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6. 新人のおばさん

バイトに新人が入ってきた。見た目は小太りでずんぐりしている40代くらいのおばさんなのだが、バイトのシフトの入れ替わりの時、はじめてあった。僕はそのときから何か得たいのしれない違和感を覚えた。
店長も面接のあとに、「あまり長く続かないだろうな。」と言っていた。
僕はコンビニでアルバイトをはじめてもう3年と半年程は経っている。
その今までの経験からバイトをすぐにやめてしまう人というのは、最初の挨拶を交わした段階でなんとなく分かってしまうのだ。
正直今回もすぐにやめるだろうなとは思ったのだが、それとは別に「今までと何かが違う」と感じたのだ。
どこか挙動不審なのだ。
そして異常なまでに腰が低い。「すみません、すみません」となにもミスはしていない
のにもかかわらず、すぐに平謝りし、かなりの早口で喋るのだ。
僕の違和感というのは、例えるなら、地球外の星からやってきた謎の知的生命体が、宇宙船が壊れてしまったために、地球で生活をしなければならず、地球人に正体がばれないように必死に人間らしい振る舞いをしているように思えたのだ。
これは僕の行き過ぎた妄想とは言い切れないのだ。
なぜなら、宇宙に人間以外の知的生命体がいないことを誰も証明することができないからなのだ。
『メイン・イン・ブラック』を見たことがある人なら分かると思うのだが、宇宙人たちは、人間の姿に変装して、僕たちの身近なところで生活をしているのだと思う。
そして僕は、『寄生獣』に登場する連続殺人鬼の『浦上』のように人間とそうでない存在を嗅ぎ分けることができるのかもしれない。
それから数日後、バイトのシフトで一緒になった時、最初にあった違和感は疑いへと変わるのだった。
おばさんは僕と挨拶を交わしたその直後、いつもの早口で、「あの~、NHKの立花さん知っていますか?」といきなり聞いてきたのだ。
「あ、はい、N国党の立花さんのことですか?」
「それがどうかしたんですか?」
「あ、いえ、いいんです。いいんです。」
「あのー、私はあまり要領が良くなくて、ご迷惑をおかけすると思いますけど、どうぞよろしくお願いいたします。」
「あー、こちらこそよろしくお願いします。。」
いったい僕とどういう話をするつもりだったのか。ほぼ初対面の人にいきなり政治家の話題はしないだろう。そもそもそんな話についていけるはずがない。
やはり、人間の姿をしている宇宙人なのだろうか。
髪の毛を抜いて、それがうねうねうごくようであればパラサイトだとわかるのだが、宇宙人に関してはどうやって見分ければよいのかわからない。
だが、あきらかにおかしいのは会話の仕方だ。
まるでさっき人間の会話のパターンを覚えたみたいではないか。しかも、手っ取り早く手に入るテレビからの情報を話題に使っていたのだ。
いざ作業を始めると、たしかにミスが多いのだ。ただ、レジでの接客はそつなくこなしていた。
納品されてきた商品の検収をする時、検収用の読み取りの道具を上手く扱えないらしく、商品の個数入力を間違えるたびに、「すみません、すみません」と平謝りなのだ。
その他でも、平謝りがあまりに多いので、僕はなぜだか申し訳ない気持ちになってきてしまった。
だが、もしかしたらこれも何かの作戦なのではないかとも思ってしまった。僕を申し訳ない気持ちにさせることで、疑いの目をなんとか紛らわそうとしたのではないか。
僕の中で疑念が膨らむばかりであった。
この日は、それ以外で特に目立ったこともなく終わった。
そして、次の日になりまたバイトで一緒に入る予定であったのだが、バイト開始時間になっても新人のおばさんが現れないのだ。
しばらく、前のシフトで入っていた主婦と待っていると、電話がかかってきた。
「あのー。すみませんけどー。」この声は明らかに新人のおばさんの声だ。
「私、実は2日ほど前に車で事故を起こしてしまって、それで保険のやりとりかなんかでもうほんとに悩んでいまして、精神的にもきついのでバイトをやめさせてもらえないでしょうか。」
予感は的中していたようだ。
「一応店長にも電話をかけてその旨を伝えておいてください。」
と僕は応えたのだが、
「いや、それはちょっとね、しんどくて精神的にもきついので、それは勘弁してください。」
「あ、はい、わかりました。」
まあいいだろう。たしかに店長には言いづらい。
僕の口から伝えておこう。
それから、僕は考え込んでいた。
ついに宇宙船の修理が終わったんだな。
車の事故ではなく、地球への着陸のときの事故だろう。そりゃあ自分の星に帰れないと思うと精神的にもきついわけだ。それに、宇宙船が直ったからには、もうバイトに来る意味も無いのだろう。故郷の星へ帰って、地球での生活についての土産話でもするのだろう。
それにしても上手く人間らしく立ち回っていたな。地球でもあれだけ平謝りをしていたのなら、きっと、故郷の星でも平謝りばかりしているのだろう。
僕がもし、異星人たちの星で暮らすことになったなら、あれほど上手く馴染める自信が無い。
こっそり、「ほんとは地球人では無いんですよね?」「大丈夫です。誰にも言いませんから」
「本当のこと言ってください。」
と言えばよかった。惜しいことをしてしまった。
この日は、少しだけれど寂しい気分になってしまった。
それから3週間程たったくらいだろうか。
僕は、いつものようにバイトしていたら、あの宇宙人があらわれたのだ。
そして事務所に入っていき、給料明細を貰って帰っていった。
このとき僕は気づいてしまった、彼女は宇宙人などではなく、バイトを適当な理由をつけて早々に辞めた、ただのおばさんだったのである。

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