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長編小説「Crisis Flower 夏美」 第13話

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SCENE 34 神奈川県警女子寮近辺 

 空を見上げながら、鷹西は夏美を受け止めていた。
 柔らかな彼女の体を感じ、胸の高鳴りを抑えるので必死だ。
 彼女が無茶なくらい頑張っていた理由が、今、わかった。それがまた、強く鷹西の胸をうつ。
 こんなに華奢な身体で凶悪犯に立ちむかってきた夏美。
 可愛さの無駄遣い、じゃじゃ馬、はねっ返りなどいろいろと言われ、ピンチにもさらされて――それでも前に向かっていたのは、そんな気持ちがあったからなのか……。
 可憐な花と呼ばれても、父親の素晴らしさを称えられても、嬉しいだけではなく、むしろ夏美にとっては重荷になっていたのだ。
 本当に、頑張りすぎだ。もういい……。
 心からそう思う。
 泣き続けていた夏美が、落ち着いたのか深く息を吸い込み、鷹西と同じように空を見上げた。
 何か言おうとしてるが、言葉にできないらしい。
 鷹西はフッと笑う。そして、左肩を掴んでいた手を放し、彼女の頭をポンポンと叩いた。
 「お疲れ様。明日からまた、よろしくな」
 あえて気軽なふうにそう言った。
 「鷹西さん……」囁くようにしながら、振り返る夏美。「ごめんなさい。私……」
 「謝るな」鷹西が手を上げる。「いつもの、自然な夏美が一番いいって言ったろう?」
 「え……?」
 「明日からまた、普通にな。いつもの生意気でガンガンくる夏美じゃないと、張り合いないから」
 鷹西が笑いながら言うと、彼女も少しずつ顔をほころばせていく。そして、何度も頷いていた。



 「ありがとうございます。鷹西さん、本当は優しかったんですね」
 「本当は……っていう言い方はちょっと失礼だぞ」
 眉間にしわを寄せて睨むようにすると、夏美がフッと笑う。
 「普通に、だぞ。おまえは今のままが一番いい」
 「はい。努力します」
 「努力はいいって。自然に、だ。自然なままでいい……」
 そう言いながら、彼女の顔をのぞき込む。大きな瞳がこちらを見つめていた。鷹西は、その瞳にすい込まれそうな感覚になる。
 夏美が「あっ……」と声を漏らした。瞳がまた潤んでいる。
 しばし見つめ合った。
 夏美……。
 躊躇いながらも彼女の魅力的な瞳に近づいていく。
 夏美がゆっくりと目を閉じる。心なしか、顔を微かに上げた。
 胸が高鳴る。彼女の艶やかな唇がすぐそこにある。
 夏美の柔らかな頬に手を添える。鷹西も目を閉じ、そして、唇を重ねあわせ……
   …… …… …… …… …… …… …… ……
   …… …… …… …… …… …… …… ……
 ……ようとしたその時、グウォンとエンジン音が聞こえてきた。2人は慌てて目を開け、離れる。
 バイクが2台、ゆっくりと近づいて来た。
 くそう……。
 心の奥で舌打ちする鷹西。
 もう少しだったのに……。


 

SCENE 34 神奈川県警女子寮近辺②

 な、なに? なに? なに……?
 私、今、何をしようとしていたの?
 夏美の胸は、いまだかつてないほどドキドキと高鳴っていた。
 あたふたとしていると、バイクがすぐ側で停まった。
 誰――?
 夏美と鷹西が顔を見合わせる。そして、なぜか慌てて目をそらす。行き場のない視線が空や近くの建物、そしてバイクなどを彷徨う。
 「夏美じゃない?」
 「鷹西、何やってんだ?」
 バイクから降りた男女が声をかけてきた。メットを取ると、女性の方は夏美にとって見慣れた顔、絵里だ。そして男性は、確か……。
 「城木? おまえこそ何やってんだ?」
 鷹西が問いかける。そう、鷹西の知り合いで、港西署刑事課の城木だった。
 「え? 俺は、まあ……」
 城木が言葉を濁しながら頭をかいた。
 「絵里さん、城木さんとご一緒だったんですか?」
 意外そうな顔をしながら、夏美も絵里に訊く。
 「アハハ、まあね。ちょっと2人でツーリング。非番が都合良く一緒だったんで」
 照れくさそうに笑う絵里。
 「そういえば、城木の趣味はバイクだったな。それにしても、おまえら、いつの間にそんな仲に……」
 「この間が初対面でしたよね?」
 夏美も鷹西も唖然とした顔で2人を見る。
 「なによ? 一緒にツーリングに行ったくらいで。バイク好き兼同じ神奈川県警の警察官として、ちょっと親睦を深めただけよ」
 絵里がフフ、っと笑う。
 「そうそう。まあ、俺としては、今後も機会があればご一緒に、ってお願いしたいですけどね。どうぞご検討を」
 城木がわざとらしく英国紳士のマネをして頭を下げる。
 「そうね。楽しかったから、前向きに考えておきます」
 絵里は大きく敬礼しながら応えていた。
 ポカンとし、呆れ顔で眺める夏美と鷹西。



