九、弁慶の亡き処

「・・・よし!本日はここまで!」

ここは都の外れ鞍馬山の山中、薄暗くなり始めた夕暮れの中、古寺の境内で木刀を打ち合う大男と少年。

大男はそう言うと木刀を下ろし、首元の汗を拭う。

その顔は真っ赤で、その真ん中にはそそり立つ高い鼻を持つ、天狗だ。

厳密に言うと、男はガチの天狗では無い。

天狗の面を着けた源氏の落ち武者、源為朝その人です。

そして声を掛けられた少年も、構えていた木刀を下ろし

「・・・ハアハア、・・・天狗殿!本日もお稽古ありがとうございました!」

息を整え、そう礼を言うとペコッと頭を下げました。

少年の名は牛若丸。

為朝の兄源義朝の忘れ形見で母親の常磐御前と共に、平家に捕らえられ、その監視下に置かれていました。

為朝は先の戦で敗戦の将となり、京を離れ逃亡をしていましたが、義姉の常磐御前を守るため京に舞い戻り、天狗に変装しこの山中に隠れ住んでいました。

そしてひょんな成り行きでその息子である牛若丸に武芸を教えることとなったのです。

「うむ、気をつけて帰れよ。・・・まあ、お主なら心配ないか。」

「はい!」

「母上に孝行せよ!わかったな!」

天狗がそう言い聞かせると

「はい!それではまた!」

牛若丸は元気よく挨拶をし、山を下りる石段を駆け下りていきました。

その背中を見送りながら

「ふむ、牛若は俺の想像以上に武芸のセンスの良い子じゃのう。・・・流石は優しくて美しい常磐姉さんの子だ。」

・・・そこは、勇猛な武将だった兄義朝の血じゃないんですかね?

「もしかすると、牛若は悲願の源氏復興の旗頭になるかも知れん!・・・いや!絶対そうあるべきだ!」

為朝は握り拳を握り、星が瞬きだした上空を遠い目で見上げる。

「俺は残念ながら頭領ってガラじゃねえ。だが、あの牛若を源氏の総大将として、俺がその軍の先鋒として一軍を率い平家をなぎ倒す!・・・爽快じゃないか!」

敗走し人生を一遍させられた保元の乱以降、晴れた事が無かった為朝の心に、一縷の希望の光が差し込みました。

「しかし、如何せん現在いるのは俺だけだ。どうにか味方を増やさなきゃなあ。・・・お尋ね者の俺が、求人情報出すわけにもいかんしなあ。」

そんなもん出したら、速攻で平家に見つかるでしょうが。

・・・これだから脳筋野郎は。

「それに、・・・そろそろこの天狗キャラも限界かのう?」

手にした天狗の面をじっと見やり、フッと溜息をつきました。

そもそも、世を忍ぶ姿として天狗面を被り始めたのだが、牛若も幼児から少年に成長するにつれ

「天狗殿はどこでお生まれになったのですか?」

「天狗殿のご両親はやはり天狗なのですか?」

「天狗殿はガチで天狗なのですか?」

リアリティを天狗に求めるようになっていました。

そもそも行き当たりばったりで、天狗のキャラ設定など考えていなかった為朝は、牛若の質問に答える術も無く

「・・・大人の事情じゃ。」

と、答えるのがやっとでした。

そんな頃、都では町外れの五条大橋に夜な夜な巨漢の荒法師が現れ、通りかかる武士などに勝負を挑み武器を奪うという事件が発生していました。

幾人もの手練れがその荒法師を手捕りにせんと挑み、尽く返り討ちに遭っているとか。

ボロボロの着物をまとい下男に身をやつし、食料を求め数ヶ月ぶりに街へ降りてきた為朝はその噂を耳にして

「ほう、そんな豪傑なら味方に出来れば頼もしいのう。・・・もしかしたら、現在の平家の有り体に不満を持ち、それを意思表示するために狼藉を働いているかも知れんな。」

と、思春期の少女が、まだ見ぬ王子様を夢見るように期待に胸を膨らませていました。

そして路地裏で、思春期の少女は絶対にしない立ち小便をしながら

「そもそも武器なんぞ持って行くから争いになって狩られるんだ。丸腰で行きゃ相手がどんなならず者だって、相手をどうこうしようなんて思わねえだろう?俺なら全裸でも平気だぜ。・・・おっと!俺様のイチモツが武器に見えちまうか?ガッハッハッハァ!!」

