四、お尋ね者、京に入り立ちて

「・・・兄者、兄者は大馬鹿野郎だ。・・・あれほど清盛を信用するなと忠告したのに。」
都で平治の乱が勃発し、兄義朝が敗走、そして非業の死を遂げたことはしばらくして為朝の耳にも入りました。
「・・・常磐姉さん、常磐姉さんは無事なんだろうか?」
義朝には二人の奥方がいました。
正室であった由良御前はまあまあ良いとこのお嬢様で、気位が高く冷たい感じの美人で、粗暴な為朝を毛嫌いしていました。
為朝も自分に冷たいこの高慢ちきな由良御前が大嫌いでした。
側室の常磐御前はちょっとおっとりした可愛い系の美人で、この大きな義弟をまるで自分の弟のように可愛がってくれました。
為朝も常磐御前にだけには心を開き、その前では飼い慣らされた熊のように従順になるのであった。
由良御前は平治の乱勃発の数ヶ月前に病死してしまっていましたが、為朝はそれを知る術も無く、それでも気になったのは常磐御前のことだけでした。

都では二回の争乱を勝ち抜き、摂関家、反信西派の公家達、そして同じ武家の対抗馬であった源氏と、味方ではあったがいずれは排除しなければならなかったであろう信西と、目の上のたんこぶを排除した武家である平家が政の実権を握ることとなった。
清盛は太政大臣となり、平家の一門と、平家に恭順を誓った公家達のみを要職に就け、それ以前から皇室とも婚姻関係を結んでいたため、平家に逆らえる者は誰もいなくなった。
世はそれまで皇室と貴族達の番犬としてしか存在意義の無かった武家の、いや平家の掌に落ちたのでした。

それからしばらくして、為朝は都落ちしていた常磐御前が幼い和子達と共に、平家の間者に捕らえられ、都に送られたとの噂を耳にした。
清盛は無類の女癖の悪い事で有名だった。
そんな清盛が常磐御前に手を出さない訳が無い。絶対無い。
大好きな義姉の危機を知っても、何も出来ない我が身を為朝は恨んだ。
それから為朝は数日間悶々と過ごしていた。
そして、いつものように潜んでいた山中で、政子に武術の稽古をつけていました。
政子は元々センスがあったのか、大人の家人とも五分で渡り合えるほどの腕前に成長していました。
「・・・・・・・・はち!・・・・・はち!・・・はちってば!」
「・・・うん?どうした?」
どこか心ここにあらずな感じだった、政子もその心うちを悟ってか
「どうしたではない!はちこそどうしたのじゃ?元気が無いのう?・・・腐ったミカンでも拾って食って腹を壊したのか?」
「そんなんじゃねえよ。」
為朝は苦笑いして答えたが、ちょっと考えてから迷いを振り払うように「・・・政子!俺は訳あって都に行きたいんだ!・・・すまんが暇をくれないか?」
政子はその言葉に驚き、ジワッと涙ぐんだかと思うと
「いやじゃあああっ!!!!!いやじゃあああっ!!!!!いっ!!!やっ!!!じっ!!!ゃっ!!!あっ!!!あっ!!!あっ!!!」
その壮絶な号泣っぷりに、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた為朝もたじろぎ、あたふたするだけであった。
ひとしきり泣き終わると、為朝の顔を見上げ、涙を拭きながら
「・・・分かった。・・・はちのおかげであたしもだいぶ強くなった気もするし、・・・良いぞ!行って来い!」
為朝にしても、政子に情が移っていたこともあり後ろ髪を引かれる思いもある。
ましてや今や敵地となった都に戻ることはただの自殺行為だった。
「・・・すまねえ、俺の用事が無事済んだら、またお前の元に馳せ参じて稽古を付けてやるぜ!」
「うむ、待っておるぞ。・・・さあ、最期の稽古をつけてくれ!」
・・・そして次の日、為朝を見送りに来た政子の頭を撫でながら
「政子よ、戦もそうだが、人生何事も押して押して押しまくるんだぜ。・・・攻める事を忘れるなよ!」
と、為朝が言うと
「うむ、肝に銘じておこう。」
政子がニッコリ答えると、為朝は政子からの差し入れの握り飯を持って、都へと旅立って行った。
伊豆の国を出発し義朝が非業の死を遂げた尾張に到達した頃、お尋ね者の為朝は昼間は山中に潜み、夜移動し一路都を目指していた。
ある山中で山伏の一行と鉢合わせをし装束を奪い、その装束をまとい京の都に入りました。
「しかし、この装束はちと小さいのう。まあしゃあねえか。・・・それと、姿を隠す場所も考えねえとな。」

