春、始まりと終わりと続き

ツカツカと革靴の音が近づいて来て、すぐに店長だと分かった。半年も同じ生活圏内で過ごすとそれが誰の足音か分かるようになる。動き回る仕事だというのに、肩書きが足元をかたくしていて可哀想でもありかっこよくもあった。

「火花さん内示。○○市役所前店」

そっと静かに店長はそう言った。去年の8月に異動したばかりだったので、早いなと思ったが、この店で次異動があるのだとすれば、僕なのだろうと予想はできた。

半年という期間は、思ったよりも濃厚なものだった。自然とみんなの顔を浮かべる。Kさんほど仕事のできるパートさんを見たことがない。たまに誰かと衝突してしまうことがあるけれど、それは仕事に誇りある故だろう。T主任ほどフランクな兄貴みたいな上司はいなかった。あれほど上司に態度を気にすることなく接することができたのは最初で最後なのかもしれない。Mさんはなんでも知っている。Mさんは左右で目の大きさが全然違う。ただその目の奥はどこか強さを感じる。心が病んでいたときにMさんが何も言わずに渡してきたリアルゴールドを僕は忘れないと思う。Oさんはとにかくうるさい。話しかけなくてもいいのに、わざわざお客さんに話かける。仕事がたくさん残っているのに話しかける。Oさんがいない日は静かだねとみんな言うものの、どこかみんな寂しいのだと思う。みんなそれぞれが個性的だと思った。そして完璧な人などどこにもいなかった。それは魅力的だとも思った。職場の関係が好きなのは、意外と彼らの個性や魅力を観察できるからなのかもしれない。そして補完しあってなんとか全体でバランスを保っている。

同期は少ないものの、唯一親しい同期に連絡を入れた。本当のことを言うと一時期好意を持っていた。
「内示が出ちゃった」

「まじ?、私は店長に辞める話をしたよ」

返事は意外なもので、大きなことは不思議と重なるものらしい。同期はもう、同期でなくなるのだ。
彼女を追いかけるのを辞めたのは去年の春だった。たしかそのときはもう桜が散っていた。
あれから一年が経った。東京で開花宣言があったけれど、まだ桜を見ていない。

季節が移り変わる。生活は続いていく。


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