さなぎ

さなぎ

「おねえちゃん、いつになったら会えるのかな」

 夕飯の席で下の娘がふと、思い出したようにそう呟いた。会社から帰ってきて、席に着いた夫はその言葉に小さくため息をついた。娘の一言は、夫の何か、溜め込んでいる深い部分を刺激したに違いない。白髪の混じり始めた、寡黙な夫は、溜め込んだそれを娘の前で顔に出さないように気をつけているらしかった。私だって、毎朝毎晩そのことを考えている。そのことばかり考えすぎて、居間でテレビを見ていても落ち着かない。洗濯機を回していても、料理を作っていても、娘を塾に車で送り届けているときも、常に意識の片隅にある。夜中にはっと目が覚めて、そのまま朝まで考え込んでしまうこともあった。


 家族で夕食をとるとき、私は一応、上の娘の分も作る。二階の部屋にいる上の娘は、今年で二十三になるはずだ。そして家族が夕飯の席に着く前に、二階の彼女の部屋の前まで持っていく。「夕飯できたよ」そう声を掛ける。しかし、もう何年も返事はない。彼女が部屋の中にいることはわかる。白い糸が、ドアの隙間から部屋の外に少しだけ伸びているからだ。


 部屋の中を見る勇気は、私にはとてもなかった。一度夫がしびれを切らして、工具でドアを無理やり開けようとしたことがあったが、ドアは決して開かなかった。おそらく、糸がドアに絡まって固まっているのだろう。

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