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イッキューパイセン アニマルライツ編

 パイセンの朝は早い。
 日の出と同時に起床し、郵便受けに向かう。
 朝刊を取り出すと同時にその表情が曇る。
 
 牛乳がない。

 毎朝必ず飲む牛乳が入っていないのだ。
 まぁ何かのトラブルなどでそういうこともあるだろうとパイセンは仏の心でトースターにベーコンと目玉焼き、レタスを乗せると、塩コショウを振ってから二つ折りにし、かぶりつく。

 食パンの耳を残すやつは梟首、が持論のパイセンはそのまま朝刊に目を通す。
 モノを食いながら新聞を読むのはOKなのがパイセンルールだ。

 ふと、とある記事に目が止まった。
 『酪農家が牛に暴力!? 動物保護団体が懸念』
 
 ―――このせいか。

 パイセンは配達業者に電話をする。
 「俺だ」
 「は、はい!いつもお世話になっております!ただいま所長を...」
 「構わん。すぐに答えろ。なぜ配達をしなかった」
 「そ、それが...農家が牛を殴っているという記事が話題になりまして...乳製品の取り扱いは一時的にご禁制となりまして...あの...はい...命だけは…」
 「よく教えてくれた。明日からまた宜しく頼むと所長に伝えてくれ」
 「え? あっ...はいかしこまりました!」

 電話を切ったパイセンは城に向かった。
 「何用じゃこんな朝早くから!今日はお呼び出しがあったと聞いておらぬぞ!」
 門衛が槍をX字に交差させ行く手を塞ぐ!
 パイセンは左右それぞれの門衛の首を鷲掴みにし、そのまま高く抱え上げて叩きつけた! ダブル喉輪落としである!
 
 「グワーッ!」「アバーッ!」

 門衛は強烈な脳震盪により失神!

 騒ぎを聞きつけ馬廻り衆や警邏の者たちが駆け付ける!
 
 「チェストォォォ!」白刃が煌めく!
 「破イヤァァァ!!」膝の皿部分に真正面から蹴り!

 「超究武神覇斬!」身の程もある大剣が襲い掛かる!
 「破イヤァァァ!!」胴丸をボディブローが貫きレバーが震度10!

 「臨兵闘者皆陣烈在前!」火輪の術だ!
 「破ーーーーーーー!!」超肺活量を駆使し大量の二酸化炭素を吐き出し鎮火!次の瞬間には間合いを詰めて足の甲を思い切り踏みつける!
 「ヒギョワーーー!」 亀裂骨折!
 「墳!」もう片方の足もだ!
 「ホギャバーー!!」 亀裂骨折!

 「破ァァァァ!」 袈裟斬りチョップ!
 「グワーーッ!」 家老の鎖骨粉砕!

 「墳破ァァーッ!」 チキンウイングフェイスロック!
 「ギブギブ...アバーツ!」 侍大将の頬骨骨折! 右肩脱臼!

 ついにパイセンは領主を天守閣へと追い詰めた!

 「ななななな何事じゃイッキュー! 儂はまだ何もしておらぬぞ!」

 失禁し怯える領主に向かい、パイセンは表情を崩さぬまま問いかける。
 「牛乳の流通を...禁ずる布告を出したな…?」
 「そそそれはじゃな!農民どもが牛を殴っておるのでやめさせよという直訴があって...その...言うことを聞いとかないとじゃな...そう!今は権利!権利の時代じゃからな!な!わかってくrグボォ!」

 ―――領主が目を覚ますと、そこは城下の牧草地であった。
目の前には一匹のおとなしそうな真っ黒な毛並みの仔牛が、彼のことなど意に介せぬかのように草を食んでいる。その瞳は燃えるように赤い。
 真横には、地獄の鬼でも土下座をして命乞いするような禍々しい闘気を放つ僧侶が仁王立ち。そう、イッキューパイセンである。

 「おい、この牛を殴ってみろ」
 パイセンの声に領主は狼狽する。
 「そそそそそういうのが良くないからご禁制にしたのじゃ!わかっておるのか!権利じゃぞ!アニマルライツじゃ!」
 「やれ」
 「ヒッ…!」

 殺気を孕んだパイセンの声に、領主はへなへなとしたパンチを仔牛に打ち込んだ。ぺちん、という情けない音が静かな牧草地に響く。
 
 「もっと気合入れろ!全力でやれ!」
 「はっ...ハイヨロコンデー!」

 このままでは本当に殺される、そう直感した領主は心で仔牛に詫びながらも全力で右ストレートを仔牛に叩き込んだ!

 「ンモォーッッ!」

 仔牛咆哮! 
 後ろ脚のみで立ち上がると、右前足の蹄で領主の額を蹴り飛ばす!
 「グワーッ!」
 領主転倒!
怒りに震える仔牛はさらに領主にストンピングの嵐!嵐!
 「グワーッ!儂が悪かった!助けてくれ!」

 その声を聞くとパイセンは仔牛を宥め、なんか仏のパワーみたいなものと説諭で落ち着かせた。
 「これでわかったろう。仔牛ですら殴られると斯様な反撃をおこなうのだ。成熟した牛を殴るなどというのが如何に危険であるか」
 「ハイ」

 「それに牛は農家の財産だ。自身の財産を傷つけるなどたわけ者のすることだ。コントローラーを投げつけるときも柔らかいところにするであろう」
 「ハイ」

 「それに貴様、俺が仔牛を殴るよう指示した際、躊躇ったであろう。貴様だとて躊躇うというのに、農家がそのようなことをするはずがあるまい」
 「ハイワカリマシタ」

 「よし、ではさっそく帰って布告を取り消せ。あとクレーム主を特定して俺に連絡しろ」
 「ハイヨロコンデー!」

 領主はほうほうの体で城に帰り布告の撤回を命じた。
 翌朝、パイセンの郵便受けには朝刊と、新鮮な牛乳瓶があった。

 クレームを入れた団体はもう、この世にはなかった。

【おわり】

    

 

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