一方、平家の屋敷では清盛が捕らえた常磐の方を目の前に座らせ、優しく言葉を掛ける。
「常磐殿、・・・さっ、近う寄って酒でも注いでくれんかね。」
と呼び掛けた。
どうやら、先の保元の乱で恐怖のあまり枯れてしまった清盛の声は癒え、声が出せるようになっていたようだ。
常磐は答えず悲しい顔をし、うつむいているばかりでした。
清盛は困ったような表情で、
「そんな、何日も何日も嘆き悲しんでいても義朝殿は戻って来ない。それより儂と共に栄華を味わおうではないか!・・・その方が御身のためですぞ。」
常磐御前が涙で濡れた顔を上げ、憔悴しきった声で
「・・・私はそんな気は毛頭ございません。・・・お許しいただければ、息子共々出家をさせていただき、亡き夫義朝の霊を弔い過ごしたいと思います。」
それを聞いて清盛は、嫉妬に顔を真っ赤にし憤った表情で
「ええい!!下手に出ておれば・・・!!」
と、その時屋敷のどこかで
「ギャアアアアアァァァァァッ!!!!!」
侍女の声だろうか女性の叫び声が響き渡った。
それを皮切りに
「く、曲者だあああぁぁぁっ!!!!!」
「キャアアアァァァッ!!!!!」
あちらこちらから阿鼻叫喚の絶叫が聞こえてきました。
「・・・曲者だと!?誰か出会え!!出会え!!」
「はっ!お呼びですかっ?」
奥の間より家人が現れると、清盛はキリッとした表情で
「・・・うむっ!常磐殿を奥へ!狼藉者より命に替えてもお守りせよ!」
家人が常磐御前をエスコートし、奥へ下がるのを確認すると、太刀を片手に木戸を開け縁に立ち構え、見えない敵に向かって叫ぶ。
「儂を平家の頭領、清盛と知っての狼藉か!?命が惜しく無ければかかって来い!!」
すると塀の上をザッザッザッと飛ぶように、巨大な人影が近づいて来たかと思うと、清盛の前までやって来て清盛を見下ろした。
雲の谷間から漏れる月光に映ったその姿、鮮血を浴びたような深紅の顔、そして人とは思えぬ長い鼻。
その姿、まさに天狗!!
清盛はその姿を見て
「・・・ひっ!!!!!うぎゃぷあら%↑§〒ⅳ㈱㌻3=~㍉!!!!!」
恐怖のあまり訳の分からない言葉を絶叫しながら、その場でフリーズしてしまった。
天狗は清盛の顔をそのギョロッとした目玉で睨むと指を指す。

すると、その指先からキラッとした物が瞬間的に放たれ、清盛の耳脇をかすめ後方へ飛んでいった。
すると、ドヤドヤと護衛の武者達が数人現れ
「き、清盛様をお守りしろ!!」
「矢を射かけろ!!」
と、清盛の周りを取り囲みました。
それを見て天狗は
「・・・チッ!」
と舌打ちをし、塀を通りの方に飛び降り何処かへ走り去って行った。
辺りが静まりかえると、護衛の武者が
「・・・清盛様、お怪我はありませんか?」
清盛はそれにウンウンと頷くのが精一杯でした。
「おや?・・・これは矢文ですかね?」
武者の一人が、先ほど天狗が放った光の元らしい矢を手にしていた。
そこには紙が結ばれており、武者がそれを解いて清盛に差し出すと、そこには超下手っぴな汚い文字でこう書き殴られていました。
「ときわに手を出すとぶっころすぞ よし朝天ぐ」

さて、清盛邸でそんな事件が起こる数刻前、夜の歓楽街を歩く為朝の姿がありました。
暗闇の中、ピンクの提灯に「大人の玩具屋」と書かれた店頭に、立派な鼻の天狗の面が飾ってありました。
為朝がそれに見入って佇んでいると、店の奥から店主が現れ、大柄な山伏をいぶかしげに見上げながら
「・・・いらっしゃいませ。いかがなさいまひょうか?」
と、たずねると為朝は天狗の面を指さしながら
「おい、店主!その天狗の面は何に使うんだ?」
と、たずねる。
「そりゃそのう、そのそそり立った鼻でご婦人を喜ばすプレイに使うのでございます。」
店主が明らかな作り笑いを浮かべそう答えると、為朝は全く興味の無さげな表情で
「・・・ふうん、じゃあこの面をよこせ。」
「はい、毎度ありがとうございます!・・・お代は銅銭なら一枚、米でしたら二合になります。」
手もみしながらそう答えると、為朝は悪そうな笑みを店主の顔に近づけ
「・・・聞こえなかったのか?俺は売れなんて言ってねえ。・・・よこせって言ったんだよ!」
と言うと、天狗の面の猛々しい鼻をむんずと掴み、暗闇の中に脱兎の如く走り去って行ったのでした。

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