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歴史をつむぐ撚り糸


マケドニアの英雄
アレクサンドロス大王のインド遠征、
名将ハンニバル率いる
カルタゴ軍のローマ包囲、
モンゴル軍のヨーロッパ征服および、
レバント、東南アジアへの進撃、
などなど、
これらを断念させた大きな要因となるもの。

それが今回読んだ本のテーマです。


  『蚊が歴史をつくった
   世界史で暗躍する人類最大の敵』
   ティモシー・ワインガード 著
   大津祥子 訳
   青土社



人類誕生以来、
ハマダラカが媒介するマラリア原虫と
ヤブカが媒介する黄熱おうねつウイルスは、
死と歴史の変遷に、
大きな影響を与えつづけてきました。


とりわけローマは、
首都を取り囲んだ約800平方kmにわたる
ポンティノ湿地があり、
「死を招く蚊の本拠地」 で、
多くの戦局にかかわり、
人間の軍隊と同等に
防御に役立ったのです。

ポエニ戦争から第二次世界大戦まで相次いで侵入する軍隊は、ローマを取り囲むポンティノ湿地で、文字通り蚊にたかられて死んでいった。

第四章 蚊軍団 ローマ帝国の興亡




人間と蚊との戦いが激化したのは、
農業の発生および動物の家畜化、
人口密度の上昇に起因します。


結果、
不可避で恐ろしいマラリアにさらされた
人類は進化において、
抗マラリア性のよろい
ダッフィー陰性やサラセミア、
鎌状赤血球などを身につけました。


西洋医学の父とも呼ばれたヒッポクラテス。彼により伝統を受け継いだ
観察者や著述家、保健衛生の専門家は、
19世紀後半まで、
マラリアを含む病気は腐敗したごみ、
よどんだ沼沢地や湿地帯から放出される
有毒な気体、瘴気しょうき
原因であると考えていました。
「マラリア」 という名称はもともと、
古いイタリア語で 「悪い空気」 を意味します。


歴史上、
世界をかき混ぜるように
危険な蚊をあらゆる地域にもたらしたのは、
「コロンブス交換」の時代です。

コロンブスが幕開けをもたらした帝国主義と生物学上の交換の時代において、新たに到着したヨーロッパ人やアフリカ人奴隷、そして密航した蚊の波が、「新世界」に広がる未開拓の海岸に押し寄せ騒々しい音を立てていた。

第六章  蚊軍団  チンギス・ハーンとモンゴル帝国



コロンブス交換が始まると、
無害だった新世界のハマダラカと
アフリカやヨーロッパから入ってきた
ハマダラカとヤブカは、
どちらもアメリカ大陸における
蚊媒介感染症の原因となりました。


アメリカ大陸で最初に猛威をふるった
人獣共通感染症はいずれも、
ヨーロッパまたはアフリカを
起源とするものです。
天然痘や結核、麻疹、インフルエンザ、
そしてもちろん蚊媒介感染症も。
こうした病気は、
全員ではないものの多くのヨーロッパ人が
免疫を持っていたため、
侵略者たちがアメリカ大陸を含めた
世界の大半の地域を征服して、
植民地化することを可能にしたのです。


マラリアと黄熱により
先住民たちの奴隷労働が不可能になると、
大西洋を横断するアフリカからの
奴隷貿易が盛んになりました。
アフリカ人には
ダッフィー陰性やサラセミア、
鎌状赤血球などのマラリアに対する
遺伝的な盾が備わっていたうえに、
彼らの多くが、
アフリカですでに黄熱に順化していて、
再感染に対する免疫を獲得していたのです。 

この移動と貿易の時代に
世界中に拡散したマラリアと黄熱は、
その後の戦争、つまり7年戦争や、
アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争、
南北戦争、第二次世界大戦の、
さまざまな戦局を握る鍵となりました。


1880年代になると、
ヒッポクラテスの学説である瘴気説が
近代の細菌説に取って変わります。
マラリアと蚊の危険な結びつきが、
ようやく、
「科学の総力によって露見した」 のです。


そして1939年、
DDTが殺虫剤としての特性を認められます。
1945年には、
米国で農家向けに市販されるようになり、
国際的な援助組織や世界各国で、
安価で効果が著しいクロロキンと組み合せて
蚊媒介感染症根絶のために使用されました。
それは多くの国々で功を奏し、
世界全体でマラリア罹患率を
90%以上減少させたのです。


そんな折の1962年、
レイチェル・カーソンの
著書『沈黙の春』が出版されます。
DDTやそれに近い殺虫化合物に対する
レイチェル・カーソンの非難は、
多大な影響を及ぼして
環境保護運動に火をつけました。


DDTは
蚊だけを狙って殺すものではないうえに、
広範囲に集中投下して農業に用いたことで
環境を破壊していたのです。
それにもう、
抵抗力のある蚊を生み出していました。

1960年代にはすでに、
世界中にマラリア原虫を宿すDDT耐性蚊が
うようよしていたのです。

マラリア原虫も進化して
キニーネやクロロキンなど
開発されてきた薬のすべてが、
マラリア原虫が持つ根源的な生存本能、
耐性によって、
用いられなくなっていきました。



現在、科学や技術の進歩によって
蚊との戦いにおける様相は、
変わりつつあるようです。

けれども 「蚊」 は、
この地球上の歴史をつむぐ
り糸のひとつとして、
わたしたち人間よりも
はるかに永く生き抜いています。


地球温暖化によって、
以前なら進出できなかった地域にも
蚊の勢力範囲は広がっています。
人口密度もぐんぐん上昇しています。
災害で生じた不衛生な環境は、
時期によっては蚊が繁殖する危険地帯です。
ウエストナイル熱やジカ熱など
新たに加わった蚊媒介感染症が
猛威をふるったことは
記憶に新しいところです。
人間の移動に伴った疾病の移動も、
昔に比べて格段にスピードを上げています。


そんなさまざまをかんがみれば、
やはり蚊は、
今もなお人類にとって生死の問題にかかわる
もっとも危険な生物であることは、
忘れてならないことにちがいありません。


✴︎


そして…
季節が巡ればまた、
あいも変わらずすきをみては
部屋に忍び込んで巧妙に待機し、
寝ようとしたときを見計らって、
ぞわっとする音を立てて
狙ってくるのでしょう。   〜   ピシャッ。



この頃よく見かける花。
今年になるまで気づかなかった花で、
見つけるたびに気分があがります♪

バーベナの一種なのかな?


あなたとあなたの大切なひとの心が、
今日もさわやかに澄みわたりますように



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