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陽だまりの粒 その(壱)

プロローグ


『日本のROCKなんて元々買い物カゴぶら下げたオバサン達の事でしょ!日本にROCKなんて物は存在しないから』

と誰かが語り、空前のバントブームも終焉と崩壊のカウントダウン終了の時間まで残り僅かに差し掛かり、若者文化を全て食い散らかして激太りした奴らが保身に走り、屑な業界の大人共が撤退し始めた…

そんな頃-----------------------------

1990年の8月の中旬のこと。夏の名残である残暑が戻って来てくれたお蔭で、雲1つない快晴の究めて暑い日曜日の昼下がり…

軟弱な耳だと、絶対に耳を塞がないと耐えられない、音楽なのか雑音なのか、例え様のない音圧の塊が、楽器屋の2階の一室を爆音で震わせながら高速と言う言葉すら言い当てているのか分からない位、凄まじすぎる速さで演奏され、狭い空間のスピーカーから放射される。この日楽器屋の2階に集まった人はバント関係者を除くと30人にも満たないだろう。

今、オープニングのバンドが演奏しているのは、1曲2分にも満たない曲とおぼしき音圧の塊で、それを2秒間隔で次々と繰り出して行く。ボーカルは、決して人間の声とは思えない咆哮で唸り、ドラムはギネスにでも挑戦するかの如く、人間の限界を遥かに超えた高速のスピードでドラムセットをぶん殴り、ギターは、蝉を鳴かせたような潰れた音をギーギー鳴らしながら、ひたすらコードを掻きむしり、ベースはもはや音が悪過ぎてゴリゴリと音圧の固まりが響いているかのような、ハッキリと聞こえない音をキープしている。

フロアと殆ど高さが変わらないステージの前に集まった、10人程の客が高速のリズムに合わせ狂ってように暴れ、跳ね、ダイブを繰り返し、狂ったように頭を振る、そんな光景をこの日チケットを購入した残り20人の人間は、後ろの壁にもたれながら遠巻きに喧騒を眺めていた。

「雪野君今日は、別人だよね」後ろの壁に寄り掛かりながら座って見ていた、山川 碧がステージ前で暴れる【元ドランカーズ】のギターリスト雪野 和彦を見て笑った。

碧にとって雪野のイメージは、PUNKバントのギターリストよりも、どちらかと言えばポジパンやゴス系のバントの人なのだ。ゴリラ顔の多いPUNKバントの中で、知的で大人しそうに見える顔がどうも、PUNKバントをやっている人には見えず、か細い雪野のイメージとPUNKがどうしても繋がらないのだ。

「しかし、ここまで客が暴れるのも珍しいな」

次に出演する【スニーカーズ】のボーカルの咲良がいつの間にか碧の隣りに座り、興奮した表情で咲に話しかけているが、最もこの爆音の下で会話がキチンと成り立つはずもなく、2人共、お互いが一体何を喋ったのか理解していないであろう。

【スニーカーズ】は、一関生まれの現高校3年生の幼なじみが高校に入学した際に軽音楽部で結成されたバントで、盛岡ではガールズ・ポップ・スリーピース・PUNKと呼ばれているバントだ。農業高校に在籍する3名は、就職・進学活動を優先させる為に親や学校の先生からは、バント活動をサッサと終わらせろと、顔を合わせる度にうるさく言われていて、一応スニーカーズとしてのバント活動は、10月までと何となく決めている。

