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ただ君が隣にいてくれることが……

はぁ~~!

改札を出たそばから大きな溜息が自分の意志を無視して出てしまった。それと同時に今日の出来事を思い出してしまう。

今日の職場での大失敗を……。

頭を大きく振り、頭の中から悪い記憶を追い出そうと試みるが何の効果もない。むしろ大きな揺れで、頭がくらくらしてしまった。

はぁ~~! 情けなくなってまた溜息を漏らしてしまう。

「お疲れ様!」

不意に後ろから声をかけられた。振り返り確認するとそこにいたのは帰宅途中の彼女だった。いつもは時間がずれるのだが僕がいつもより早く会社を出たので帰宅の時間がかぶったようだ。

「お疲れ!」

落ち込んでいることを隠すために残された元気を絞り出し、声を返す。

「……………………」

「何?」

彼女が無言でこちらの顔を覗き込んでくる……。

「仕事で何かあったでしょ!」

僕の絞り出した空元気は見事に空振りに終わった。時間にして5秒ほどで見破られた。やっぱり、彼女に嘘はつけないようだ。一瞬でバレてしまった……。

「顔に出てた?」

「出過ぎだよ。後ろ姿見た時点で怪しいと思ったもん!」

顔色どころではなかったようだ。背中を見られただけでバレてたらしい。彼女はたやすく僕の予想を超えてくる。

彼女に何があったか話そうとしたが思い出してまたみじめになるのが嫌で話すのをやめた。

「………………」

変な間が生まれてしまった。何を話せばいいかわからなかった……。

「帰ろっか!」

そんな空気を気にかけることもなく、彼女はそう言って僕を追い越して家へと歩き出した。

僕は返事もせずに彼女に続いた。

彼女は僕の半歩前をテクテクと歩いていく。ペースはいつも以上にゆっくりだ。僕の落ち込んで足が前に進まないペースに合わせてくれてるようだ。

そんな彼女の後を僕は無言でのそのそとついていく。

人通りが多い道ではまだ気にならなかった沈黙が、人通りの少ない道に入った途端に色の濃さを増していく……。

「………………………………」

テクテク。

「………………………………」

のそのそ。

不意に彼女が声を上げる。

「見て!」と言って空を指差した。

言われるがままに下ばかり見ていた頭を上げる。

綺麗な夕焼けが視界に飛び込んできた……。

「…………っ!」

夕焼けが目に沁みたのか……弱った心に沁みたのか不意を突かれて涙腺が緩んでしまった。それを隠すように手で拭う。

彼女は半歩前……気づかれていないようだ。

涙を拭き終えてもう一度夕焼け空に目を向ける。

綺麗だ……。

「綺麗だね……」

僕の心の声と彼女の声が重なる。

僕は「ありがとう」と言いながら彼女の横に歩み寄る。

「何?」

「夕焼け……教えてくれて、ありがとう」

彼女はフフっ! と小さく笑う。

そしてもう一度二人で夕焼けを眺める。

僕は考える。きっと、僕一人じゃこの夕焼けには気づけなかっただろうって。下を向いて歩いてる僕が気づくはずがない。

僕が下を向いている時に彼女は上を見ていてくれる。

そして僕の顔を上に向けてくれる。

それだけでいいんだと感じた……いや、十分すぎるほどに十分なんだと思った。

多分これが……。

ただ君が隣にいてくれることが……僕にとっての……。

「そうだ!アイス買って帰ろうよ!元気がない時には甘いモノしかないよ!」

彼女からの突然の提案。

フフっ! 今度は僕の口から小さな笑いが出てしまった。

「ハーゲンダッツにしようか!」

「本当に!」

「うん」

彼女がやったー! と声を出して子供みたいに喜ぶ。

そしてまた歩き出す。今度は二人で足並みをそろえてテクテク、テクテク! と歩いていく。

空はまだ優しい赤につつまれていた。

読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。