笑いながら棍棒のようなイチモツをしまい、その場を立ち去りました。


その晩、為朝は宣言通り、武器を携えずにフラッと五条大橋に現れました。

・・・とりあえず、全裸じゃ無くボロは身にまとっているようです。

月光が青白く為朝の横顔を照らす。

噂の荒法師を恐れてか、人っ子一人おらず、鴨川の水の音と遠くで狗の遠吠えだけが諸行無常に響く。

キョロキョロと誰もいない事を確認し、スゥーッと息を大きく吸い込むと

「武器狩りの荒法師よぉっ!!!出て来いやぁっ!!!」

静まりかえった街中に、為朝の大声が響き渡りました。

上空を灰色の雲が流れ月光を遮り、辺りが暗闇に包まれる。

すると間もなく橋の反対側の袂より、ゆっくりと大きな足音がしたかと思うと

「誰じゃ!!この儂を呼ぶ命知らずは!?」

と、怒鳴り返してきました。

すると、為朝は笑顔で声の主の方へズカズカと歩いて行くと、月を隠していた雲が流れ、月光に照らされ二人の姿が浮かび上がりました。

そこには為朝に見劣りしない巨躯の頭巾姿の大男が立っており、こちらを睨み仁王立ちしていました。

しかし次の瞬間、流石の大男も笑顔でズカズカ近寄ってくるもう一人の大男にギョッ!とした表情を見せ、手にした長刀を為朝へ向け構えました。

為朝はそんなのお構いなしに荒法師に一間ほどの所まで近づき

「おお!お前が巷を騒がせておる、荒法師か!なかなかの威丈夫ではないか?名は何と申す?」

と、たずねました。

荒法師もたじろぎながらも

「わ、儂は天下無双の豪傑、武蔵坊弁慶様じゃ!な、何じゃお前は?人の体をニヤニヤしながら舐め回すように見おって、気色悪い!・・・まさかお前、ホモか?」

為朝は笑顔を崩さず

「いやいや、弁慶とやら今宵はホモりにでも、争いに来たのでも無い。お前の噂を聞き、一遍話してみたいと思って来たのじゃ。」

そう語りかけると、弁慶はいぶかしげに聞き返す。

「・・・話じゃと?」

「そうじゃ!率直に言おう!お前のその無駄遣いしている武芸を、天下のために生かしてみんか?」

為朝が熱を帯びた口調でそう語ると、弁慶は一瞬キョトンとした表情で為朝の顔を見ていたが、すぐに嘲笑うように

「・・・プッ!天下じゃと?お前は何を言ってるんだ?乞食みたいな男が天下を語るとは、笑止千万なり。」

その言葉を聞き、為朝は辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、急に真面目な顔をし

「こんなナリをしておるが、俺は源為朝と申す者。平家を倒して源氏復興を目指している者じゃ。」

それを聞くと、弁慶も神妙な顔付きで

「・・・源氏復興じゃと?」

そう聞き返す。

為朝はその弁慶の表情に手応えを感じ

「そうじゃ!どうじゃ?お前の力を貸してもらえんか?」

両の拳を握り目を輝かせ、そう懇願すると

「ブワッハッハッハァーッ!!!ブワッハッハッハァーッ!!!・・・あーあっと。」

弁慶は突然大笑いをしました。

為朝が言葉を失うと、弁慶が為朝を見下したような目つきで見据え

「・・・笑わすなっつうの。馬鹿かお前は!?」

そう、吐き捨てました。

「・・・何だと?」

為朝が心の底から湧き出る怒りを抑えながら問い返すと、

「平家を倒すって、お前の軍勢は何万人おるんだ?うん?為朝さんよお?」

「・・・・・。」

ぐうの音も出ないとはこのことです。

マウントを取った弁慶は、続け様に

「それでまあ、絶対に無いだろうけど、万が一にだ。万が一平家を倒せたとして、お前は何がしたいんだ?」

