ドラゴン目黒仮

3:他人

これまでのDragon Eye

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「足が重い」

少女は自分の家がある森を抜け村へつながる道を歩いていた。

足取りは遅い。畑へ向かっていた時の半分以下の速度で歩いていた。春の匂いを感じ取ることは出来ない。いや、匂い自体は存在するが今の少女にそれを感じ取るだけの心の余裕はなかった。

すると、前から人が歩いてきた。少女の歩く速度が少し上がる。早くすれ違うために自然と速度が上がったのだ。こちらを見ている……様な気がする。勘違いなのだろう……しかし、そんな気がしてならないのだ。

他人の目が気になってしまうのだ。

すれ違うその瞬間その人は少女に向かって挨拶をした。優しい雰囲気のおじいさんだった。

「こんにちは!」

返事が返せなかった。ただ頭を少し下げ会釈を返すことしかできなかった。歩く速度がさらに上がった。きっと、おじいさんは振り返った少女のことを見ているのだろう。しかし、少女がそれを確かめることはなかった。

「こんなに酷くなかったのに……」

少女は自分の対人強度の低下に驚いていた。どんどん低下している。前までなら挨拶ぐらいなら平気で返せたのに今は返せない。少女は自分が怖くなった。それもそのはず、少女は村に行く回数がどんどん減ってきていたのだ。つまり、他人と触れ合い回数も必然的に少なくなっていた。少女は人との接し方を忘れつつあったのだ。

「お母さん……」

不意に母を呼ぶ少女。慌てて口を抑える。発した言葉を捕まえる様に……。しかし、間に合うはずもなく母を呼ぶ少女の声は空気を伝って少女自身の耳へと吸い込まれていった。少女は頭に浮かぶ母の姿を必死に消し去ろうとする。少女は気が付いていなかった。その忘れようとする行為、それ自体が忘れないための行為になっていることに。

「村だ」

自分に言い聞かせる様に少女は村に到着したことを声に出した。

少女の目的地である店は森に近く、村の端に位置していた。つまり、少女は村の中にはほとんど入る必要はないということだ。さっそく店の中に入ろうと店の中を覗くと先客がいた。店の店主と客であるそのおじさんは何か世間話をしているようだった。少女は身を引いて二人の会話に耳を傾けた。人見知りだからと言った情報が欲しくないわけではなかった。少女は世間で今何が起きているのかを知っておきたかった。

