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ハナバチとの蜜月



花から蜜と花粉を集めて幼虫を育てる
ハナバチ類。
日本では400種ほどが確認されています。


 『ハナバチがつくった美味しい食卓』
  ソーア・ハンソン 著
  黒沢 令子 訳
  白揚社


ミツバチの巣の働きバチが
ごっそり姿を消してしまう
「蜂群崩壊症候群」
( CCD:Colony Collapse Disorder) は、
前回の本『昆虫絶滅』でも
とりあげられていました。


元気な働きバチが花粉を集めに
出かけていったきり戻ってこず、
巣のなかには蜂蜜と、幼虫と、
うろたえている巣内バチが数匹と、
世話してもらえずに瀕死になった女王バチが残されていたという事態が、
世界のあちこちで頻発したもので、
いまだ確かな原因は特定できていません。


ミツバチは、ハナバチの代表的な存在です。
今回読んだのは、私たちの食生活にダイレクトに影響するハナバチについての本です。


🐝 🐝 🐝




かつて人間にとって、
ハナバチの価値は計り知れないものがありました。


ハナバチの利点に気づいていた治療者たちは
蜂蜜、蜂蜜酒ミード、蜜蝋の膏薬、プロポリス、さらに針から採れる毒さえも、
あらゆる病気の治療に推奨しています。


蜜蝋は、
防水加工から冶金や死体防腐処置まで
さまざまな用途に利用されていましたが、
無煙で香りのよい安定した灯りをもたらした
ロウソクの製造によって、
天井知らずの需要が生まれ、
養蜂生産物で最も高価なものになりました。
紀元前2世紀に、
コルシカ島を征服した古代ローマが
貢ぎ物として要求したのも、
毎年20万ポンド(約91トン)もの蜜蝋。
税の徴収を監督する書記官や官吏がもつ
蝋を塗った小さなタブレットは、
スタイラス (尖筆) で書き込むことができて
保管や運搬が容易だったうえに、
温めて表面を滑らかにすれば、
ふたたび使うことのできる優れものでした。


工学的に見ても、
ハナバチは驚異的です。


花はもちろん爆弾やがん細胞まで
嗅ぎわけられる超高感度の触覚は、
その微細な孔から
常に周囲の空気サンプルをとり込んで
ありとあらゆる匂いを識別し、
気温や湿度や空気の流れの変化に反応する
触覚の表面で、
さまざまな花弁特有の毛羽をよみとるほか、
音や振動、地球磁場、花が放つかすかな静電気まで感知しています。


4枚の翅は、
1対のオールのように前後にすばやく動かし
(たいてい1秒間に200回以上)
角度を調整することによって、
ヘリコプターのローターのように
常に下向きの圧力が生じ、
さらに翅の上面から
螺旋状に離れていく低圧の渦も生み出され、
揚力を増大させています。
こうした空気力学的な理解が進んだおかげで
「最高傑作」 と称されたハナバチの飛行は、ドローンから風力発電機のタービンに至る
あらゆるもののモデルになりました。


また、エベレストの山頂より高いところでもホバリングする
ヒマラヤ原産のマルハナバチの1種は、
世界で最も標高の高いところを
飛翔している昆虫だと考えられています。


ハナバチは左右の大きな複眼でものを見て、
頭頂にある小さな3つの単眼で
光の強度や偏光パターンを感知しています。
1つの複眼は6000を超える個眼からなり、それぞれが脳へと接続されていて、
脳は送られてきた個々の像を合成して
ひとつの広角な像をつくりあげています。


ハナバチには紫外線が見えるため、
均一な黄色に見えるタンポポの花の中心部に
黄色い色素と紫外線が組み合わさった
「ハチの紫色」 と呼ばれる色を
見ることができます。


色素と紫外線領域との組み合わせは、
これまでに研究された顕花植物 (種子植物) の4分の1を超える花で見られますが、
ハナバチが訪れる花ではその割合が高く、
紫外線色が、
ブルズアイと呼ばれる標的模様や、
花蜜や花粉のありかを示す
「蜜標〈ネクターガイド〉」 と呼ばれる
放射状の縞模様をつくりだしています。

顕花植物と共進化を遂げてきた
ハナバチの形質は、
いずれも花と関係して発達したものです。
しかしいま、
その花の資源が充分でなくなっているほか、殺虫剤などの化学物質が、
ハナバチ類の減少に大きな影響を与えています。