ぐうの音、もう一発いただきました。

脳筋の為朝はそこまでの考えは全くありませんでした。

「・・・いや、・・・それは。」

「ケッ!ただ復讐したいだけじゃねえのかよ?落ちぶれた武家風情が!・・・しかも平家を敵に回して生きてられると思うのか?嫌なこった儂はまだ死にたくねえ!」

それを聞き、弁慶に論破されて黙り込んでいた為朝が呆れ顔で口を開く。

「何だ、天下無双の豪傑とかデマか。ただのビビリのこそ泥じゃねえか。」

弁慶が血相を変え

「な、何だと!?」

怒鳴るが、為朝は耳を貸さずに

「まあ良い、お前をそんなちょっと力自慢のこそ泥から、ガチで天下無双の豪傑として名を残させてやるぜ。」

「どうするつもりだ!?俺はどうあっても平家と一戦交える気は無いぜ!?」

為朝はニヤッと弁慶を見据えて

「俺がお前になるんだよ!!」

そう叫ぶと為朝は弁慶に飛びかかった。

「こなくそ!!」

弁慶が反射的に長刀を振り回すと、為朝はしゃがみ込み長刀を避け、弁慶の向こう脛を目にも止まらぬスピードで水面蹴りで薙ぎ払った。

「グヲォーーーッ!!!」

生身の人間から放たれた蹴りが、まるで鋼鉄の棍棒でフルスイングされたような衝撃で弁慶の向こう脛を襲う。

弁慶はドスンッ!!!ともんどり打って倒れ、脛が無くなってしまったかのようなこれまでに味わったことの無い激痛とも鈍痛とも言えない痛みに、意識が朦朧としてしまいました。

為朝は倒れた弁慶に馬乗りになると、両の手で弁慶の頭をガッチリと掴むと力任せに捻り首の骨をゴキッ!!!とへし折りました。

「たわばっ!!!」

弁慶は血反吐を吐き、一瞬で絶命してしまいました。

為朝は弁慶の亡骸を見下ろし

「ふんっ!馬鹿はお前だ。平家の前にこの俺を敵に回して生きていられるとでも思ったのか?」

次の朝、鴨川を身ぐるみを剥がれ全裸の大男の死体が、ドンブラコドンブラコと流されて行くのが発見されました。


「・・・よし!本日はここまで!」

それから何日か後、鞍馬山の山中、薄暗くなり始めた夕暮れの中、古寺の境内で木刀を打ち合う天狗と牛若丸。

天狗はそう言うと木刀を下ろし、首元の汗を拭う。

そして声を掛けられた牛若丸も、構えていた木刀を下ろし

「・・・ハアハア、・・・天狗殿!本日もお稽古ありがとうございました!」

息を整え、そう礼を言うとペコッと頭を下げました。

「今日は折り入って話がある。・・・まあ、座れ。」

天狗は神妙な顔をして、と言っても仮面越しでわからないが、近くにあった木の切り株を指さし牛若丸を座らせた。

牛若丸は切り株にチョコンと腰掛けながら、

「どうしたのですか?急に改まって・・・お金なら貸せませんよ?」

と、たずねました。

「・・・ちゃうわ。・・・いや、何、お前もだいぶ腕が立つようになって、我も教える事が無うなった。そこで我はそろそろ魔界に帰ろうかと思ってな。」

「・・・魔界・・・ですか!?」

牛若丸が驚いて聞き返す。

「うむ。」

天狗が頷くと、牛若丸は不思議そうな表情で首をかしげながら

「・・・確か先日は、M78星雲とか言う遠い遠い所から来たと言ってたではありませんか?」

そう言われると天狗の中の為朝は赤面しながら

「そ、そんな事はどうでも良い。えっとだな、そんな訳でだな、お前に卒業試験的な試練を与える。」

「何か、少年漫画とかでありそうな展開ですね?」

「・・・これ!ベタだとかワンパターンだとか、そんな事言っちゃいかん。」

・・・悪かったな、それで育ったんですよ!

