七、流刑の王子さま

「それでは儂はこれより伊東祐親殿の元へ参る。お前達は先んじて我が領へ戻っておれ。」
京から伊豆の国への帰路、北条時政一行は伊豆と伊東の分岐路にさしかかっていました。
時政は平清盛からの命令で、単身伊東へ向かうため、政子以下お供の者達にそう告げた。
すると政子はお共の者達を振り返り
「うむ、気をつけて帰るのじゃぞ。」
そう言う、時政と共に伊東へ行くつもりなのでしょう。
時政はふぅーっと溜息をつき政子に
「お前も先に帰るのだ。・・・伊東殿の所へ行くのは、清盛公のご命令なのだ。遊びに行くのではない。」
そう窘めると、政子は愛馬豊武の背中で足をばたつかせ
「えええぇぇぇ!!!あたしも伊東に行きたいいい!!!ハトヤに行きたいいい!!!大漁苑したいいい!!!」
と駄々をこねる。
「・・・ハトヤなんぞには行かん。てか、お前が来るとろくな事が起きん。また天狗なんぞに出られたら敵わん。帰れ。」
「・・・ぶぅーっ。」
政子は頬を膨らませましたが、京での夜の為朝とSUTOKU KINGとの一件は内緒にしていたので、それ以上何も言い返しませんでした。
時政は、政子とお供の者達が伊豆の国の領の方へ帰って行くのを見送ると
「ふぅーっ!やっと帰りおったか。さて、伊東殿の所へ急ぐか。・・・あ、電話は良い風呂ー♪」
御機嫌に伊東へ向け馬を進めて行きました。

「・・・ごめん!伊豆の北条、北条時政でござる!」
辿り着いた伊東祐親の屋敷前、門前にて名乗り開門を待つ。
その声を聞き、奥より祐親の息子、祐清が足早に駆けつけ門を開く。
時政の奥方は伊東祐親の娘、よって祐清は時政の義兄弟にあたります。
「おお、これは時政殿!お久しゅうございます!」
「これは祐清殿、お久しぶりにございますな。」
馬を降りながら挨拶を交わす。
「さあ、どうぞ、こちらへ。」
屋敷内の客間へ通され促されるままに座ると、時政はキョロキョロ辺りを見回し
「・・・お父上は、・・・祐親殿はいかがされた?」
と、たずねる。
すると祐清は淋しそうな表情に一変し
「・・・実は父は心の病、鬱病なる病に掛かり、引き籠もってしまっているのです。」
「何と!心の病ですか!・・・一体何があったのです?」
「・・・ええ、実はちょっと色々訳ありでして。」
そう言い、言葉を濁しました。
時政は訳ありなんだなと、祐清の言葉を鵜呑みにし、それ以上詮索せずに
「・・・はあ、そうでしたか。存じ上げておりましたら手ぶらじゃ無く、フルーツの盛り合わせなど見舞いの品を持参したものを。」
「いえいえ、そんなお心遣いはご無用でございます。」
「そうですか。・・・では、お大事にとお伝え下さい。」
「はっ!ありがとうございます!・・・所で時政殿、本日はいかような御用向きでこちらへ?」
終始ローテンションだった祐清が一転、気を取り直し時政にたずねる。
時政も思い出したように、ポンッと手を打ち
「ええ、・・・先ほど上洛した折、平清盛公よりこちらへ寄り、あるモノを受け取れとの御命を賜ったのですが。」
「おお!そうでありましたか!いやー、それはありがたい!」
更に祐清のテンションは急転換して大幅アップ。
アゲアゲである。
「実はそのあるモノこそが父の病の元でして。・・・いやー、そうでしたか!いやー、助かり申した!」
「・・・随分と、嬉しそうですな?」
時政が、先ほどと打って変わって浮かれる祐清を見て、いぶかしげにそうたずねると
「あーっ、いや申し訳ござらん。・・・清盛公の御命を全う出来ぬのは武門としての恥でござる!」
急にわざとらしく嘆くそぶりでそう言い
「まさか我をお疑いではありますまいな?・・・清盛公に時政殿を推挙をしたりなどしておりませぬぞ!神に誓って!」
聞いて無い事まで言いくさった。
時政は祐清の言葉にハメられた感を感じつつも
「・・・それでそのモノとは?」
そうたずねると、祐清は慌てて
「では一息つきましたら、そのモノの所へご案内致しましょう!・・・さあ、粗茶をどうぞ。」
勧められるがままに茶で喉を潤し一息つくと、次は促され馬に乗り、案内される途上、
「祐清殿、・・・そろそろそのモノとは何か、お教え下さらんかの?」
さんざん焦らされ、未だにモノの正体を明かさない祐清に軽く苛つきながらそうたずねる。
「そうですね。無礼をお許し下さい。・・・先の平治の乱をご存じでしょう?」
「ええ、清盛公率いる平家が勝利し、源氏の頭領であった義朝が討ち取られ、源氏のことごとくが崩壊した戦でござったな。」
「はい、その時源氏の嫡男義平、次男朝長は殺害されたのですが、三男の頼朝は池禅尼様が清盛公に強く助命を嘆願され、助けられたのです。」
「・・・池禅尼様がですか。それは清盛公も逆らえますまい。」
池禅尼とは清盛の母であり、もはや天下第一の権力者となった平清盛が唯一逆らえない、裏番長みたいな、そうでないような存在である。
「ええ、そこで頼朝は流刑と相成りまして。・・・当家で頼朝をお預かりするよう清盛公より命を授かったのです。」
「そうだったのですか!?」
時政はよもや己が領地と隣接するこの伊東の地に天下の罪人となった男が、更にここが流刑の地として選ばれていたのに驚愕した。
「・・・いくら都から若干離れた伊豆地方とは言え酷い!あんまりだ!流刑地と言えばもっとどこかあったろうに、奥州とか蝦夷地とか。・・・近場で済ませやがって。」
と、時政は思ったがそれを押し殺して
「・・・それは、また面倒を押しつけられましたなあ。」
気の毒がって言うと、祐清もうなだれて
「・・・はい、そしてその頼朝という男が、面倒な上になかなかの曲者でして。」
「・・・曲者ですか?」
「・・・曲者と言いますか、・・・タチの悪いスケコマシと言いますか。」
「スケコマシ!?・・・ですか?」
祐清は周りをキョロキョロ見回し、そっと小声で時政に
「・・・これは我が一族の恥ですが、・・・実は我が妹の八重が頼朝めに手籠めにされてしまいまして、出来ちゃった婚をすると言い出しまして。」
これまた驚愕のゴシップを告白してきました。
「何と!?」
「・・・赤子は無事生まれたのですが、怒った父はその赤子を可愛がるフリをして八重から取り上げ、海へ投げ捨ててしまいました。・・・八重はグレて家に寄りつかなくなり、夜な夜な盛り場で飲んだくれておるようです。父は続け様に頼朝も害そうとしたのですが、清盛公の命に背くことになると思い、それだけは我らが必死に阻止しました。・・・が、それ以来、父は心の病を患ってしまったのです。」
お転婆娘とは言え、娘を持つ身の時政は、痛く祐親の心情に同情し、涙を流しながら
「・・・そのお気持ちわかりますぞ!祐親殿、・・・さぞさぞご無念だったでしょう。」
拳を振り上げ、ふと何かに気づき
「・・・祐清殿、まさか我が受け取るモノとは、・・・その?」
「ええ、・・・そのまさかにござりまする!」
時政はその言葉に、やっと己の置かれた立場に気づきました。
・・・遅えよ!

