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真実への目を開く

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私たちが本当に真理を手にしたいと願う時、真実を見ることのできる心の訓練が必要になります。統合への道を進みたい人のための記事です。有料にすることも考えていますが、今のところ無料で公… もっと読む
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#幻想

毒親を赦すことで起こること

親からの支配を受けて育った もう、感覚的には、遙かかなた昔のように思えて、鮮明には思い出せないのだけれど(事実、真理の視点から見るとそんな出来事ははじめから起こっていなかったのだけれど)、私は大好きな両親から精神的な虐待を受けていた。  時にはしつけと称して暴力的指導もあったし、日々行われる嫌みも横行していた。もともと薄かった親との愛着は、小学校2年生辺りで完全になくなり、そこからは、過度なしつけと、過干渉、支配とコントロール、抑圧、が主に親から受けるものだった。小さな頃か

私たちに世界は変えられない

世界がより良くなるようにと願う心ずっと以前は、世界がもっとよくなるといいなと思っていた。もしも自分が、世界がよりよくなる一端を担えたりできるというなら、それは嬉しいことだと考えていた。戦争がなくなり、飢餓や暴力や貧困がなくなればいいと心から願っていた。差別や抑圧や搾取、孤立や自殺からいじめ、それから災害まで、世界にはなくなればいいと思うものがたくさんあった。 友人は世界をよりよくするために活動を長年続けている。署名運動をしたり、よりよくしてくれそうな政治家の活動を応援したり

あなたを罰してるのはあなた

罪悪感がすべての原因ずっとずっと昔。「【罪悪感】がすべての原因なんだよ」とある人から聞いたが、私はその後、他のさまざまな理論や原理について学んでいく機会を得ていたので、そのことにずっと注目し続けたりはしなかった。 だって、そうでしょう? 罪悪感? そりゃ良くないでしょうよ。罪悪感と聞いて、暗いイメージを持たない人なんていないだろうし、それが根源と言われたら、まあ誰だって、ちょっとくらい持っているだろうと簡単に想像できる。 だけど、今、私は思う。【罪悪感】こそがすべての原因

『ビューティフル・マインド』の中のエゴと愛

『ビューティフル・マインド』久しぶりに映画を見てたくさん泣いた。『ビューティフル・マインド』を久々に見たのだ。この映画は2001年の映画で、昔に確か観たことがあると思ったが、ストーリーを全然覚えていなかった。 あなたは『ビューティフル・マインド』を観たことがあるだろうか? 昔の映画なので、観た人が多い前提での話になっていて、観たことがない方はネタバレになるので、ご注意ください。 幻覚への恐怖と現実へのチューニングこの映画を観ているうちに、「私が長年恐れていたことは、これだ

奇跡は決して特別ではない

派手で信じられないことに引きつけられてしまうみんな、奇跡が好きだな~と思う。不思議なことや、霊能力や、幽霊や生まれ変わりやツインソウルや、都市伝説や宇宙人や、みんな結構好きだ。アンチの人も、関心があるから反応しているだけだ。もちろん、不思議な話の中には、私も実感として本当だと思うこともあるし、証明できないけれどそれは真実だろうと考えていることもある。でも、みんな真実を通り過ぎてなぜか行き過ぎちゃう。 どうして奇跡を求めてしまうのかというと、そうした目に見えないことがなかなか

偽物と真実の調和は永久にない

バランスが大事?《調和》や《バランス》は、私が生きてきた中で、「必要だ」と思い、意識してきたものだ。見える世界だけに偏りすぎると、体調や精神を壊したりするし、見えない世界だけに偏りすぎても、肉体を持ったこの世界で生きるのに難しいと分かったからだ。 そのバランスこそが大事なのだと思い、どちらかというと「見える世界に偏りがちな世間のバランス」に合わて見せたり、その中でも見えない世界を大事にしたり、そのバランスを取るように人にアドバイスしたりしてきた。 どちらかを選ばなければい

真理を求める旅

西暦が誕生した頃に真理は説かれていた世界は幻想なのか。それが本当かどうかを確かめるために、いろいろな実験を超個人的に始めたけれど、幻想だとも、幻想でないとも、「これが真実だ」と証明することは難しいと分かった。ただ、そうした概念を念頭に出会ったことを思い返すと、仏陀が伝えてきていることも、いろんな宗教の高僧の発言も、みな同じことを指し示しているように思えてきた。つまり、【世の中にも事象にも身体にも意味がなくて、幻想であり、その意味のない幻想と理解して、この世を生きる】ということ

世界は幻想なのか

あの日、電車から眺めた幻想の世界「世界は幻想だ」という概念を知ったのが、いつだったかはっきりと定かではないけれど、あるシーンをなんとなく映像で覚えている。JRの電車のボックス席に一人座り、窓の外の風景を見ながら、もし世界が幻想というなら、この外の世界も今自分が座っている電車も、本当に現実ではないというわけか、としげしげと眺め、もし現実でないとしたら、これは一体何なのだろうか、どういうことなのだろうか、とぼんやり考えていた。 今はテレビで地球の裏側に住む人の生活もわかるし、直