「で、どうすれば良いんですか?」

「うむ、五条大橋に夜な夜な荒法師が現れて悪さをしているらしいのだ。お前が明日の夜そやつを成敗して参るのだ。」

それを聞いて牛若丸は掌ををパンッ!と打って

「ああ、その荒法師の噂は私も聞いた事があります。でも・・・。」

途中で言葉を濁しました。

「でも、何だ?」

「ええ、母上から、・・・きっと変態だから近づいちゃいけませんよって、きつく言われてまして・・・。」

為朝は内心

「常磐姉さん、余計なことを!!」

と、思ったがおくびにも出さず

「い、良いから行かんか。お、俺、い、いや我のプランが崩れる。」

冷静さは装っていたが、動揺は隠せなかったようです。

「プランって何ですか?」

「良いな!明日の夜だぞ!」

あっ、都合が悪くなったので無視しました。

そう言い残すと、天狗は鞍馬山の森の中へ跳び去って行きました。

牛若丸はポカーンとその後ろ姿を見送ると、立ち上がり石段を駆け下りて行きました。


そして、その次の夜、牛若丸は天狗に言われた通り、五条大橋に向かっておりました。

母親の常磐の方に

「ちょっと、外でサックスの練習をして参ります!」

そう言い残し、愛用のソプラノサックスを片手に屋敷を飛び出してきました。

「・・・私としたことが。テンパって太刀を持って来るのを忘れてしまいました。噂では相当な剛の者と聞いているのに、武器無しでどう戦えと?」

「そうだ!私はまだ子供だし、テレビの子役みたいにあざとく愛嬌を振りまいて、許してもらいましょう!」

などとブツブツ言いながらしばらく歩いていると、五条大橋に辿り着きました。

牛若丸がキョロキョロ辺りを見回すと、噂の武器狩りの荒法師を恐れてか、人っ子一人、犬猫ワンニャン一匹いません。

空にまん丸なお月様が出ているだけです。

「・・・って、誰もいませんね?・・・帰ろっかな?」

と、手にしたサックスケースを見やり

「まあ、でも折角サックスも持って来たんだし、一曲吹いてみようか。」

牛若丸がサックスをケースから取り出し、頭上の月に向かって「Fly Me To The Moon」を吹いていると、ザッ!ザッ!と足音を響かせ、大きな人影が五条大橋の袂に現れました。

その人影は武器狩りの荒法師、武蔵坊弁慶から装束を狩って変装した為朝でした。

「おいっ!!」

偽弁慶は牛若丸の背後に仁王立ちすると、大声で呼び掛けました。

牛若丸はサックスを吹くのに夢中で気がつきません。

「おいっ!!!」

偽弁慶は更に声のボリュームを上げて牛若丸を呼んだが、牛若丸は気がつきません。

「・・・・・。」

しびれを切らせた偽弁慶は、牛若丸の背後から前方に躍り出て

「おおーいってばYO!!」

手を挙げて呼び掛けると、サックスに夢中になっていた牛若丸は驚きました。

「わっ!・・・ああーっ、びっくりしたあーっ!驚かさないで下さいよぉー!」

「おお、すまんすまん。」

「では、私は帰りますので。これにて。」

「おお、気をつけて帰るのだぞ?・・・・・ってヲイッ!」

ノリツッコミされた牛若丸は頬をプーッと膨らませて

「チェッ!やっぱり、帰らせてもらえないんですか?」

不満そうに舌打ち混じりに吐き捨てました。

「そうじゃ。」

偽弁慶は、目をカッと開いてそう言うと、手に持った長刀を構えて

「えーっと・・・ワシノナワ、ムサシボウベンケイジャ。・・・ヨイカ、カエリタクバ、コノワシヲタオスノジャ。」

と、急に棒読みで、恐らく脳筋さんが、やっとの事で覚えた台詞なんでしょうね?

