見出し画像

恋する気持ちを思い出してた。

「やせたね」
「笑。太ったよ」
「うるさいよ」
いつものセリフで、そう言った声は、
わたしが知っている声よりも、ずっとやさしかった。
きっと、いい恋をしているんだろうな、
そう思った。

こんなことってあるだろうか。
出勤途中の原宿駅で、
20代の頃付き合っていた元彼と偶然出くわした。

最近の人は、彼氏のことを「恋人」とか言って、
なんだか、素敵だなって思っていたけど、
あの頃のわたしには、愛しているとか、そんな感情はなかった。
だから、きっと、「恋」人なんて表現なんて思いつくはずもなく、
彼は、わたしにとって「彼氏」だった。

ただただ好きで、恋に恋していただけかもしれない。
それでも、彼のことが好きだったことは事実だ。
でも、なんで好きだったか忘れてしまった。

そんな、彼に偶然出くわした。

原宿駅で、山手線を降りた瞬間、
目があった。
お互いに気づいて、
わたしは、それまで読んでいた橋本倫史さん著「ドライブイン探訪」で、
半分顔を隠しながら彼に近づいた。

「え?近くに住んでるの?」
「仕事で浜松町に行かなくちゃならなくって」
なんの答えにもなっていないな、
なんて思いながら、会話を続けた。

「やせたね」と彼。
「笑。太ったよ」と彼に向かって言う。
「うるさいよ」といつものように、彼は返した。

ああ、懐かしい響きだな、
と感じながらも、
言い方が、だいぶやさしくなった。

あのときは、友達同士がじゃれ合うような激しいツッコミで笑
楽しかったけれど、いつまでたっても愛を感じることができなくて、
別々の道を選択したんだっけ。

毎晩のように、映画や芝居の話をしたのも、
わたしが病気で、ずっと寝込んでいるときもいつもそばにいてくれたのも、
あの商店街を行ったり来たりしたのも、
全部いい思い出だ。


今思うと、ひどく感謝しているなと思った。

大好きなドキュメンタリーも一緒に観てあげれられなかったし、
夢を応援してあげることも、支えてあげることもできなかった。
ただただ、愛して欲しくって、わがままばかり言って、振り回した。
本当はごめんね、ありがとうと言いたい。

会ったら、責められるんじゃないかって思ってた。
でも、そんなこと一言もなくて、
いつもの「うるさいよ」が聞けたから、
少しドキドキしながら、
あなたと過ごした日々を思い出している。
あなたが、誰かに出会ったように、
わたしも大切な人と出会うよ。

ほんの一瞬でも、あのときとは違って、こころが通じ合えた気がする。
不思議なものだ。
こんな偶然の再会で、恋する気持ちを思い出すなんて、
人間て、なんて単純。

押してくれると、とんでもなく喜びます。