ユー・ニード・ア・ヒーロー 後編

 エンドロールが終わるのも待ちきれず、私は連れの肩を叩き、席を立った。今日は最近SNSで知り合った、MJこと三浦丈太郎くんと初めてのデートだ。
 これは最悪。最低の駄作。
こんな映画にお金を払ったのが悔しい。そして時間も無駄にしたのも悔しい。コマーシャルはあんなに面白そうだったのに。脇に目をやると、MJは若干目を潤ませ、いやー最高の映画だったね! と訳のわからぬハイテンション。こっちはかなりのローテンション。
 私はゾンビものの映画が好きだ。今までドラマも含め、新旧作を相当数観ている。このMJとも「ゾンビ好きと繋がりたい」のコミュニティで知り合った。
 でもさ、いくらなんでも伏線も脈略もなんもなく、いきなりゾンビってどうなんだろう。そしてあそこでなぜ山下はクレー射撃の銃。もう訳がわからない。その後はただのゾンビ大量虐殺。下ネタも品がない。そしてこんな映画でテンション上がっているこの男にも興ざめだ。こういうのの価値観のズレって後々尾を引くからね。この人と付き合う事は無いな。
「なんか食べて行こうよ」
とMJが言うので、私はすぐにでも家に帰りたかったが、不承不承頷いた。
「いやー、あの映画最高だったね! 俺多分もう一回観に行くよ。いやもっとかな」
 居酒屋に入りビールを頼むと、ビールが来るのも待ちきれず、MJは語り始めた。
 アホか、こいつは。今までどんな映画観てきたらあんなの面白いって言えるんだ。
「え、あ、うん、そうだね。音楽とかは意外と良かったよね」
 そうそう、それとさー、とMJはさらに語り続ける。私の顔に浮かんだ不機嫌の文字が読めないんだろうか。なんて幸せなやつ。
 話題を変えようとあれこれ違う話を振るが、結局あの映画の話に戻る。
 適当に話を合わせながらも、露骨にあくびをしたり、時計を見たりするが全く意に介さない。
 こいつはダメな奴だ。今日でサヨナラしよう。
「そろそろ出よっか」と私はきり出した。
「あ、うん、そうだね」MJは店員に会計を頼むと、割り勘の計算を始めた。
 おい、自分から誘っておいて割り勘か。はい、終了です。シャットダウンです。はい、これ半分ね。私は割り勘のお金を払い、店を出た。
 店の外は夜風が心地良い。
 私が駅に向かって歩き出すと、何を思ったかMJは私の手を握り、ホテル街へと向かおうとする。うわー、なんか目つきがおかしい。やめろや、お前とはないわ。
「ごめんね、今日は女の子の日なの。もう帰る。会社に提出する資料も作ったりしなきゃだし」
 そう言って手を振りほどこうとすると、MJの顔色がみるみる変わった。肌はグレーになり、白目をむいたかと思うと、大きな口を開け噛みつこうとしてきた。
「キャー!」私はハンドバッグを思いっきり振りかぶり、ってか、お前がゾンビかよっ! の「よっ」のタイミングでMJの顔面に叩きつけた。スパン。するとMJはその場に昏倒し、そのまま動かなくなった。
 あら、意外と弱いのね。私はヒールでMJの眉間を踏みつけると、グジャッと嫌な音がし、ヒールは眉間にめり込んだ。
 うわ、フェラガモのお気に入りだったのに! もう履けないじゃん!
 MJの脇腹に蹴りを入れ、私は再び歩き出した。
 最悪。明日新しい靴を買いに行こう。


  了

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