やがて、前で暴れていた数名が酸素を求めて、バトルゾーンから離脱し、後ろにやって来た。

それを見た碧は咄嗟に立ち上がり、咲が今、口をつけて飲んでいた缶ジュースを【元ドランカーズ】のギターリスト雪野に差出した。

雪野も最初キョトンとした表情を見せていたが、碧は手でジェスチャーしながら「飲んで、全部飲んでいいから」と爆音にかき消されながらも一生懸命に伝えた。

ここでギターのチューニングが入り、曲が一旦中断した。会場に一瞬ながら静けさが訪れ、見ていた人達もここで一息ついた。

汗だくの雪野は、碧から貰ったジュースを、一気に飲み干し、「アリガトウ」と言いながら一旦その場に座り、碧の隣りに座っていた咲良に何やら話しかけた。

その時、悪のオーラを漂わせながらレロレロに泥酔した【元ドランカーズのお仲間・御一行様】数名が全身PUNKファッションに身をまとい、酒の飲みすぎで顔が真っ赤に染まった赤ら顔で会場に現れ、ろれつの回らない言葉を吐きながら、お金を払ってこの日のLIVEを見に来た人達に絡み始めた。また知り合いのコピーバント【ラブミー】が出演するからこの日やって来た女子大生の目の前で奴らが、ズボンとパンツを下げイチモツを披露したために女子大生の悲鳴が会場に響いた。

「あーやってられない」それを目にした咲良が吐き捨てるように言葉を吐き出した。

「あーぁ」「アイツらが来るとなんでこうなるんだ?」ベースの智美とドラムの里香もため息をつきながら、「雪野さん頼むからアイツら、何とかならないの?」と呆れた顔で雪野に解決策を求めた。

**雪野は多くを語らないが【ドランカーズ】の解散の原因が酒にある事は、明らかだった。

前回7月のLIVEの時も、昼間のLIVEながら雪野以外のメンバーが出番前に酒を飲み過ぎてしまい、最低でボロボロのステージを披露してしまっている。「LIVE前に飲みすぎるな!」と何度言っても一口飲むと歯止めが効かなくなってしまう。アイツらは、まだ未成年の17歳であり高校に通っていれば、和彦の妹の泉と同級生なのだ。「何で練習の度に打ち上げしなければならんの?」この言葉がバントを亡きものにしてしまった事は事実だが、雪野が追い出されたのか、雪野が他のメンバーを追い出したのかは、今の時点では、誰にも分からない。

【スニーカーズ】のメンバーに解決策を求められた雪野が一瞬考えながら、ゆっくりと立ち上がった時に、キーンと耳をつんざくギターのハウリングの音がスピーカーから鳴り響き、バントの演奏が再開された。

「ラスト!2曲行くぞー!」

「ウオオオオオオアアアアーーーーッッッ!!!!」ステージ前の客が雄叫びをあげる。ギターの掛け声が会場と言うよりも、ステージ前の客を駆り立てた。

「1・2・3・4」ドラマーのカウントと共にステージ前がグチャグチャになった。

その時に丁度タイミングを見計らったのように、泥酔軍団がステージの上に登場し、演奏中のバントと一体化し、暴風雨のように暴れ始めた為に最早ステージの上は、誰が演奏者で誰が客なのか分からないグチャグチャの濁流にまみれた。

そしてそれを利用し、混乱によるどさくさに紛れた泥酔軍団が、ドラムセットにわざと体当たりをして、ドラムセットをひっくり返し、その勢いで積んであった機材も押し倒し、マイクスタンドも何もかも全部ひっくり返してしまった。その間は、時間にして30秒足らず。

暴れ足りない泥酔軍団は、それだけでは飽き足らずに、去り際には会場に置いて合ったパイプ椅子をぶん投げながら、嵐の如く洋々と去って行った。**

今まで音の塊を放射していた機材が床にゴロンと転がり、マイクスタンドが床の上に散乱する光景は、災害の後の風景のように、ただもの悲しく、そんな風景をこの日集まった客は、何も出来ずに、ただ眺めるしかなかった。

『この糞ガキのチンピラ共、待てやコラ』

とこの日のLIVEを企画した楽器屋の店員が怒鳴りながら泥酔軍団を追いかけ、たった今ステージで吠え巻くっていたボーカルもそれに続いて泥酔軍団を追いかけた、雪野もそれに続いで
泥酔軍団を追いかけようとしたが、その場を妹の泉と碧に取り押さえられた為に追跡は断念した。**

続く。

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