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邂逅 『海蛇と珊瑚』

なぜだかわからないけれど、本屋さんで自然と手にとってしまう本、というのがあります。

タイトルが気に入って、ということもありますが、著者のことも内容もわからず、背表紙がならぶ棚からさっと抜きだしている。
その本自体が放つなにかがそうさせるのか、それとも、いま自分にとって必要なものに吸い寄せられるのか、いずれにせよ、なにか不思議な力がはたらいていると思います。


薮内亮輔さんの歌集『海蛇と珊瑚』(角川書店)も、そうして出会った1冊です。


現代歌人の歌集は、これまで俵万智さんをのぞいてほかに読んだことはなかったのですが、ページをひらいて、「花と雨」と題した一首めを読むと、すぐに惹かれました。

傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく

花と雨


傘をさすためにうつむくその無意識の仕草のあと、顔をあげて、雪の降る明るい街へ踏みだす。真っ白な雪に反射した光は、まばゆい明るさを生む。その明るさに照らされた顔の表情や、それを見ていた作者の表情まで見えるようです。小説家なら、この場面ひとつでストーリーを生みだすこともできるかもしれません。

この、なにげない場面のささやかな仕草で、展開を予感させる作者の描写力に、はっとして、心を打たれたのです。


ほかに気に入ったもののなかから3つ、自分なりに解釈してみます。

みづのに青鷺ひとつ歩めるを眼といふ水にうつすたまゆら

海蛇と珊瑚

浅瀬にいる青鷺が、ゆっくりとした動きで、ひとつを進め脚をおろすと、小さな波紋が静かに広がった。その光景を、涙の膜でうるおう眼がほんの束の間うつしだした。それに気づいたのは、作者がその眼を見つめていたからだ。

春のあめ底にとどかず田に降るを田螺はちさく闇を巻きをり

花と雨

水田の水面みなもをたたく春の雨。そのざわめきを気にしてなのか、水底にいる田螺たにしが、自らの殻の静かな闇に身を縮めた。

草に降るひかりと水ののひかり異なりながら蜻蛉あきつを照らす

信じてはならない泉

旋回、停止、ホバリング。光がふりそそぐ草むらを、きらめく水の上を、高く、低く、せわしなく、トンボの群れが飛び回っている。その姿を、そこにある自然が悠然と見守っている。


どの作品も、心静かなときに見とめたであろう穏やかな場面で、目に浮かぶようです。その瞬間を切りとる感性や技術が、素晴らしいなと感じました。
歌集にはこのような描写のほかに、まだ消化されていないような感情のものがあります。それをいつか思いだしてふたたび詠んでみても、おもしろいものができるのだろうなと、勝手に想像しています。


薮内亮輔さんは、1989年生まれ。
永田和宏さんの解説によると、「花と雨」の2012年第58回角川短歌賞受賞は、4人の選考委員の全員一致で、とのことで、それは長い角川短歌賞の歴史のなかでも、おそらく初めてのことだそうです。


最後に、もう一首だけ。

よく聞こえなかつたけれど適当に相槌をする僕に幸あれ

適当な世界の適当なわたし


これ、
自分の標語にしたいくらいです!

そんなわたしに、そんなあなたに、そんなみんなに、幸あれ。


また虹を見ました。

なんだか今度は、
感謝の気持ちが湧きあがってきます。


あなたと、あなたの大切な人の、
願いが叶いますように。


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