「いや、その、倒せと言われても、・・・実は武器を持って来て無いんですよ?・・・その、申し訳ありませんが日を改めませんか?」

牛若丸が恐る恐るそう交渉すると

「・・・ん?・・・えーっと、ソノコシノタチヲオイテユケエ!」

「いや、ですからぁ、その太刀を持って来て無いんですってば!」

台詞は棒読み、アドリブは利かない、これでイケメンでもあれば、まだ救いはあるんですけどね。

「ヨケイナオセワダ。」

あ、失礼。

ちょっとのアドリブは利くようです。

牛若丸はここぞとばかりに

「余計な茶々も入りましたし、今宵はやめましょう!ね!ね!」

と、後ずさりしながら促すと、偽弁慶は大根役者モードに戻り

「モンドウムヨウ!!イクゾ!!」

ブンッ!!と長刀を鋭く一閃、水平に薙ぎ払いました。

この男、手加減ってモノすら知らないようです。

完全に殺しにかかっています。

するとその瞬間、牛若丸の奥底に潜んでいた新しいタイプ的な能力が

「ティキティキティン♪」

と目覚め、偽弁慶の放った刃を寸前でジャンプし回避しました。

「ぬっ!?これならどうだ!?」

偽弁慶は水平に薙ぎ払った長刀の刃先を瞬時に上方に反転させ、飛び上がった牛若丸に向け振り上げました。

いや、だから手加減しないのかよって。

「ティキティキティン♪」

また牛若丸の潜在能力のジングルが発動し、刃先を蹴り上げ橋の欄干の上に飛び移りました。

「ちょ、ちょっとぉーっ!危ないじゃないですかぁーっ!」

牛若丸がそう叫ぶと、すっかり目的を忘れ、気分が高揚してしまった偽弁慶は

「きえええええぇぇぇぇぇっ!!!」

かけ声と共に突きを放ちました。

「ティキティキティン♪」

牛若丸の姿がスッと瞬時に欄干の上から消えました。

「上かっ!?」

偽弁慶はその気配を感じ、上空を見上げ長刀を振りかぶりました。

しかし、そこに牛若丸の姿は無く、まん丸い満月が地表を見下ろしていました。

「何っ!?」

偽弁慶が慌てて視線を下ろすと、すでに牛若丸が偽弁慶の懐に滑り込んでいました。

牛若丸はその低い体制から手に持ったサックスを振りかぶり

「いやあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

偽弁慶の左足の向こう脛をフルスイング!!!

そして返す刀ならぬサックスで素早く右足の向こう脛を殴打、そして左足と連続攻撃を偽弁慶の足に叩き込みまくりました。

さしもの歴戦の勇士、偽弁慶こと源為朝も急所である脛を、金属で幾度となく殴打され

「・・・ぐがっ!!!」

その激痛で気を失いかけていました。

そしてついに

「・・・うーん。」

と、偽弁慶の巨体がグラッと崩れようかとした瞬間、偽弁慶が無意識に腕を伸ばすと

「・・・えっ?」

その拳が牛若丸の顎を捕らえ、牛若丸の小さな体は水平に飛ばされ、橋の欄干に

「カンッ!」

と頭を打ちつけられ、牛若丸もそのまま気を失ってしまいました。

カンカンカンカンカァーン!

ダブルノックダウンです!試合終了!

解説のマサ斎藤さん!いやあ、凄まじい激闘でしたね?

どうやら、牛若丸選手の新しいタイプ的な能力は、相手の意識を察知する能力で、無意識の攻撃を察知することは出来ないみたいですね。

マサさん、ありがとうございました!

