八、伊豆の劣り子

「あに様ぁ!お帰りなさぁい!」
北条時政が源頼朝を自領に引き取って数日後、時政邸にある青年の鎧武者が幾人かの武者を引き連れて戻って来ました。
青年の名前は北条宗時。
時政の長男で、政子の兄である。
浅黒い肌に太い眉、中肉中背の父時政同様、ガテン系のいかにもな坂東武者です。
宗時は出迎えた政子の頭を撫でながら
「政子ただいま帰ったぞ!良い子にしていたかい?」
と、男らしく、そして優しく声を掛ける。
「はい!政子は超良い子にしておりましたぞ!」
政子がそう答えると、満足そうに笑いながら
「ハハハッ!そうか、偉いぞ!」
すると奥より父時政が、宗時と政子の弟、江間小四郎の手を引いて出て来て
「おお、宗時か。よくぞ無事戻った。」
と、声を掛ける。
すると、宗時と武者達はひざまずき
「父上、・・・ただいま帰りました。」
「うむ、国境警備の任ご苦労であった。報告は奥で聞くとしよう。・・・江間小四郎、政子と遊んでいなさい。」
引いていた江間小四郎の手を放すと、義時は父の顔を見上げ頷き、政子の方へ歩み寄っていった。
時政と宗時が奥の間に入り襖を閉め座ると、いつ入り込んだのか政子が宗時の脇にチョコンと座り込みました。
時政は無言で政子の襟首をつかみ、部屋からつまみ出してしまいました。
「・・・さて、相模の国の様子はいかがであった?」
時政が気を取り直して、そう宗時に問いかけました。
「はっ!平家の威光すみずみまで響き渡り、もはや源氏派の者達もスッカリ鳴りをひそめておりますな。」
「・・・なるほど、もう平家に刃向かう馬鹿はおらんか。」
「ですな。おかげで、結構暇だったりしましたんで、和田殿、三浦殿とも親交を深めて参りました。彼らも平家への忠節を誓っておりました故、もう争いの種は根絶したかと思われます。」
「・・・争いの種か。」
時政が浮かない顔で呟くと
「・・・どうかしたのですか?」
宗時が心配そうにたずねる。
時政は平家に逆らい伊東に流刑にされ、そこでも問題を起こし伊豆で預かることになった源頼朝の事を宗時に話しました。
「何と!そんな破廉恥なカス野郎が、我が領内に来ておるのですか?・・・一度その有名人の面を拝んでみたいもんですなあ。」
宗時がそうにやりと笑いながら言うのを見て、時政が慌てて
「これ、彼奴とはあまり関わるでない!・・・儂が見たところ、頼朝殿はお前とは全くタイプの違う男じゃ。それこそ争いの種になりかねん。」
「それなら、そんな厄介者、即刻素っ首を刎ねてしまえば良いではないですか?」
「ば、ば、馬鹿を言え!!そんな事をしたら、清盛公の命に背いたと我らが責任を問われるでは無いか!?」
「それならば、そやつが平家に謀反を企てるような動きを見せたので成敗したとでも申せば不問になるでしょう。・・・我らの忠義も示せますし、一石二鳥ではないですか。」
「・・・そうか。・・・まあそれなら良いが。・・・ただ、済ませられるものなら穏便に済ませよ。」
「はっ!承知致しました。なあに、私とてそんなやたらと喧嘩をふっかけたいわけじゃありませんよ。ハッハッハッ!」
政子が部屋を出て来た宗時に
「あっ!あに様、とと様とお部屋でコソコソと何をしておったのですか?」
ふくれっ面をして食ってかかる。
「ん?ハッハッハッ!・・・男同士の秘密じゃ。」
笑ってそう空とぼけると
「さては、何か美味いモノでも食べておられたのですな?あたしと江間小四郎には内緒で!」
政子が怒り顔でそう問い詰めると
「美味いモノか。おっ!そう言えば土産を渡すのを忘れておったのう。ほれ、相模国の名物の鳩サブレじゃ。」
と、宗時が包みより菓子を差し出しました。
すると、政子は表情を一気に紅潮させ
「何じゃ、あに様ぁ!あるんじゃないですかぁ!流石あに様、ケチなとと様とは違いますなぁ!・・・もう大好きですぅ!」
奥の間の襖から時政が顔だけ出して
「誰がケチじゃ。」
ピシャッ!!と襖を勢い良く閉じてしまいました。
「政子よ、父上にあまり辛く当で無いぞ。」
宗時が苦笑いしながら窘めると、政子が笑いながら
「これがあたしのとと様への愛情表現なのですよ!」
そう答えました。
次の朝、宗時は供一人を連れて馬に乗りどこかへ出掛けていきました。
そう、伊豆の国に軟禁されている、源頼朝に面会する為でした。
その後、政子が木刀を持って起きて来て、宗時がいないことに気づき
「・・・あや?あに様がいない。・・・せっかく稽古を付けてもらおうと思ったのに。つまんないの。」

