ユー・ニード・ア・ヒーロー 前編

 山下は今日、ラグビーワールドカップの応援スタンドに座っている。
 以前顧問していた高校のラグビー部から数名の選手が日本代表に選ばれたからである。
 あの学校は本当に最初は酷かったなと、山下は赴任当時の記憶を振り返る。

「こら、貴様ら! 何さぼってるんだ!」
 赴任初日。山下は川島高校ラグビー部の部室のドアを開け怒鳴ると、数名の部員から一斉に睨みつけられた。山下は手前にいた部員の口から煙草を取り上げもみ消した。
「は? なんだよおっさん。あんた誰だよ」
「私か? 私は新しい顧問の山下だ」
「は? 嘘つけ。そんな話聞いてないぞ」
「そんなはずはない。知らないのはお前たちが人の話を聞かんからだろ。とにかく今すぐジャージに着替えてグラウンドに集合しろ」
「あんた頭おかしいのかよ? 練習なんかしねーよ。どうせ勝てねーし。つかおっさんにラグビーなんか教えられるのかよ」
「私はこう見えても元日本代表だ。ほらほら早く準備しろ」
 更衣室の中で物音が聞こえたのでドアを開けると、裸で抱き合う男女がいた。
「バカもん! こんなところでファックするんじゃない!」
 きゃっ、と小さい悲鳴をあげ、女子高生は誰かの薄汚れたTシャツで体を隠す。
「おい、おっさんなんなんだよ」
 男の方は屹立した畜生を隠そうともせず、山下の肩をついた。
「私はこのラグビー部の新しい顧問だ。お前はワンフォーオール、オールフォーワンという格言を知らんのか。私にもやらせなさい」
 ズボンに手をかけ、山下の畜生が顔を覗かせたところ、ふざけるなっ! の「なっ」のタイミングで、スリッパで頭をはたかれた。スパン
「冗談だ。えっと君は松村だな。早くジャージに着替えてグラウンドに集合しろ」
 そんなこんなで最初は全くやる気のなかった選手達を何年もかけて育てた。上級生が卒業しては次の学年、と入れ替わる毎に着実に実力をつけ、ここ数年は決勝の常連校にまで上り詰めたのである。
 そこへきて件の卒業生、松村が今回のスタメンに選ばれたのは快挙と言えよう。
 今日初戦の相手は、北の某国である。
 世界での順位は日本より低いが、情報が全く無いため、作戦を練ることが出来ないと監督がぼやいていた。
 髪型をしくじったロバート秋山似の総監督の映像がモニターに映し出された。
 選手入場が始まり、観客のテンションは最高潮。日本開催とあって北の某国へのブーイングは激しさを増した。
 ん? なんか北の選手の顔色おかしくないか? 山下は双眼鏡で見ながら訝った。
 試合開始のホイッスルが鳴った。日本の先行で試合が始まる。
 すると、北の選手の一人が先頭の選手に突進してきたかと思った瞬間、日本代表選手のヘッドギアをはぎ取り、頭部に噛みついたのである。日本の選手は頭から血を吹き出しその場に崩れ落ちた。北の選手は尚も頭部にかぶりつく。
 コートの全体を見回すと、あちこちで日本の選手が北の選手に脳みそを食べられている。
 ゾ、ゾンビか!
 逃げ惑う選手。追うゾンビ。倒れた選手もゾンビ化して辺りは騒然となった。
 山下はバッグに隠したクレー射撃用の銃を取り出し、グラウンドへ降り立った。


後編へ続く

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