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マッチ工場の少女【映画鑑賞記録#2】


アキ・カウリスマキ監督作品、『マッチ工場の少女』の鑑賞記録です。
カウリスマキ作品は他にも何本か視聴しましたが、こちらの『マッチ工場の少女』が一番好みでした。
他に『浮き雲』(希望に満ちたエンディングに意外性あり)、『パラダイスの夕暮れ』(渋い男たちの義理人情あつい)も良かったです。

本作も、他作品同様ダークで毒っけのある世界観です。ドロドロしたやつじゃなくて、劇物っぽい刺激的な毒。
あとは、なんといってもシニカルな軽薄さがたまりません。飄々とした雰囲気に惹かれる。


あらすじは極めてシンプル。
主人公はマッチ工場で働くイリス。このパッとしない少女(と呼ぶには貫禄がありすぎる気もしますが)の人生が、ある男性に遊ばれた一夜を境に変貌していくその顛末が描かれています。
当たりの強い両親を養い、彼女自身とりたてて魅力があるわけでない。もちろん異性との浮いた話もなく、なにかと気の毒なイリス。
ある日、なけなしの賃金で購入した一張羅のドレスを纏い、ナイトクラブ?に出かけます。そこで1人のインテリ男性と出逢い、その夜のうちに身を捧げたイリスは彼との結婚を夢見ます。
しかし、男はこの夜を単なるアバンチュールとしてしか見なしておらず、妊娠を打ち明けたイリスに対して、中絶費用と拒絶を突きつけました。
やけになったイリスは、購入した鼠殺薬で自分を裏切った男、両親、さらには無関係のナンパ男?を毒殺していきます。


あらすじを概観すると深刻な作品のように感じられますが、皮肉的な演出が効いていてコメディ調になっています。ブラックコメディというのでしょうか。
最低限の情報量で静かに物語は運ばれていきますが、ところどころパンチが効いていて嘲笑を誘います。
表面上の起伏のなさが、イリスの内心にゆくゆく発達していく嵐と怨念の激しさを強調します。

基本的に仏頂面なイリスですが、絶妙な表情の違いにうっすら感情が見えてすごく可愛らしい。
カティ・オウティネンの単体の写真ではすごく溌剌として見えて、役とのギャップがありますね。別の登場作も然り。

面白みのない日常を送っていたイリスは、突如非日常に駆り立てられていきます。
それは不愉快な日常の繰り返しのなかで蓄積された鬱憤が氾濫した結果なのでしょう。表面張力ギリギリだったものが溢れたという感じ。
突発的な刺激が彼女の保守的な性格を翻し、にわかに残虐性を誘起した、というわけではなさそうです。

表面張力の働きは、実際の用法や人心の比喩にとどまらず、生活のいろいろな面で見つかりますね。
とりわけ整理整頓とか、顕著な例だと思います。
家の清潔度は表面張力みたいなもので、一定の基準を超えると手に負えなくなります。その基準線をこえないように、細やかな水抜きを行う必要がある。
覆水は盆に返らない。重要なのは、物事をその物事としてとどめる境界がどこにあるのか把握するよう努めること。

そうは言っても、リミッターが外れ気の向くままに暴走するイリスの方が、従来の彼女よりもはるかに魅力的に見えるのは私だけでしょうか。
欲求不満が解消された彼女は、やたら顔立ちが凛々しくて、非常に苛烈で美しい。
重犯罪者にもかかわらず。シニカルなジレンマがそこにあります。

作中では、たびたび歴史的大事件を放映するニュース番組のカットが挿入されます。天安門事件やホメイニ逝去など。
かつて視聴者として眺めていたこうしたスクープに、イリスは自身が当事者として特集される立場になってしまいました。

人は自らを所有する退屈を厭い、遠くにある壮大な冒険を志向します。その実、日常の中に生活を揺るがす一大事の火種は常に潜んでいる。それはささいな出来事をきっかけに発芽するかもしれないししないかもしれない。
退屈でも安定感のある日常、刺激的だけど危険な非日常、私たちはどちらを選ぶべきなのか。そもそも、その選択権を与えられていると言えるのでしょうか。

鑑賞日:2024/1/5

イリス描きました(2024/03/21)

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