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今世紀コーヒーが美味しくなった話(上)

この20年ほどでコーヒーを取り巻く環境は様変わりし、おいしいコーヒーが気軽に飲めるようになりました。こうなった特に重要な要因として、

1. 作り置きをしなくなった
2. 焙煎豆を新鮮なうちに使うようになった
3. おいしい豆を容易に入手できるようになった

の3つを挙げることができます。詳しい話については(文中でも紹介している)旦部幸博さんや川島良彰さんの本に当たるのが良いと思いますが、ここでは豆知識レベルの話として簡単に書きたいと思います。前後半に分けますが、前半(上)では1と2の鮮度の話をしていきます。

作り置きをしなくなった

コーヒーの味は淹れてからの時間が大きく影響します。淹れてから数十分もおけば、(特にフルーティな)香りは飛び、渋みや舌の上に残る酸味などが目立つようになります。香りは揮発性の成分であり放っておけばどんどん揮発して無くなっていきますから、時間がたてば香りがしなくなるのは当然です。味の変化は主に成分の加水分解が進むことによってもたらされ、特にホットコーヒーを保温するとそれが顕著に現れます(詳しい過程は旦部幸博「コーヒーの科学」をお勧めします)。この効果は非常に大きく、どんな味音痴でも確実に判別ができるほど味が劣化します。良い豆を探すのが仕事の“コーヒーハンター”川島良彰氏でさえ、著書の題名を「コンビニコーヒーは、なぜ高級ホテルより美味いのか」(答え:回転率がよく鮮度が保てるから)としており、なにより(産地や品種より)まず伝えたい事項として鮮度を選んでいます。

ところが、20世紀の間はコーヒーはしばしば作り置きされ、保温サーバーの上で数時間放置されたようなものが当たり前に存在していました。ファストフードやファミレスのドリンクバーはおろか、専門店のような顔をした喫茶店ですらそれが当たり前という時代でした。どんなにいい豆を使い、店主こだわりの技法で淹れたとして、淹れてから時間がたてばすべてが台無しになります。

21世紀になってこの状況は大きく変わりました。スターバックスなどシアトル系コーヒーブーム、エスプレッソブームで機械淹れであっても注文後に淹れるということが当たり前になったのです。どんな人でも味の違いが分かるほどの変化があるのですから、この傾向はとどまることを知らず、今やファミレスやコンビニですら機械淹れドリップコーヒーを提供するようになっています。ブルーボトルコーヒーなど注文後に店員が手で淹れる店も伸張しています。

おいしいコーヒーを飲むなら、豆や手技のうんちくを語るより、淹れてすぐ飲むのが先決です。作り置きしたものに比べればブルックスのコーヒーバッグのほうがマシですし、今どきの機械は並みの手技よりまともに淹れてくれます。ドトールなど高回転率の喫茶店でなければ、コーヒーサーバーが置いてあるようなところのコーヒーに期待してはいけません。選べるのであれば、そういった店は避けましょう。

焙煎豆を新鮮なうちに使うようになった

前節で述べたようにコーヒーは淹れたのちは分単位で劣化が進んでいきますが、焙煎豆の段階でも少しずつ劣化は進んでいます。香り成分は徐々に揮発していきますし、大気中の水分や酸素と反応して加水分解や油の酸敗も進んでいきます。したがって、焙煎(袋詰めなら開封)からどの程度日がたっているかも重要な要素になります。少なくとも、数か月(大気が入る状況で)放置されたような焙煎豆は、保温サーバの上で放置されたコーヒーと同様と思っていいでしょう。

焙煎豆の飲み頃については人により意見が異なります。ブルーボトルのような鮮度を売りにしたところでは長くて1週間と主張していますし、焙煎豆を通販で売っているような店では2週間から1か月と主張しています。私が見た中では1か月ほどでちょうどいい味になるといっている消費者も見ました。これは理由がないわけではなく、焙煎直後はコーヒーらしいというよりは大豆を煎ったようなにおいがすることがあり、時間とともに香りの質も少々変わってくるため、好みのポイントがある可能性はあります。ガスクロマトグラフィーなどを用いた試験では4日目あたりが香りのピークではないかとしています。また、豆を挽いて粉にすると表面積が増えて香りの揮発も大気中の水分・酸素の吸収もそのスピードが上がります。化学的検討によると、劣化速度は挽いてないときに比べ2倍程度とされています。

 20世紀の間は、専門店面をしている喫茶店でもその実は大手の卸による1kg袋の挽き豆(粉)を使うところが珍しくありませんでした。今でも喫茶店ではないレストランなどでコーヒーをそのように淹れているところがあります。そのような豆を使っていては、どんなに凝った手技やどんなにリッチなアレンジコーヒーを取り扱っていたとしても、期待できるものではありません。

 今はむしろ、チェーンの喫茶店やコンビニのコーヒーのほうが鮮度の高い豆を使っています。単純に高回転率ですし、サンドイッチなどのフードサプライと一緒に小口で頻繁に供給されるので鮮度の維持も容易です。もともとちょっとうるさいような店ですから、その場でミルを使っても騒音がさほど気になるわけではありません。手近に手に入るコーヒーで一番美味いものがコンビニコーヒーだとしても珍しいことではないでしょう。

 家で淹れる場合は、豆の鮮度にも気を使うと美味しいコーヒーが飲めますが、コーヒーの作り置きよりはまだ影響が小さいです。私も時間がないときは500g袋の粉を回転率のいいスーパーで買ってきて2週間で消費しきるということがよくありました(回転率のいい商品を選ぶのは重要です)。現在自家焙煎をしているのは、郊外に引っ越したため回転のいい焙煎豆が近所で手に入りづらくなったという事情があります。

 また鮮度を優先する場合、ミルやグラインダーに過度にこだわる必要もないと思います。コーヒーミルもプロペラカッターはばらつきやすく良くないと言われますが、手挽きは面倒だしこだわりの大型ミルも置いておけないというのならプロペラカッターでも十分というのが私見です。

後半に続きます)

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