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ショートショート なんでも洗います

 カウンターの上に肘をついて、頬杖をしながらクリーニング屋さんは座っていました。ひまなのです。誰でもいいから、お客さんが来ないかなと思いました。あんまり暇なので、張り紙を書きました。油性ペンで、はっきりと。書けたら、店先にはりつけました。

『なんでも 心をこめて 洗います クリーニーング屋』

 曲がっていないか確認して、よし、と小さく言って、またカウンターに戻って頬杖をついてあくびをしました。

「ほんとうに、なんでも洗うの?」

 声がしました。目の前には誰もいません。立ち上がって、下をみてみると、くりくりの目をした、シーズー犬でした。

「僕さ、お風呂がきらいでさ。」

 シーズーは喋りながらずるりと自分の毛皮をぬぎました。少し寒そうに震えて、くしゃみをしました。カウンターに毛皮を置きます。

「これ、洗ってよ。」

 クリーニング屋さんは目をまるくしました。とりあえず毛布をもってきて、シーズーにかけてやりました。それから毛皮をよーく調べて、「いいよ。」と言いました。「ちゃんと、縮まないようにするからね。」

 それからは大急ぎ。早くしないとシーズーが風邪をひいてしまいます。特製のオイルの中で手でふり洗い。風通しのいいところで乾かします。仕上げにちょっといい香りのするスプレーもふってあげました。
 シーズーは毛皮をうけとって、するりと身につけて、「こりゃあ、いいね。」と鼻をひくひくさせました。「上等の香りがするよ。」それから上機嫌で帰ってきました。

「お代…。」
と言いかけてクリーニング屋さんはあきらめました。犬がお金を持っているはずがないのです。もっていたとしてもどこかで盗んだものでしょう。諦めることにしました。まあ、いい。ひまだったし。

 次の日、黒塗りの車がクリーニング屋の前に止まりました。高そうな服を着た年配の女の人が執事をつれて入ってきます。大きな袋を抱えていました。

「うちの子に、腕がいいって、きいたから。」
女の人が言いました。執事が袋をあけると、カウンターに洋服の山ができました。
「お願いできますかしら?」
はいはい、とクリーニング屋さんは大喜びで返事をします。車の方をふとみると、昨日のシーズー犬が嬉しそうに尻尾をふってこっちを見ていました。

ショートショート No.177

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