午前3時の警官来訪

昨夜、午前3時過ぎに自宅玄関のチャイムが鳴った。深く寝入っていたので、チャイムの音を聞いた直後は、何が起こったのか状況を理解できなかった。部屋の時計は3時を回っていたし、そんな時間の来客は尋常ではない。自分が寝ぼけているのか、夢なのかも判然としなかった。

インターホンへ向かって歩いていると、徐々に思考が回復してきた。アドレナリンが出てきたのか頭が冴えてきて、次のような想定を行った。

〈私の深夜の想定1〉

①深夜に家を抜け出したものの、鍵を忘れた息子
②部屋番号を間違えた酔っぱらい
③現代の科学ではまだ立証されていない現象または存在

しかしながら深夜の訪問者は、これら想定のどれとも異なっていた。

インターホン越しに見えたのは、制服を着た警官2名であった。

繰り返すが、午前3時の突然の来訪だった。

私は、そういった状況に備えた訓練は積んでいない。

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寝ぼけ眼ではあったが、インターホンの画面に映っていたのは、制服を着た警官であった。男女一名ずつのようだ。マンションのエントランスにいる。

これはまずい。

深夜3時に警官が自宅にやってくるなんて、ハッピーな話題のわけがない。

私は再び、幾つかのケースを想定した。

《私の深夜の想定2》

①高校生の息子が外で何かをやらかした。
②誰かが私の家に侵入しようとしているのを警官が見かけた。
③私の遠い昔の悪事について令状をもって追求しに来た。

私は暗闇の中、画面の明かりだけを頼りにインターホンのボタンを押した。

しかし、暗闇のせいで(あるいは老眼のせいで)「通話」ボタンではなく、誤って「解錠」ボタンを押してしまった。

そのため画面内の警察官は、私と会話することなく、開いた自動ドアから中へと入っていく。

私はその時「あぁっ」とか、そんな言葉を発したように思う。文書ファイルを保存していないのに、アプリがクラッシュしてしまった時のような声で。

警官が我が家に到着するまで数分間ある。それまでに何をすべきか考えた。私は、なぜか反射的に脱出ルートの確保を考えていた。寝る直前に観ていた犯罪系ドラマの影響だろう。

その警官(もしくは、その格好をした何者か)が、こちらに向かってきている。あと2分しかない。

===

私はまず、息子の所在を確認した。息子の部屋に行き、ベッドの中で息子が寝ているのを確認した。これで想定2①の可能性はなくなった。

次にベランダを覗いてみた。人影や物音はしない。これで想定2②の可能性はなくなった。

残るは、想定2③だけだ。

自分の過去の悪事を振り返ってみた。学生時代、社会人になりたての頃、そして最近のこと。いろいろな悪事を思い返してみたが、夜中の3時に警察にお世話になるようなヘマはしていない。

そこに娘が起きてきた。警官が来ていることを伝えると、急に怯え出した。娘が言うには、先日観たテレビ朝日のドラマ「相棒」にて、警官の格好をした強盗が出てきたのだという。私は身構えた。警官の制服を着ていても、気を許すことなく対応しようと決めた。

そう考えていたら、もう1度チャイムが鳴った。

今度は、ウチの玄関ドアの前に来ているようだ。

私は1回大きく息を吐いてからインターホンに出た。

私 「はい。」

警官「あのー、夜分遅くに申し訳ありません。千葉西警察署の者です。」

私 「はい。何でしょう?」

私は極めて冷静な声を出すように気を付けていたが、いつもと同じ声でないことは明らかだった。

警官「あのですね、この辺りでおばあさんが歩き回っているという通報がありましたので来ました。」

私 「おばあさん?」

警官「はい、おばあさんです。」

私は、我が家の玄関ドアの前で、老婆が佇んでいる姿を想像して怖くなった。

昨年のとても暑い日に、炎天下の国道沿いで蹲っているおばあさんを助け、車で自宅まで送ってあげたのを思い出した。

もしかしたら、あのお婆さんが亡くなって、お盆でもあるし、お礼に来たのだろうか・・・。

昨夜はエアコンをかけていなかったのだが、急に寒気を感じるようになった。

私は警官の次の質問で我に返った。

警官「通報されましたか?」

私 「通報? いえ、してません。」

警官「こちらは、○○○号室ですよね?」

私 「はい、そうですけど。」

警官「こちらのマンションの○○○号室からの通報と聞いてきたのですが失礼しました。」

私 「そうなんですか・・・、」

警官「ええ、でも、それでしたら結構です。夜分に申し訳ありませんでした。」

警官は、そのように言い残して、去って行った。

深夜に不必要に世間を騒がせたくないような配慮を感じた。

しかし、この騒動は一体、どのような経緯で発生したのだろうか。

なぜ、このマンションの我が家の部屋番号を使って、通報する必要があったのか。

結局のところ、コトの顛末は、翌朝に警察署に電話をして確認したことで判明した。

それまでの間の数時間、あらゆる可能性を考えた。犯罪説や、陰謀説や、心霊説等。

眠れなかったのは言うまでもない。

《次回の最終回につづく》

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