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ゴッドファーザー

The Godfather

1972年に1作目が公開されて以降、2本の続編が製作された『ゴッドファーザー』3部作です。

マリオ・プーゾさんの小説を元にフランシス・フォード・コッポラさんが監督したマイケル・コルレオーネの波瀾万丈の人生を描いた計10時間を超える大作です。

映画を観たことがなくても、ニーノ・ロータさんの音楽は知っている…みたいな若い人も多いかもしれません。

映画の歴史上の最高傑作としてよく挙げられる作品として、『街の灯』や『市民ケーン』、『カサブランカ』、『波止場』、『アラビアのロレンス』、『レイジング・ブル』、『シンドラーのリスト』、『インセプション』など名作はたくさんありますが、その中で絶対に忘れてはいけないのが『ゴッドファーザー』です。

アメリカにやってきたシチリア移民がマフィアとして のし上がっていく姿を家族愛に満ちたドラマとして描かれました。

1作目の舞台は1945年のニューヨークです。

裕福なコルレオーネ家では、娘のコニー(タリア・シャイアさん)の結婚パーティーが行われていました。

そこに、海兵隊の任務を終えた三男のマイケル・コルレオーネ(アル・パチーノさん)が、恋人のケイ(ダイアン・キートンさん)と一緒に帰宅しました。

パーティーに人気歌手ジョニー・フォンテーンが登場したのを見て驚くケイに、マイケルは父のドン・ヴィトー・コルレオーネ(マーロン・ブランドさん)をはじめとする家族が非合法組織の幹部であることを告白します。

その中で、国の英雄として帰ってきたマイケルは堅気として生きていくつもりであり、それを家族も認めていました。

ドン・ヴィトーもそのことについて誇りに思っていました。

しかしある時、ヴィトーが他の組織に銃撃されて重傷を負ったことをキッカケに、マイケルは徐々に組織の活動に足を踏み入れることになりました。

その後、父が亡くなり…、マイケルがドンになるまでが第1作目で描かれます。

1974年の2作目『ゴッドファーザー PART II』の舞台はまず、1901年のイタリア…シチリア島にあるコルレオーネ村です。

ヴィトー少年は地元マフィアのボスであるドン・チッチオに家族を殺されてしまいます。

命からがら逃げ切った彼は、船に乗り込みアメリカに辿り着きました。

やがて成長したヴィトー(ロバート・デニーロさん)は仲間とともに、同じイタリア移民を搾取して私腹を肥やし続けるドン・ファヌッチの暗殺を企てます。

一方で、前作から5年が経った1950年、ドンになったマイケルはカジノがあるラスベガスを収入源にする為に組織の拠点をニューヨークからタホ湖畔に移していました。

しかし、息子アンソニーの初聖体拝領のパーティーをした日の晩にマイケルは妻のケイと何者かに銃撃されます。

マイアミを拠点とするユダヤ系マフィアのハイマン・ロス(リー・ストラスバーグさん)が裏にいると考えるマイケルでしたが、同時に実の兄が裏切っていることも確信し…という内容です。

1990年の3作目『ゴッドファーザー PART Ⅲ』は、『PART Ⅱ』の衝撃的なラストから20年後の1979年が舞台です。

マイケルは長年の犯罪稼業による罪の意識に苦しみ、組織の合法化に尽力するようになりました。

その結果、バチカンからも認められたマイケルは引退を決意します。

そこで、甥のヴィンセント(アンディ・ガルシアさん)を後継ぎにしようと考えます。

しかし、対立するマフィアであるジョーイ・ザザ(ジョー・マンテーニャさん)によってマイケルは命を狙われ、ヴィンセントがそれに報復する形で抗争が勃発してしまいました。

そして、マイケル自身も病に倒れ…という展開です。

第1作目は1972年に公開されると、当時の興行収入記録を塗り替えるほどの大ヒットを記録して、当時無名だったアル・パチーノさんやロバート・デュヴァルさんなど大勢の若手俳優を一躍スターダムに押し上げました。

2作目は、ドンになって様々な問題に直面するマイケルがやがて家族を失っていく様と、マイケルの父であるヴィトー・コルレオーネがファミリーを築いていく過程を交互に映し出した大作で、単なる続編ではなく、前日譚も描かれているのが特徴的です。

1作目でマーロン・ブランドさん、2作目でロバート・デニーロさんがヴィトー役を演じて、2人ともアカデミー賞を受賞しました(マーロン・ブランドさんは受賞を拒否しましたが…)。

3作目は、罪の意識に苛まれて弱るマイケルの晩年と家族の悲劇にスポットが当てられています。

『ゴッドファーザー』と言えば、仲間だと思っていた人物がいつの間にか対立する組織に寝返っていたり、平和的な交渉の場が突然血の海と化したり、何の前触れもなく激しい銃撃で蜂の巣状態で殺されたり…とマフィアの犯罪映画というイメージが強い人が多いと思います。

