見出し画像

踊ってばかりの国に、僕らはいない

どうやったら仕事しないでのんべんだらりと好きなことして生きていけるのかな、とかそろそろ蘇州のマンションに隠遁しようかな、とか考えてぼやぼやしていたらいつのまにやら日が暮れて、尻拭い的に仕事してたら、初めて外出したのが25:00だったな、というとても素敵な日曜日の深夜、以前、とあるイベントで知り合った方がnoteに「誰も見ていないみたいに、踊って。」と題してとても素敵な言葉を綴っていた。

最近、心から踊ったことってある?

僕にとっての崇拝対象であり、偶像崇拝の対象がやってて、お目にかかるとドキドキしてまともに話しかけられない人(笑)がやってるNui. HOSTEL & BAR LOUNGEは知ってるよね、蔵前の。そこが、”HIGH FIVE”と銘打って5周年記念のイベントをやった。Nui.の関係者がNui.のあの空間でDJをやるってことで、顔を出しました。1日に3回も。

すんごいお客さん入ってたんだけど、みんななかなか踊らない。

僕は彼がDJ回すってことで、嬉しかったし、彼がヒップな曲かける「眼」をしていて、雰囲気が出てたから、ブースの前までいって身体を揺らしてた。

そしたら、やっぱりいい曲どんどんかけてくれて、もちろん知らない曲もあったけど、いい曲で、どんどん楽しくなっていく。

いつの間にか、すぐ横で黒いドレス(?)の女性が素敵に踊っていた。そして、小さな男の子が激しく踊っていた。ブレイクダウンスとまではいかないけど、ハウスダウンス的な、分かりにくいな(笑)、でも、やんちゃな踊り方で。

彼がかける曲はどんどんアガっていき、フロアは熱くなり、気づけばブースの前は人だかりになって、僕らの自由で、気ままな踊りを笑顔で見ていた、ようだった。そして、その男の子は皆を煽り、僕を煽り、僕らの輪の中に聴衆から一人ずつ引き込んでいった。 僕はそれを見て、ああ、こいつが勝ったなと。

さて、ついこの間、NHKの番組で、ラップのライムバトルみたいな番組を地方でやっていた。その地方に関連のある人がその地方についての想いを詩にして、みんなの前で謳っていた。

異様な光景を見た。

聴衆?観衆か…そのほぼ全てが、手を前後に振る動作を、一糸乱れぬかたちで続けていた。もちろんね、手を振ってもいいんだよ、でも一糸乱れぬって、ロボットかよ。人に指示された訳でもないだろうし、それをやらなければ罰を受ける訳でもないだろう。

でも、それがこの国では普通なんだろうな…。
こういう光景を見て、小さい頃から斜に構えることが多かった。
そう、気持ち悪いから。

中学校のマラソン大会だったかな、運動会だったかな。なんで皆が決まった格好で、同じ距離を、きまった時間に、きまったコースを走らなければいけないんだろう?って思って、仲良かった友達の家でファミコンやってたら、後から見つかって担任の先生にこっぴどく叱られた。そして彼女は怒りながら泣いていた。

僕は、彼女の涙を見て、かわいそうだなとは思ったけど、自分がなぜ怒られているのかは分からなかった。ましてや、その他大勢が先生の言うことをおとなしく聞いて従っているのが本当に不思議だった。冬の薄暗い空の下、早くファミコンやりに帰りたいなと思っていた。なにしろ、”ドルアーガの塔”の途中だったからね。

自分のリズムに素直になって、そのリズムを身体で増幅してあげて、素敵な音楽を奏でてあげれば良いんじゃないの?

Nui.で狂おしく、そしてあの中で誰よりも楽しんで踊っていたその男の子。それは圧倒的な純粋さや単純さの象徴であって、不協和音のリスクを背負いつつ、圧倒的にこの世の中と共振することを意図せずに探索して、快楽のアンテナに身を任せて、狂おしく、愉しむ…僕らが本来持っている、でも、特に日本人が後ろ手でそっと閉めてしまった、そのものなんだろうなって。牢獄でミニマルなダンスでも、ってそれはそれでかっこいいのかもね。

最近、踊りましたか?
誰も気にせずに。

誰も気にせずに、誰かと踊りましたか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?