そしてその翌る日、宗時は北条家の屋敷へ戻ってきました。
報せを聞いた時政は慌てて宗時を出迎えました。
「おお、これはダディ!慌ててどうしたっすか?」
「お前、まさか、頼朝殿を成敗したりはしとらんだろうな?」
「ハハハッ!嫌だなあ?ダディ。・・・いやあ、ヨリリン、いや、頼朝殿はなかなかどうして良い奴じゃ無いですか。それを成敗するなんてナンセンスですよ!」
時政はホッと胸を撫で下ろして
「そうか、良かった。問題を起こして平家に睨まれるのは得策じゃ無いからのう。・・・ん?」
安心しましたが、何か違和感に気がつきました。
「・・・ダディ?・・・ヨリリン?何故お前はカタカナで喋っておるのじゃ?今までそんな事無かったろうが。」
時政がそう問うと、宗時はちょっと慌てて
「・・・あっ、えっと、・・・その。」
と、口ごもりながら馬から飛び降りると、その懐よりジャラジャラとアクセサリーがこぼれ落ちました。
宗時はそれを慌てて拾い、懐に隠しましたが、時政はそれを見て
「・・・こやつ、頼朝めに誑し込められおったな。」
と密かに察し、この若武者達の器の違いに気づいてしまい、落胆しました。

それは時を遡ること、・・・前日ですけど、宗時が蛭ケ小島の屋敷の門前に馬を乗り付けた時のこと。
「ここが源氏の御曹司、頼朝がいる蛭ケ小島の屋敷か。興奮してきたな。・・・たのもう!」
すると奥の方から頼朝が現れ
「いらっしゃいませこんにちは!いらっしゃいませこんにちは!いらっしゃいませこんにちは!」
と、連呼しました。
「ハンバーガーショップかよ!もういいぜ。・・・いや、そうじゃなくて。・・・貴殿が源頼朝殿か?」
「はい、私が頼朝です。貴殿は?」
「申し遅れました、私は北条時政が長男、北条宗時にございます。」
「おお、時政殿のご子息でしたか!・・・こんな身の上で大したおもてなしも出来ませんがどうぞお上がり下さい!」
頼朝が苦笑いしながら
「そう思いまして手ぶらでは失礼かと思い、酒をお持ち致しましたぞ。」
内心では
「・・・最後の晩酌になるかも知れんがのう?」
とブラック宗時がほくそ笑んでいました。
「おお!宗時殿はベストフレンズになれそうです!」
「・・・べすとふれんず?・・・って何ですか?」
「マブダチ、親友ってことですよ!私ってこんな囚われの身ですので、同年代の方の友達がいなかったんです!」
と、頼朝は宗時の両手を握り無邪気な笑顔を見せました。
その笑顔を見た宗時の、さっきまで気持ちの半分ほどを占めていた殺意は消え失せてしまいました。
「そうだ!友達になった証に、貴殿のことをムネリンって呼んで良いですか?」
頼朝がそう言うと宗時は慌てて
「ム、ムネリンですか?・・・い、良いですよ。わ、私は何とお呼びすれば?」
頼朝は嬉しそうに
「ヨリリンで良いですよ!
「ところで今日はこのようなむさ苦しい所へ如何様で?」
頼朝がたずねると、宗時が苦笑いしながら
「・・・むさ苦しいってあんた。ここは元々我らの別宅ですぞ?」
「ああ、そうでしたそうでした!つい口が滑り申した!これは失礼致しました。」
ここでまた宗時の心に殺意が半分ほど復活しました。
「今日ここに来たのはですねえ。貴殿、いや、そのヨリリンがなかなか変わった人物だと父から聞きまして、百聞は一見にしかず、お会いしてみたいなあと思い、参上つかまつったのです。」
「そんなあ、変わってるだなんて。私はただのしがない罪人ですよ?・・・まあ立ち話もなんですので、一献、ニコン、サンコンしながらお話ししましょうか。」
「・・・はあ。」
あっけにとられた宗時は頼朝に誘われ、屋敷の中に入っていきました。