 「あれ?」絵里が視線を向けてくる。「あなたたち2人はなんで一緒にいるの?」
 「いや、あの、普通の帰宅です。送ってもらいました」
 努めて冷静に話す夏美。
 だが、絵里と城木は視線を交わし、そして慌て出す。
 「そ、そうか。ごめん。俺たち、とんだ邪魔者だったか?」
 城木がメットをかぶり直す。
 「おい、勘違いするな。仕事が終わるのが一緒だっただけだ」
 鷹西が言うが、城木は聞いていない。
 「ごめんね、夏美。私ともあろう者が、可愛い妹分の恋路を邪魔するなんて……」
 絵里もメットをかぶり、またバイクのエンジンを吹かす。
 「違いますって、絵里さん。勘違いしないでください」
 両手を振って否定する夏美。だがやはり、絵里は聞く耳を持たない。
 「私たち、もう少しそこらをまわってくるから。だから、どうぞごゆっくり。鷹西さん、夏美をよろしくね」
 そう言うと、2人してまたバイクで消えていく。
 「ちょっと、絵里さん、待ってください」
 夏美の声は虚しく闇に溶けた。
 「なんてヤツらだ……」
 ふう、と溜息をつく鷹西。
 夏美も息をつき、そして改めて鷹西を見た。
 「ごめんなさい。誤解されちゃったみたい……」
 「誤解、か……」
 どこか残念そうな鷹西が、小声でつぶやく。
 「え?」
 「いや、何でもない。とりあえず、また明日」
 「はい。ありがとうございました」
 ペコリ、と頭を下げる夏美。
 手を上げ、鷹西は去って行く。
 彼の背中が闇に紛れ、消えるまで、夏美は見送った。そして、最後にもう一度深々と頭を下げ帰路につく。
 歩きながら、ふと自分の唇に触れた。そして、彼が手を添えてくれた頬にも……。
 そうすると、また胸が大きく高鳴ってしまう。
 さっき、もしあの2人が来なかったら、私、鷹西さんと……。
 うわっ?! ちょっと、なんで? なんで……。
 顔が赤らみ、だめだめ、と首を振る。しかし、残念な気持ちにもなり戸惑う。そんなわかりづらい自分の思いを振り払うように、空を見上げた。
 星が輝いて見え、思わず笑顔になっていた。

 

SCENE 35 科学捜査研究所 三ツ谷 長瀬

 深夜。もうすぐ夜も明けてこようかという頃に、三ツ谷はようやくデータの解析に成功した。
 そして、その内容に驚愕する。
 こんなに大がかりだったとは……。
 瀬尾がこの3年間、必死になって掴んできた事実。それは、あまりにも重い。
 通常の警察の捜査では、とうていこの事実を処理しきれない。どこまでを日本の司法機関で担うか、調整が必要だろう。それも、極秘で強引な調整が……。
 瀬尾は3年前の爆破事件が不透明なままで蓋をされたことに怒り、1人で調べを続けた。その際、命を狙われたことも何度もあるという。
 そして、森田重雄というジャーナリストがそれまで取材していたことが、大きく関わっていると突き止めた。
 ジェロン社――アメリカの軍事企業だ。そこが、世界各国で武器、兵器の実験を行っている。自らであったり、国によっては内部の犯罪集団やテロ組織を利用して。
 日本でも行われていた。その暗躍が事件化したり問題になるのを抑えていたのが、与党民事党内にいる大物政治家とその一派だ。そして、その政治家に連なる財界人や官僚達。特に、先日殺害された山下をはじめとする、警察官僚達。
 森田は徹底的な取材により、ある程度調べあげた。だから、殺された。ジェロン社と内通していた政治家や官僚達の勢力、そしてその実働部隊となる極東エージェンシーによって……。
 彼らは、喫茶店の爆発という大がかりな仕掛けをすることで、森田のみがターゲットにされた殺人というかたちではなく、事故として処理することに成功した。
 市井の人々の命を蔑ろにする、非道行為だ。
 これを許すわけにはいかない。だが、相手は日本の中枢にいる権力者というだけではない。なんと、ジェロン社の軍事技術の極秘で非道な実験を、アメリカ政府の一部が後押ししているというのだ。つまり、後にはアメリカ合衆国さえも控えている。
 正攻法では手も足も出ないと考えた瀬尾は、驚くべき行動に出た。
 アメリカに渡り、ジェロン社に自分を売り込んだのだ。



