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教室のアリ 第3話 「4月11日」 〈決死の給食大作戦〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。今日はこの教室を飛び出す。正確に言うと「飛び出さなければ死んでしまう」。おとなしく、ムダ話をせず、残さずキレイに給食を食べる5年2組ではオレの食欲は満たされない。だから、遠征することにした。目的地は1つ下の階の1年3組だ。

 4限の授業中、黒板の真下の壁際をはうように進んだ。チョークの粉さえも砂糖に見えてきた。空腹は限界のようだ。教室を抜け出し、階段を降り、1年3組に入ったのは12時20分、4限はもう終わる。オレは字が読めない。でも、人間の言葉はわかる。4限終了のチャイムが鳴った。「今日はパンの日だね!」、新1年生は2度目の給食にウキウキしている。オレもウキウキしている。刈り上げ頭の男の子が言った、「きな粉揚げパンって何?」。その瞬間、オレの心は高鳴った。長年この学校に住み着いたオレにはわかる。一番おいしく、一番「こぼす」パンだ!

 「いただきます!」、36人の子どもと先生と一匹のアリが一斉に食べ出した。狙いはろうか側、なぜなら窓から入ってくる春の風がきな粉をろうか側の壁に流してくれる。オレは食べた。子どもが大きな口に詰め込もうとすればするほどこぼれるきな粉を食べた。18日ぶりの食事は、それはそれは美味しかった。美味しさは空腹に比例する。「待つのも食事だよ」って小さい頃に言われたような、言われなかったような…丈夫な屋根の下、1日3回、何不自由なくごはんを食べる。それが普通だと思っているから、美味しさを少し感じないのではないか?そう言えば、職員室に侵入した時、先生たちが言っていた。「運動会のあとのビールは、美味しいよね!」って。だから5限が体育の日より4限が体育の日の方が食べている子どもも美味しそうだ。そう見える。話がそれた。

 階段を登り5年2組に戻って、ろうか側の壁を歩いたけどきな粉は落ちていなかった。このクラスはダメだ。オレにとってはダメだ。でも、人間の常識ではいいクラスなのだろう。こばさない。残さないのだから。人間が考える正しさはオレにとっては正しくない。こぼせ!残せ!子どもたち。ひとりぼっちのオレのために!

 あ、オレってなんでひとりぼっちなのか…それについても話さないと。

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