それから半刻ほど、酒を酌み交わし、酔ってほろ酔い気分になった宗時は
「ところで、ヨリリンは随分と女性におモテになられるそうですね?」
と、たずねました。
「いえいえ、そんなモテるだなんて。」
頼朝は頭を掻き苦笑いしながらそう答えると、宗時は真剣な表情で頼朝に詰め寄り
「何か秘訣がおありなんですか?」
とちょっとろれつが回りにくくなった口調でたずねました。
「秘訣ですか?・・・そんなモノはありませんよ。」
頼朝はちょっともったいぶるようにそう否定すると、宗時が頼朝の手を握って
「そう言わず教えて下され!私はまだ女子と、・・・その、まぐわった事が無いんです!お恥ずかしい話ですが童貞なんです!」
頼朝は驚いた表情をし
「・・・そうですねえ?」
と、ちょっと考えながら
「私の父も兄達もそうでしたが、武家の男達って妙に力んでるって言うか、知らず知らずのうちに周りを威圧するような空気をビンビン出しまくるじゃないですか?ムネリンもお父上の時政殿もそうです。」
「・・・そうですかねえ?」
宗時が自分の体からそんな空気が出ているのかと、自分の体中をキョロキョロ見回しながら不思議そうな顔をしました。
「私はですね、その、もっとナチュラルな感じでいるようにしてるんですよ。あと、女性にはスイートに優しく。それが、自分で言うのもナンですが、何となく母性本能をくすぐるって言うんですかね。」
「なるほどなるほど。」
宗時は胸元からメモ帳を取り出すと、メモし始めました。
それからしばらく杯を交わし、話を弾ませていると、宗時は酔いつぶれガーガーと鼾を掻き、その場で眠りこけてしまいました。
「ムネリン、ムネリン。」
頼朝が揺すっても、宗時は
「・・・うーん。・・・兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえ。」
と寝言を言い、寝返りを打つのみでした。
「・・・ムネリン、どんな夢を見てるんだろう?」
頼朝はすっくと立ち上がると、それまでとは打って変わった冷ややかな眼差しと声色で、爆睡する宗時を見下ろし
「ふん、・・・見かけ倒しの田舎侍が。」
そう、吐き捨てました。
「しかも、チェリーボーイとは。・・・だっせえ!」
宗時を足蹴にすると、宗時は幸せそうな寝顔でゴロンと寝返りを打ちました。
「まあ、良い。伊東は平家に100%の忠誠心を持っていて隙が無かったが、北条は隙がありそうだ。・・・上手くすれば乗っ取ってお家再興も叶うやも知れん。・・・そうなりゃ最高だ!・・・クックックッ!ハァーッハッハァーッ!」
そんな事も知らず宗時はぐっすりと眠りこけてしまっていました。

次の日、宗時が帰宅しようとすると、頼朝は自分のアクセサリーを数点宗時に手渡し
「どうぞお持ち下さい。ムネリンと私の友情の証です。これを付ければ女性のハートを射とめられるかも知れませんよ!」
宗時は感激して
「おお!ヨリリン!感謝感激雨霰です!・・・では、また!」
頼朝は宗時が去って行くのを見送ると、ニヤリと微笑みました。
・・・この頼朝という男、なかなかにしたたかな人物の様ですね。

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