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第23話「アネモネ」

露天風呂を堪能して部屋へ戻ると、タイミング良く食事の用意を始めていた。神宮寺がノートパソコンを開いて、真剣な顔で作業をしている。髪の毛を結っていたのと浴衣姿だったので、普段着と違う容姿にドキッとさせられてしまう。

「ここの露天風呂は最高でしょう」と神宮寺がパソコン画面を見ながら訊いてきた。

「そうですね。露天風呂も久し振りだったので気持ち良かったです」

「ふふ、私も久し振りだったの。仕事ばっかりの生活だから、こんな風にのんびり過ごす事もなかったの。あなたもそうなんでしょう」

やり手の宝石商は休日という概念が無いかもしれない。それに比べて日曜日と祝日を休んでる僕なんか、神宮寺から見て大した仕事量じゃないんだろう。

だけど、仕事の事や煩わしい日々から解放されるのは心地良い。

「それで、やっぱり見張るつもりなんですか?」と僕は向かい側に座ると訊いた。

「誰がアネモネを供えてるのか。それが大いに問題なら、少しの可能性に賭けて現場を見張るのが解決への近道じゃない」

「でも、それで一日を使うのは勿体ないような気もしますが」

「あなたは考えがあるの?」と神宮寺はそう言ってノートパソコンを閉じた。

「解決の道になるか確証はありませんが、カルマの死の原因を初めから考えた方が良いと思って。当初、警察はカルマを自殺と考えました」

「それって、芦ノ湖から富士の樹海が近いからでしょう。カルマは樹海で死のうと考えたけど、変更して芦ノ湖で自殺した。でも、カルマの死は不可思議な事が多い。意味もわからずリュックを背負ったまま溺死して、不可解な頭蓋骨がリュックの中に入っていた」神宮寺は当時の事件を振り返るように話した。

「本音は、カルマが自殺するなんて微塵も思ってません。それでも、ここは自殺に絞って調べるのもアリかなと思ってます」

「なるほどね。それでどうしたいの?」と神宮寺が訊き返す。

「二手に別れませんか。神宮寺さんは現場を見張って下さい。僕は少し調べたい事があります」

「何よ、内緒にするつもり?」と神宮寺が前屈みになって見つめてきた。

浴衣姿の神宮寺の胸元が強調されて、胸の谷間が覗いて視線に困った。スレンダーな身体をしていたが、胸の谷間のボリュームに男の本能が溢れしまいそうだった。胸の谷間から目線を逸らすと僕の考えを話した。

「へぇ、なるほどね。街の花屋を調べるわけね。良い考えじゃない。つまり!君は街の花屋でアネモネを買ってる人物が花を置いてる人物と予想してるわけね」

「アネモネを扱ってる花屋で購入してたら、謎の人物が浮かんでくると考えてます」

本音は神宮寺と一緒に居るより、一人の方が気楽だったからだ。車の中で二人っきりなんて身が持たない。とりあえず明日の行動は決まった。神宮寺琴音は現場の近くで見張り番をする。

僕は街の花屋で、ここ最近アネモネを購入した客を調べる。二日目の予定が決まったので、僕たちは夕食をいただく事にするのだった。

高級宿屋の食事は食材も素晴らしくて、ホントに全ての料理が美味しかった。日本酒も呑んでいたので、酔って気分が良くなり会話も弾んだ。だから、自分から彼女の愚痴を溢していた。


「嫉妬は恐ろしいわよ。特に女の嫉妬は相手を殺しかねいわ」

「冗談でもやめて下さいよ。僕も彼女があそこまで嫉妬深いと思ってなかったから」

「苦労しそうね」と神宮寺はそう言って、日本酒の入った徳利を細長い指先で摘むと御酌した。

神宮寺にお酌されながら、僕の視線は浴衣の胸元へ視線が移っていた。さっきからずっと気になっていた。このまま悪酔いしたら問題を起こしそうだ。

そんな不埒な感情を抱きながら目の前の神宮寺を見るのだった。


第24話につづく


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