誰がいつ裏切るかわからないというマイケルが抱く苦悩と恐怖を映画を観る人も追体験することになります。

しかし、それ以上に家族愛に満ちたヒューマンドラマになっています。

この3部作の中でも、私個人的に特に内容が濃いと思うのが『ゴッドファーザーPART Ⅱ』です。

前作でマフィアのドンになったマイケルと、そのマイケルの父ヴィトーが若い頃にマフィアを築き上げていく姿が交互に描かれる構成になっています。

マイケルがマフィアのドンになってファミリーの勢力が拡大していく毎に冷酷になっていくのに対して、ヴィトーはファミリーの礎を築きながらも穏やかに家族を大切にして…何よりも仁義を重んじる人間として、親子が対比的に描かれていきます。

冷酷に恐怖で周囲を支配するマイケルとマフィア稼業をしながらも周囲から尊敬を集めるカリスマ的存在のヴィトー…この2人の違いは何か…。

マイケル自身も、圧倒的なカリスマを持ち家族からも周囲からも愛されたヴィトーとの大きな差に悩み、自分と父の違いが何か…を探し求めます。

ヴィトーは家族の事を第一に考えていました。

それに対して、マイケルが家族を大事にしなかったのか…と言えば、そうではないと思います。

まぁ、ケイを殴ったりとDVのシーンや実の兄弟をも殺すわけですが、やはり家族のことは考えていたと思います。

マイケルが冷酷な人間として振舞うのは何よりも家族の安全、幸福、ファミリーの繁栄を願ってのことだと思います。

ドロドロの政界進出もあったし、父が亡くなったことで他組織との均衡が崩れて抗争が激化したことも要因にあると思います。

最初はマフィア稼業を忌み嫌う大学出…そして軍隊出の好青年でした。

マイケルとヴィトーは本質的には変わらない人間ということだと思います。

時代背景も影響しています。

ヴィトーは1つの小さな街で幅を効かせていたドン・ファヌッチを殺しただけで英雄的な存在になり、困った人のお悩みを解決する存在でした。

しかし、代変わりしたマイケルの環境はかなり厳しい状況でした。

シチリアでヴィトーがドン・チッチオを殺したような復讐の連鎖が時が経つにつれて激しくなり、お悩み解決レベルの仕事から殺しが仕事の中心になってしまい、麻薬や政界との繋がりがあったりと、目を向けなければいけない領域はどんどん広がりました。

生きる時代が全く違ったということです。

『ゴッドファーザー』は3作通して一貫して“ファミリーの為”という精神が貫かれています。

ここで言うファミリーは、家族のことは当然として、友人や自分が属する組織のことでもあります。

金や権力の前に、このファミリーへの忠誠心が求められます。

忠誠心でゴッドファーザーの組織は成り立ちます。

今の日本の家庭の半数以上が勝手に想像すると、働き方改革で少しはマシになったかもしれませんが、一緒に住んでいるのに会話がなかったり、笑顔がなかったり、職場の人より家族のことを知らなかったり・・・そんな状態かなと思い描いてしまいます。

日本では“仕事は残業をするもの”という考え方が今も根強いのではないかと思います。

世界的に見るとそれは当たり前のことではありません。

海外では残業してる人は仕事ができない人だと認識される場合があります。

日本では家族よりもお金や権力にに重点を置いている人が多いのかもしれません。

権力を持って大金を得ることが自分を…そして家族を幸せにしてくれるという考え方です。

他人より高い値段の家を持つことや他人より高い値段の車を持つことに幸福を求めているのかもしれません。

私個人的に人や家族を幸せにするのはお金ではなく時間なのではないか…と考える今日この頃です。

どれだけ多くの時間を愛する人と一緒に過ごしたかが幸福かどうかに直結しているように思います。

子どもは実は、親に対して新しいゲームよりも一緒に遊んでくれる時間を求めています。

子どもが新しいゲームばかり欲しがるのは、親が一緒に過ごす時間の代わりにゲームを買い与えて誤魔化してきたからではないでしょうか。

いつも一緒にたくさん時間を過ごしてもらっている子どもはそんなに玩具やゲームに心を奪われることはないように思います。

家族と過ごす時間が一番楽しいものだとわかれば、物や金に支配されることにはならないのかな…と思うわけです。

これは大人も同じかもしれません。

大人でも愛する人と過ごす時間が何よりも大切だと分かっている人は、物や金に振り回されることがないのではないかと思います。

物や金に振り回されてストレスだけが溜まり、不平不満を言って…それがもっと膨れ上がって…負の連鎖に陥ります。

確かに時代や環境に問題はあるのかもしれませんが、そういう負の連鎖を作ってしまっているのは、あくまで自分です。

ゴッドファーザーの組織で一番大切なことは、金でも物でも権力でもありません。

それが本当にファミリーの為になるか…忠誠心です。

忠誠の意味は、素直で偽りない心で相手に従うこと、忠実で正直な気持ち、忠義を尽くすこと、献身や服従の感情、 まごころ、誠実…といったものがあります。

ヴィトーがマイケルに“家族を大切にしない奴は男じゃない”と言います。

たかが映画、されど映画です。

『ゴッドファーザー』を観ることで、生きる上で本当に大切なものとそうではないものに気付くことができるのかもしれません。

なんか、最後は「ふくしのおべんきょう」みたくなってしまいましたが…。

とにかく、この映画を観る為に10時間以上を費やすことに何の未練も感じない、何度でも観たい名作…あぁ~ステキ♪

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