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野生に還った森


 森の運命と人類の運命は
 分かちがたく結びついている。

『樹木が地球を守っている』

カナダの森林生態学者スザンヌ・シマードの著書『マザーツリー』につづき、森についての本を読みました。




『樹木たちの知られざる生活
 森林管理官が聴いた森の声』
 ペーター・ヴォールレーベン 著
 長谷川 圭  訳
 早川書房

『樹木が地球を守っている』
 ペーター・ヴォールレーベン 著
 岡本朋子 訳
 早川書房




著者のペーター・ヴォールレーベンは、大学を卒業後20年以上にわたって、行政の立場からドイツの森林管理に携わってきました。
しかし、その人間本意の営林方法に疑問を感じて、樹木の生態に即した森林管理の方法を模索していきます。
そして独立。彼の考えに賛同したヒュンメルやヴェアスホーフェンといった自治体が、行政府に任せるのをやめ、彼に森林管理を委託しました。


そのころ書かれたのが、
『樹木たちの知られざる生活』です。


森のなかで過ごす著者は、日々、木々の息づかいを感じ、敬意をはらい、ときに労わりながら、その生命力を支える営みに耳を傾けています。
その親愛に満ちた五感がとらえた森の生態の驚きや発見を、科学的事実をもとに、まるで森の通訳者のように、あるいは代弁者のようになって、この著書で易しく解き明かしてくれています。


その後著者は「森林アカデミー」を開設し、森林環境の教育や執筆に活動を移しました。


『樹木が地球を守っている』は、
「樹木の知恵」「林業の盲点」「未来の森」の三部構成です。


この著書では、気候の温暖化がすすむ厳しさのなか、樹木はどう対応しているのか、その知恵と生きるすべをおしえてくれます。


そして、本来自生しない場所に針葉樹を植え、絶え間なく伐採と再造林をくり返す人工林の環境への影響と、眉間に皺を寄せながら読むことになりますが、世界中の多くの国が規範としてきた “ドイツの林業” の実情を知ることができます。



なにより、これまで問題としてとらえられていたところはじつは表層で、対処すべきは、そこから何層かめくったところにあるのだとわかりました。

野生動物と自然環境との関係が気になる方にも、そこを読んでもらいたいです。


森には多くの葉が繁っている。
森林1平方メートルあたりの樹冠には、約27平方メートルの葉の面積があり、そのすべての葉の裏にある気孔から水蒸気を大気中に放出して、森を冷やしている。
この蒸気は、海面の蒸発水分を含む湿潤な気流を増幅させて、大陸の内側に漂い雨を降らせる。
通り道に沿った森林地帯はさらなる水分補給をおこない、雨となってリサイクルされる。
それが繰り返されることで、海岸から遠く離れた地域にも水が運ばれている。


生命にとって欠かせない水分を内陸まで輸送するのは樹木で、森林が草地や農地などに変わって、水蒸気の放出源となる木が少なくなると、降水量は最大で90%も減少する。
実際に、南米アマゾン地方の広大な熱帯雨林がつくりだす雨の恩恵を受けてきた大地は、農地拡大などによる熱帯雨林の縮小で、干ばつが頻発している。


植物は、主に土壌から水分を吸収する。
夏の雨水はすぐに植物に吸収されて、葉から蒸散してしまうけれど、木が活動を抑えている冬は、雨水が深い土層にある非常に小さな隙間にまでゆっくりと浸透する。
木はその水を、夏場の水分補給に利用している。


ただし土壌は、重機に踏みしめられると貯水能力が低下する。
健康な土壌には多くの隙間があり、微生物が棲み、菌類の菌糸が張り巡らされ、空気や水が蓄えられている。
重機で土壌が圧縮されて、その間隙がつぶされれば、微生物は死に、水は行き場を失い、酸素濃度は低下し、植物の根は入り込めずにその生長が阻害される。


人工林では、林業機械が頻繁に行き交う。
いちど受けた土壌のダメージは、数千年たっても再生されないことがある。
著者が森林アカデミーをおくアイフェル地方の森には、ローマ時代につけられた轍がいまも残っていて、そこの土壌はコンクリートのように硬く、貯水能力も著しく低いという。

土壌の貯水能力が低いと、雨水は地表をつたい、土壌粒子や泥とともに川となって流れ出し、谷へと流れこんで、洪水などを引き起こすおそれがある。


また、土壌には、地球上で最も多くの炭素が貯蔵されている。

大木が立ちならぶ森のなかの土壌は、夏でも気温があまり上がらないため、土壌生物はゆっくりと活動する。
そのおかげで、腐植土層は厚みを増して、多くの炭素が蓄積される。
ところが、木が伐採されて森の陰がなくなると、土壌の温度が急激に上昇して、微生物の活動は盛んになり、猛烈な勢いで腐植土を食べはじめる。
その結果、腐植土層の大部分が消失し、炭素が二酸化炭素のかたちで大気中に放出されることになる。


環境問題が深刻化して、
取り返しのつかない分岐点が
いつ訪れるかわからないいま、
自然の均衡を取り戻すために、
木材利用を見直し、
かつて存在した森林を広い範囲で再生させる
重要性が高まっています。


しかしながら、
人間には、森林はつくれない。
木を植えれば、森になるわけではない。
植生の遷移によって
長い時間をかけ
森林はできあがっていく。


木は森の食物連鎖の出発点であり、
花や果実や葉や樹皮や木質部、
あるいは腐植土を介して、
何千種もの動物と菌類と細菌とに
栄養を与える。


森は彼らのとなり、
酸素を放出し、
大気を冷却し、
雨量を調整し、
炭素を貯留し、
流れる空気から不純物を取り去る
(森林1㎢ につき年間7000 t )。


野生に還った森の林床は厚く肥沃になり、
川や海に養分を注ぎ込んで
生きものたちを養う。


やがて古木となった木々は、
環境に適応し乗り越えてきた経験や知恵を
子孫へ継承する。
森は、強くしなやかになり
ますます豊かになって、
本来持っている能力を
存分に発揮することになる。



森を野生に還す。
それはきっと、
未来をつなぐための確かな一歩、だと思います。


2月ですが、今年はじめての投稿です。
2024年もよろしくお願いします。

今回読んだ『樹木たちの知られざる生活』は『マザーツリー』の回で 、
komorebi trail さんと樹山 瞳さんにお薦めしていただいた本です。
ゆたかな読書体験になりました。
ありがとうございます。

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あなたとあなたの大切なひとの夢が、
あたたかな光を浴びて
大きく花開きますように

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