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健康の基準は自分で決めていい

自分に要求する健康の水準が高過ぎて疲れてしまった。
標準的な体重、7時間睡眠、適度な運動、湯船につかる、栄養のある食事、節度ある買い物、etc,etc.
スポーツジムに入会して、初めて運動が楽しいと思えたし、7時間眠れれば体は楽だけど、私は楽しく生きるために健康な心身が欲しいだけで、健康のために生きてるわけじゃない。
発達障害があり、不眠と躁鬱と喘息と買い物依存があり、もちろんそれらはないほうがいいんだけど、完治しなければ何もできないみたいな考え方にすぐ囚われてしまう。寛解はあっても完治しない病気ばかりなのに。
通院をやめるとかはしないけど、少し「健康」の基準を変えようと思う。無意識に20代ぐらいの身体を求めるのをやめようと思う。
私は50代で、あちこちガタがきて当たり前の年齢だ。もっと積極的に不調を加齢のせいにしたい。不可逆で悪くなる一方なのだと考えたほうが楽だ、少なくとも今は。
「何歳からでも遅くない」みたいな言説はまやかしだ。人生には手遅れというものがちゃんとある。それを忘れていた。たとえば私の奥歯は昔虫歯になりすぎて神経を抜いた歯ばかりで、大事にしてはいるけど神経が生えてきたりはしない。
健康な心身には憧れるけど、そのために生きる楽しみをすべて捨てるのはちょっと違うんじゃないか。
今1時39分。久しぶりにオールナイトニッポンを聴いた。この時間に起きてる人はたくさんいる。そんなことすら忘れていた。
健康であれば楽に生きられる可能性は高いけど、23時には眠る生活で失われたものもきっとたくさんある。
喘息があるから煙草はとうにやめたし、お酒は元からたいして飲めない。たまの不摂生ぐらい自分に許したい。

今日はそろそろ眠るけど、眠れない夜にコンビニ行ったっていいんだよ。

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