「そうこう言ってるうちに到着しましたな。・・・こちらの屋敷です。」
とある屋敷の庭先に馬を繋ぎ、玄関に入り祐清が
「頼朝殿ーっ!いらっしゃいますかーっ?」
屋敷の中に呼び掛けると、奥から細身で長身、端正な顔をしたイケメンな若者がアクセサリーをジャラジャラさせながら現れ、笑顔で
「やあ!祐清殿!御機嫌うるわしゅう!・・・おや?こちらの屈強そうな御仁はどなたですか?」
チャラチャラッとした感じで時政にも愛想を振りまいています。
敗戦の源氏の御曹司と聞いて、もっと男らしい若武者を想像していた時政は面くらい
「・・・祐清殿、・・・この妙に軽い感じの御仁が頼朝殿ですか?」
「・・・ええ、このチャラい方が、我が家を崩壊させた源氏の御曹司である源頼朝殿です。」
祐清が苦々しい表情でそう紹介すると、頼朝はヘラヘラした笑顔で
「そんなあ、家庭を崩壊させたなんて心外だなあー?八重殿とは、一生添い遂げるつもりだったんですよ?それを父上と兄上が拒んだんじゃないですか。」
そう言われて祐清は声を荒げて
「貴殿に兄上と呼ばれる筋合いは無い!・・・そもそも、貴殿は何故ここにいるかと言う事を理解されてますか?貴殿は平家に弓を引いた科人なのですよ!」
そう窘められると、それまでヘラヘラしていた頼朝はちょっとシュンッとして
「・・・私だって、それはわかってますよ。・・・戦に敗れ、父と兄達を失いポッカリ空いた心の穴を、八重殿と・・・生まれてきたややこが埋めてくれるものと、新しい希望が芽生えていたのです。・・・それなのに、・・・それなのに、・・・ウゥッ!」
そう嘆くと袖で顔を覆い、泣き出してしまったようでした。
祐清はその様子を見て、オロオロと慌てて
「ま、まあそれはそれとしてですね。・・・そうだ!頼朝殿!この方が新たに身元引受人となった北条時政殿です!・・・伊豆も風光明媚な良い所ですよ!」
すると、袖で顔を多い泣いていたと思われていた頼朝は、ケロッとした笑顔で
「・・・そうだったんですか!いやあ、時政殿!よろしくお願い致します!そうですかあーっ!」
ズケズケと時政に近づき握手をして来ました。
時政は頼朝のされるがままに握手をしながら
「こやつ、嘘泣きとは。・・・見た目とは違い、何と図太い奴だ。」
と、心中穏やかでは無かったが、目一杯のぎこちない笑みを浮かべながら
「ええ、・・・我が領は海の幸、山の幸ともに豊富で、ハトヤはありませんが、熱川バナナワニ園がありまするぞ。」
そう言うと、頼朝は祐清を振り返りアッサリと
「祐清殿、色々とお世話になり申した!八重殿にもよろしくお伝え下さい!アデュー!アモーレ!」
チャラッとそう言い放つと、それを聞いた祐清はギリッと唇を噛みしめ、頼朝への怒りをかみ殺していました。
時政はその様子を見て呆れながらも
「・・・何となく、池禅尼様が命乞いされたのもわかったような気がするのう。」
と、思いながらも
「・・・では、後日迎えの者を使わしますので、頼朝殿は出立の支度をしておいて下さい。」
そう言い残し、時政は伊東を後にし自領の伊豆へと帰って行きました。
そして後日、伊豆の国の蛭ヶ小島にある別宅に、頼朝を迎え入れる事となったのでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?