五条大橋には一人の少年と大男が倒れています。

ハタから見ると、普通に何かの事件現場です。

「・・・うーん。」

牛若丸が目を覚ますと、夜空に輝く満月が目に入りました。

「あいたたた。」

牛若丸は痛む頭を片手で押さえながら上半身を起こし、辺りを見回すと偽弁慶もムクッと上半身を起こしてこちらを見据えました。

「ひっ!」

牛若丸が恐怖で後ずさりすると、偽弁慶は片手を挙げ

「あいや、待たれよ!」

と、牛若丸を制し、足をさすりながら

「儂はもうあんたの攻めを受け、容易に動けん。・・・あんたの勝ちだ。」

そう言うと、牛若丸はキョトンとし

「・・・へっ?私が・・・ですか?」

恐る恐る、たずねました。

偽弁慶は橋の欄干を掴み、ヨロヨロと立ち上がりながら

「儂をあんたの家来にしてくれ!あんたを側で守らせてくれ!」

と言うと、牛若丸に手を差しのべました。

牛若丸は小さな手でその大きな手を掴み、立たせてもらうと

「家来!・・・ですか?私はしがないただの子供ですよ?・・・それを家来だなんて。」

そう困惑していると、偽弁慶は辺りをキョロキョロ見回し、人通りの無い事を確かめてから

「恐らく周りの大人からは聞かされていないだろうが、あんたはただの子供じゃ無い。・・・武家の名門、源氏の御曹司だ。」

と小声で話すと、牛若丸が驚いて

「えええええっ!!私が源氏ですってえっ!!??」

大声で叫ぶと、偽弁慶が慌てて牛若丸の口を掌で塞ぎ

「バ、バカ!大声でそんな事を!」

黙らせましたが、牛若丸の顔色がみるみる紫色に変色し、苦しそうに手足をバタバタとバタつかせました。

「・・・あ、すまんすまん。」

偽弁慶が慌てて牛若丸の口を塞いだ手を放すと、牛若丸は苦しそうに息を整えながらたずねました。

「・・・ハアハア、・・・すると、私と母上の面倒を見てくれている、清盛入道のおじ様は?」

「あやつは敵だ。我が源氏のにっくき敵だ!」

「我がって?」

口を滑らせた偽弁慶は慌てて

「・・・いや、儂はその、・・・昔から源氏ファンだったのだ。コンサートにも行ったし、幼少の頃は源氏を真似てローラースケートも履いていたのだ。」

と、のたまいました。

「・・・私の一族って、ローラースケート履いてたんですか?」

牛若丸が困惑してそうたずねると

「えーっと、・・・そう言う一派もいたんだよ。」

何とか苦しい言い訳でごまかしました。

まあ、平家に敗れてこの方、壊れそうなガラスの源氏ですけどね。

「・・・まあ、そんな事はどうでも良い。さあ、お屋敷に戻りましょう!さあっ!さあっ!」

偽弁慶が牛若丸をそう促すと、牛若丸は目を丸くして

「・・・えっ?今から・・・ですか?・・・いえ、その、母上にも弁慶さんの事をお話しして、お許しをいただきませんと。」

すると、偽弁慶はドヤ顔で

「大丈夫!あんたの母上は優しきお方故、きっと儂を受け入れてくれるじゃろうて。心配ご無用ですぞ!」

そう言い切ると、牛若丸はいぶかしげに

「ええーっ?何で私の母上の事を知ってるんですかあ?・・・やっぱり変態?」

そう怪しんでいると、

「・・・ん?いやあ、何となく、そんな気がするだけだ。・・・さあ、行こう行こう!」

偽弁慶の予想通り、常磐の方は、牛若丸の連れ帰った得体の知れないこの大男を何の疑いも無く受け入れ、偽弁慶は牛若丸の屋敷の納屋に住み込む事となりました。

こうして天下のお尋ね者であった源為朝は、牛若丸の一の家来、武蔵坊弁慶としてまた陽の目を見る事と相成ったのでした。

と、言うわけで、これより為朝=弁慶と言う事で物語を進めていきますよ。


「おおおおおおぉぉぉぉぉいっ!!!」

・・・あれ?政子さん、・・・どうかしましたか?

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