甘く優しく刺されてる

人を好きになることは簡単だ
その人を見て聞いているとたいてい素敵だと感じることが出来る
そのせいで感じるものの衝撃は
いちいち重く刺さるように心を動かす

間違いなく好きだと思った
笑顔も話し方も好きな物もどれをとっても
だがこれ以上焦がれてはダメだと
自分で線を引いた日があった。

あの人はゲームが好きだった
酷く楽しそうに笑い叫び娯楽を楽しんでいた

あの人は言葉で遊ぶのが上手かった
言葉以上の語彙と思考がある証明に感じた

あの人は自分を愛してはいなかった
人が見せない自己嫌悪を少しかいま見せてくれる人間らしさが愛おしかった

あの人は人を見ていた
自分の範疇の人に対して優しく真摯に向き合う強さがある人だった

あの人は真っ直ぐだった
何かを変えずに続けることは至難な事それが出来るひたむきさや努力できる人だった

あの人はどこまでも他人だった
ただ見ているだけあの人の『生』に私はどこまでも関わることは出来ないしどこまでも無関係な場所にしか居られない

変わらない距離も変わらない不毛な感情も
小難しく言葉にすれば納得が行く『感情』に昇華できると錯覚したかった。
だが同時に人を好きになることに理由を思考し説明して見せようとする事はあまりに適さない事だと痛感する。

だが言葉にしなくてどうする
愛したことを残せるのも
愛したゆえに傷を負ったことも
その愛に後悔が無いことも
私以外誰も知らない
私以外誰も表現出来ない
だから言葉にする

だからこの傷がゆっくりと痛むように
恨みとありったけの愛を込めて
腹をナイフで抉られるような痛みが
全身にじわりと広がる
やがて心や思考までも痛みが絡みつき
『好きなのに』『好きだから』
なんて簡易的な言い訳が思考を巡る

人を好きになることは私にとって簡単だ
その人を見て聞いているとたいてい素敵だと感じることが出来る
だがその『好き』の背後にまとわりつき禍々しく心を侵食する
結局好きが隠そうとも見え隠れしている、この『』に私は弱いのだろう
この毒が好きに中毒性を加え
限りなく留めようのない物にまで
私の抱える好きをおかしなものにするのだろう。

だから人を好きになる度に私は
甘く優しく刺されている』のだろう。


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ある時であった人に僕は『好き』を感じました。それが恋情なのかはたまた友情や尊敬から来る好意だったのかはまだ僕にも消化出来ていません。
けれどその人の魅力を浴びて人間性を噛み締め、その人に触れる度に魅力を飲み下すとどこかに痛みが走ったのです。
それは触れられぬ距離しか取れないあの人への強い感情から生まれるものだったことは言うまでも無かったですかね。
ただ見せられる声や姿その所作の全てがどこまでも愛おしく幸せをくれるものだったのです。
今でもその感情は変わらず僕の中で蠢きどこまでも僕を侵食しようと働きかけてきます。

だけど僕は酷く弱い、そして何より僕は常に新しく誰かに『好き』を持てる人間なのです。
故に何度も人を好きになり、何度もこの毒を飲み下しているのです。

これはただの短編です。
人を好きになり触れれば触れるほど痛みも増すなんて事に気付いてしまった哀れな人間の痛みに呻く声になら紛れ、隠せるとたかを括った人間のただの人生の一節なのです。

#1(Z8