色んな事が聞けるのはなかなか面白く退屈しないものだなあ、と感じている。
こうやって『館内の生き字引』みたいになって行くんだろうなあ。