花粉や蜂蜜、蜜蝋、そしてハナバチの体内に残留している化学物質について、初めての大規模な分析が北米で行われました。
その結果、検出された118種類の殺虫剤は、
ネオニクス (ネオニコチノイド) のような
新しい製品だけでなく、環境中に何十年ものあいだ残留していたものもあり、
ほかに殺菌剤、除草剤、殺ダニ剤による
汚染物質も認められました。


化学物質は混ざると
組み合わさって相乗効果を起こし、
1つの物質がもう一方の物質の効果を高めることがあります。
たとえば、単独ならハナバチに害を及ぼすとは限らない殺虫剤が、特定の殺虫剤と組み合わさることで、その効果を1100倍にまで高めることがあるのです。
しかし製品の検査は個別に行われるだけで、
そうした相乗効果までは
ほとんど調べられていません。

そもそもなぜ、
ハナバチはこれほど化学物質に弱いのか。
殺虫剤の対象となっている昆虫は
みな耐性を得ているようなのに、
なぜハナバチには耐性ができないのか。


それは、ハナバチと花の蜜月がもたらした結果なのだといいます。


たとえば、
植物の葉や茎や種子や芽を食べる
バッタやイモムシ、甲虫、アブラムシ、
カスミカメムシのような虫は、
植物が絶え間なく進化させている
複雑な化合物を無毒化することで
長いあいだ生き延びてきました。
けれども、ハナバチはこうした虫と違って
花粉を媒介する送粉者なので、
植物のなかに有害な化合物が入っているという経験を進化の過程でほとんどしたことがありません。
植物はハナバチら送粉者に対して
防衛のための化学物質でなく、
甘い花蜜とタンパク質が豊富な花粉を
進化させて惹きつけてきたのですから。
それゆえハナバチは、
化学物質を処理したり回避したりできる
代謝経路を持っていません。
作物を食べる昆虫にとって殺虫剤は、
ありふれた、たいていは一時的な化学的妨害に過ぎないけれど、
ハナバチにとっては、まさに毒なのです。


2019年、「世界ハナバチの日」
( 2017年、国連により毎年5月20日が World Bee Day に指定された) に、
国連食糧農業機関 (FAO) は、
集約農業、生息地の喪失、化学物質の使用、気候変動などにより、ハナバチら送粉者が
世界中で減少しているために、
作物の収穫量と栄養状態の双方が
低下することになると警告しました。


農作物の受粉を行っている野生のハナバチは
世界で約2万種に達すると推測され、
ほかにも蝶、蛾、カリバチ、甲虫、そしてさまざまな脊椎動物が受粉に関与しています。
それらバイオマス (生物量) が減る一方で、
昆虫による受粉が必要な農業生産物の量は
過去50年間に300%も増加し、
農業は送粉者への依存度を高めています。


野生のハナバチをはじめとする送粉者を失えば、農家は生活の糧を失うことになります。
とりわけ貧しい国の農家にとっては
深刻な事態になりかねません。
作物の収穫量が減り、
栽培される食物の種類が変わる。
それを補うために、より多くの手付かずの自然が農業にのみ込まれ、森林破壊が加速し、
喪失は波及していきます。


人は食物の3口に1口を
ハナバチに頼っているとよく言われます。
単純に食物の種類で数えるなら、4分の3。
つまり、私たちが食べている
上位115種類の農作物のうち75%以上が、
ハナバチなどの送粉者を必要としていたり、
送粉者の恩恵を受けたりしているのです。
そのなかには、
ハナバチがいなければ生産できないものや、
ハナバチがいたほうが生産量が上がるものもあります。


🐝

ハナバチがいなくなった世界の 「ビッグマック」 は、「ビーフパティとゴマ抜きのバンズ」 だけになるそうです。
レタスや玉ねぎ、特製ソースの着色料に使うパプリカなどはハナバチが関係しているし、肉牛は風媒のイネ科草本や穀類が飼料だけれど、乳牛はハナバチが送粉するアルファルファが飼料なのでチーズもなくなる。
食卓からカラフルな色が減り、歯触りが減り、味付けも単調なものとなり、栄養は不足する。
食べたくないと、食べられなくなるは、まったく状況が違います。
ハナバチたち送粉者と未来を守るために、殺虫剤を極力控え、多様な花を増やしていく。
それが、いま私たちにできる重要なことにちがいありません。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

庭のシロバナタツナミソウ
どんどん増えてあちこちに白波たってます



あなたとあなたの大切なひとの食事が
心にも体にも、喜びをもたらしますように


どうぞよいGWを!


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