店主が客に問う。

「この前言ってた。王国軍の話覚えてるか?」

客が答える。

「覚えてるよ!またどこかで争いが始まるんじゃないかってひやひやだよ!」

「どうやら戦じゃなかったようでな!」

「へ~いったいなんだったんだい?」

「ドラゴンだよ‼」

あまりにも突飛な発言に一瞬時が止まる。

会話を盗み聞きしていた少女もドラゴンと言う単語に驚きを隠せずにいた。二人の会話をよりはっきりと聞き取るために、少し姿勢が前のめりになっていた。

「ドラゴンだ~~?」とようやく客が返事を返す。

「そうなんだよ!どうやら王国軍はドラゴン討伐をやってたらしいんだ‼」

「で、どうなったんだ?」

「それが失敗に終わったらしい……」

その結果を聞いて客とそして少女が固まりかける。

すると亭主が重ねて言う。

「大丈夫!取り逃がしたらしいが致命傷なんだと!ほっておいても息絶えるらしい……。今軍はそのドラゴンの死体を探してあっちこっち回ってるんだとよ!」

「致命傷なのはいいが本当に大丈夫なんだよな?」不安を口にする客。

「大丈夫、致命傷なのは間違いならしい。昨日店に来た商人が教えてくれたんだ!その商人はドラゴンを探し回ってる軍人に話を聞いたらしい。まず、間違いないね‼」

「近いうちにこの村にも来るのかね?」

「どちらにしろ注意しておいて損はないと思うけどな~」

少女は固まっていた。あまりにも聞きなれないドラゴンという単語が処理できずに頭の中を埋め尽くしていた。

その時、後ろから声をかけられた。

「こんにちは!買い物かい?」

「きゃ!」

突然の声に驚いた少女は声を上げてしまう。振り返るとそこには店主の奥さんが両手にたくさんの荷物を持って立っていた。

「驚かせちゃったかい?ごめんねw‼」

「いえ……」小さく返事をする少女。

「ちょっとごめんよ!」と言いながら少女をかわして店の中へと入ってい行く奥さん。

「ま~たくだらないこと話してたんだろ‼仕事にもどんな!お客が来てるよ‼」

奥さんの一言でさっさと仕事に戻る店主。なぜか一緒に話してたお客まで慌てて帰っていった。入れ替わる形で少女が店の奥へと入った。

奥さんが優しい声で話し出す。

「いらっしゃい!まずは買い取りかな?」

慌てて返事を返す。出来る限りはっきりとした声で……。

「はい!今日取れた野菜なんですけど……」

「どれ……」

奥さんが少女が持ってきたかごから野菜を出して品定めする。

「ん~~おいしそうだ‼よし、これでどうだい?」

奥さんが少女の想像していたお金の2倍の金額を出す。

「こんなに?」驚きのあまり質問で返す少女。

「妥当な値だよ‼あんたは知らないだろうけど最近野菜が少なくてね。村じゃなかなか上等な物が揃ってないのさ!あんたの野菜はおいしいからね。この値段でもおつりがくるよ!」と笑いながら話してくれた。

「ありがとうございます……」

「よし、決まりだね‼ちょっとあんた‼」店の裏に引っ込んでいた店主が呼ばれた。

「なんだ?」

「彼女の欲しがってるものそろえてやんな‼」

「そんな‼自分でやります‼」

「いいんだよ!な!あんた‼」と少し強い言葉で強制される店主。

しかし、店主からは嫌そうな雰囲気は感じ取れなかった。

店主は優しく少女に問う、「リストもらえるかな?」

しぶしぶリストを店主に手渡す少女。

リストを受け取り「少し待っててね!」と笑いながら店の裏へ姿を消す店主。

申し訳なさそうに下を向いていた少女に奥さんが話しかけてきた。

「最近どうなんだい?何か困ってることなんかないのかい?」と少女のことを心配して言葉をかけてくれる。

「大丈夫です。なにも問題なくやれてます。」精一杯愛想よく答えるがどうしてもそっけない返事しか返せない少女。

奥さんは「そうかい。ならいいんだ……」と言って優しく少女を見つめる。

人の目が気になる少女だが奥さんからの目線は全くいやではなかった。少し照れ臭かったけど、決していやではなかった。少女は優しい気持ちになっていた。暖かい沈黙が少しの間続いた。そうこうしてると店の裏から店主が姿を現した。

「これで全部かな?」

少女はリストの物が全てそろっていることを確認する。するとあることに気が付く、少しずつ量が多いのだ。そのことを口に出そうとした瞬間に奥さんが声を発した。

「あんた!おまけするならもっと分かりやすくやんな‼小っちゃい男だね‼」

「う、うるせ‼」

「あの私こんなに!」

「いいんだよ!気持ちなんだからもらっておくれ……」

店主と奥さんがともに笑いながら少女に言った。

「すみません!ありがとうございます!」

ここまでされて断るのは逆に失礼だとあきらめて二人の優しさを少女は受け入れた。定価のお金はしっかりと払った。買ったものを野菜が入っていたかごに入れ、入りきらなかった分は奥さんが袋に詰めて持たしてくれた。

店の前まで奥さんが来て見送ってくれた。

最後に「何かあったらすぐに私にいいな‼」とまた声をかけてくれる。

少し涙が出た。

「はい、ありがとうございます!」とまた出来る限りはっきりと答えた。

少女は店を出てまた、森へと続く道を歩き出した。

先ほどより足が軽いことを少女は感じ取っていた。

読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。