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尻拭かず

これまで何度か書いているが、私の父は厳格で、娘の一挙手一投足に細かく口を出しては、言う通りにしないと容赦なく手を上げる人だった。特に物事の後始末には非常にうるさく、遊んだ後の玩具をちょっと散らかしたままにしたりしようものなら、酷い鉄拳制裁が待っていた。
お陰で私は未だに何でも終わり次第、さっさと片付けてしまう人間である。時折夫に
『忙しない』
と溜息交じりに苦情を言われるくらいであるから、ちょっと度を超しているかも知れない。

話は変わるが、春は財布や鞄などがよく売れる季節である。
『張る財布』の験担ぎで財布を買う方、進学や就職のために鞄を新調する方、セレモニーの為に新たに鞄をお求めになる方、とお客様の目的は様々であるが、おかげさまで最近のウチの売り場はクリスマスに匹敵するくらいの忙しさになりつつある。ピークは三月だ。
当たり前だが、皆さんお買い求めになる前には必ず商品を手に取ってご覧になる。だからこの時期の売り場は乱れやすい。
レジにお客様がいらっしゃらない間を縫って、整頓に精を出すことになる。

財布にせよ、鞄にせよ、ファスナーの付いている商品は多い。実は商品を手に取りファスナーを開けてご覧になった後、閉めていく人があまりにも少ない。少々驚いている。
どうして開けっ放しで放置して立ち去れるのだろう。私には理解しがたい感覚である。
ファスナーを開けっ放しの鞄や財布が陳列してあると、売り場全体がだらしなく見えて、イメージを損なう。中に詰めてあるアンコが見えていたりすると最悪である。
だから朝の掃除の時などに見かけると、速攻で閉めねばならない。だが、酷い時は掃除をなかなか進められないくらい、あちこちでファスナーが開きまくっている。
しょうがないので床を拭いてはファスナーを閉め、鏡を拭いてはファスナーを閉め、を繰り返す。あまりにひどい時は一旦諦めて、掃除を全て済ませてから、集中的にファスナーを閉めに売り場に繰り出すこともある。

スニーカーやブーツにもファスナーが付いている物がある。試着する時ファスナーを開いて足を入れ、ファスナーを閉めて鏡を見る。そして再びファスナーを開けて脱ぐ。そして棚に戻す・・・の前にファスナーを閉める人は一割いらっしゃらないのではないだろうか。お履きになられた後の靴はほぼ百パーセント、ファスナーが開きっぱなしになっている。
商品整理をしながら、これらのファスナーを閉めて回るのも私の仕事である。皆さん遠慮なく、あちこちで盛大に開けっ放しにして下さっているので、全部を閉めて回るのは結構大変である。
ブーツは現在はもう在庫限りになっているので、これらがなくなってしまえば少し楽にはなるのだが、最近はスニーカーもファスナー付きのものが増えてきている。着脱が容易なのと、靴紐を一回ずつ結ばなくても適度なフィット感が得られるのが人気の理由だそうだ。
人気があるせいか試着される方が多いと見えて、あちこちでファスナーが開けっ放しにされている。これもいちいち閉めて回る。
私は一日で一体何足分のファスナーを閉めているのか。数えてみたことはないが、多分二十とか三十では済まないと思う。

父は後始末をしないことを『尻拭かず』といってとても嫌がった。
トイレで用を足した後、お尻を綺麗に拭かずにそのまま出てきてしまうことを指し、後始末が出来ないことを窘める時に使う、旧い言い方である。
今はウオッシュレットが洗って、なんなら乾かしてくれるものもあるから、尻なんて自分で拭かなくても、後始末がちゃんと出来た状態でトイレから出てくることが出来る。
何でも自動でやってもらえることが多くなってきて、後始末をしないことにあまり罪悪感を覚えない人が増えているのだろうか。
別に怒りはしないけど、仕事とはいえなんだかちょっと違和感を感じながら、私は今日もあちこちとファスナーを上げて回るのに忙しい。