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中学生編2 夢を追いかけて

※この話はフィクションです。

中学の同級生だった林くんは大人しい子だった

 林君とは小、中学校の同級生だった。背が小さくガチャピンのような顔をした林君は、おばあちゃんと妹の3人で歩いている姿をよく見かけた。話したことがある程度の仲だったが、真面目で大人しいグループに所属していた。僕ははしゃぎまわるグループにいたため、接点はなかった。
 林君は中学校に上がっても大人しい子だった。学ランの第一ボタンまで閉め、何ならカラーまで止めているような真面目さだった。おばあちゃん子だったこともあるかもしれない。先生を困らせるようなこともせず、素行は良かった。

ある日を境に変わった林君の身だしなみ

 そんなある日、林君は突然学ランの第一ボタンを開け、下に来ているワイシャツの裾をすべて出すようになった。僕の中学校では不良ほどボタンを外し、ワイシャツの裾を出し、派手なTシャツを下に着こんでいた。その観点からすると林君はこの日相当なワルになった。こんなことをすると不良の先輩に目をつけられて呼び出されるんじゃないかと心配していたが、今までが目立っていなさすぎたことと、どう見ても大人しい子の服装が乱れているだけにしか見えず、林君は誰からも目を付けられず孤高のワルだった。
 調子に乗っていると吹聴する人もいたが、林君は授業中に授業を妨害することもせず、テスト前には出題範囲の勉強をし、学校をさぼることは一度もなかった。

ミュージシャンの夢を持って東京に

 中学校卒業の目前、各々の進学先が決まったころに担任の先生がクラスのみんなを集めた。
「皆に話がある。皆は受験を終えて進学先が決まっただろう。と言っても会おうとすれば会えるな。林は今月末でミュージシャンになるために東京に行くことになった。」
 クラスがざわついた。林君がミュージシャンになる夢があるなんて誰も知らなかったこと、実際に夢に向かって都会に行くという、今までの日常にはない行動を初めて見たこと、様々な思いが入り混じっていた。
 そんな中、林君はみんなに向かって話を始めた。
「この度、ミュージシャンになる夢を叶えるために東京に行くことにしました。楽器はこれからたくさん練習して、いつかテレビに映れるように頑張ります。」
 こんな大きな声で堂々と話す林君は初めて見た。それほど大きな決意だったのだろう。自然とクラスから拍手が起こった。でもきっと皆も思ったはずだ。楽器はこれから頑張るのかと。
 今になって思う。きっと服装を乱したあの日、林君のロックは始まったんだ。

今もこれからも

 学生の人生とは在籍する学校がほとんどを占めているわけで、違う学校に行った子のことは自分の認識から外れていく。高校に入ってからは林君のことを話題に出す人は誰もいなかった。僕もすっかり忘れていて、思い出したのは35歳になってからだ。
 あれから20年。SNSで林君の名前を検索したが、ヒットはしなかった。SpotifyやApple Musicで検索しても出てこない。夢は潰えてしまったのだろうか。クラスの誰も覚えていないかもしれないが、僕だけは覚えている。そして待っている。あの夢を皆に語った日、林君の胸にあった音楽が聴けるその日を。

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