 ジェロン社には、公にしていない特殊部隊がある。
 自社で開発、制作した武器類を試すために各国で当地の現勢力と結びつき、反政府的人物、グループ等を攻撃することもある。
 逆に、反政府的グループや反社会的な集団と契約しテロや犯罪の加勢をすることもある。
 あるいは、ジェロン社の暗躍そのものに敵対しようとする者達を抹殺するためにも動いている。
 その特殊部隊はΣ――シグマ――と呼ばれるそうだが、瀬尾はそこに所属したいと申し出た。
 日本の警察組織で機動隊の最前線にいたこと、何よりSATという特殊部隊に所属したことさえある経歴を持つ彼は、ジェロン社としても大歓迎だった。
 最初の一年はΣ内の訓練に参加し、その実力を見せつけた。
 Σとしては、瀬尾がどの程度本気なのか、あるいは潜入捜査の類いではないのか探る意味もあっただろう。様子を見ていたそうだ。
 だが、従順に見せかける演技の甲斐もあり信用を得た。瀬尾の高い能力も認められ、Σに正式に加入できたという。
 そこで瀬尾は、Σの訓練担当となり、教官としてΣの新人達を鍛える任につきながら、次第にその中枢へと接近していく。
 Σのデータ管理は徹底していて、内部の者であっても近づくことは難しかったが、瀬尾は粘り強く探り続け、ついに、日本の政界、官界、財界との黒いつながりを示す証拠を掴んだ。そして、3年前の爆破についても、日本の極東エージェンシーが主導したが、その技術指導をしているのがジェロン社である事も判明した。
 それら証拠となるデータを瀬尾は手に入れ、更に、ジェロン社の開発している武器・兵器類の中から、最新となる光学迷彩マントと軍事用に改良したウイングスーツ(腕と脚を広げるとまるでムササビのような形になる滑空用スーツ。しかもジェロン社の物はこれも光学迷彩により透明化できた)を奪い、復讐のために日本に舞い戻ったのだ。



 何という行動力だろう……。
 三ツ谷は溜息をついた。その奥底にあるのは、愛する妻を理不尽なかたちで奪われた怒りと悲しみだ。
 残るターゲットは2人。完遂させてやりたいという気持ちもある。だが、三ツ谷はそれを振り払う。やはり、止めなければ……。
 ジェロン社のΣの一部隊も日本に侵入している。裏切られたと言うより元々騙されていたことが判明し、組織全体が怒り狂っている。何としても瀬尾を始末するつもりだ。
 どうするか……? 
 三ツ谷は思案する。やはり、とてつもない手を使うしかないのか?
 ノックの音がした。3回叩いて、間を置いて2回。あらかじめ決めておいた、長瀬のリズムだ。
 「どう? 何をやっているのか知らないけど、めどは立ったかい?」
 コーヒーを持ってきてくれた。三ツ谷が好きなダークチョコレートも一緒だ。
 「ありがとう」
 三ツ谷は立ち上がる。大きく伸びをして体をほぐした。
 「めどは立ったよ。でも、ちょっとやばいことをやらなきゃいけないかも知れない」
 「え?」怪訝な表情になる長瀬。「今でも充分やばいんじゃないの?」
 「規模が違う」
 コーヒーを飲みながら応える三ツ谷。
 「何をするつもり?」
 「詳しくは知らない方がいいよ。まあ、大雑把に言うと……」
 ダークチョコレートを一つとって口に入れた。適度な甘さと苦みが、脳に心地よい。
 長瀬が相変わらず視線を向け続けている。三ツ谷は大きく息を吐き、一言応える。
 「アメリカ合衆国政府に、ちょっとだけ混乱を起こしてもらいたい」
 「なっ!」驚愕する長瀬。「何だって?」
 もう一口コーヒーを飲み頭を引き締めると、三ツ谷の目は真剣そのものに戻っていた。


 

SCENE 36 山手警察署 特別捜査本部

 朝方、かたちばかりの捜査会議は終わった。相変わらず、霜鳥は明後日あさっての方を向いたような方針を打ち出し、側近達はそれに従っている。3年前の爆破のことなど、欠片も出てこない。透明人間騒動にも微塵も触れない。
 このまま迷宮入りさせようとしているのだろうか? それとも、何か都合の良い終わらせ方を画策しているのか?
 会議が終わり、あらかたの捜査員達が出払ったあと、夏美と鷹西、そして徳田と立木だけが残った。
 夏美は鷹西と今朝最初に会った時、対応の仕方に少し戸惑った。彼も同様のようで、お互いに「おっ」という顔になったまま一瞬止まってしまった。
 昨日の夜、あの時、もしかしたら、キ……うわぁぁ、だめだめ――と慌てて首を振り、近くの刑事達に怪訝な顔をされたのが捜査会議の直前だった。
 今は刑事として事件解決に全力を注ぐ時だ。余計なことを考えている暇はない。
 余計なこと、か……。
 ちょっとだけ心残りがありながらも、夏美は目の前のテーブルに意識を戻す。
 そこには、立木が仕入れてきた資料がいくつか並べられている。
 「殺害された山下警視長は、政界進出を狙っていたフシがあります」
 立木が控えめな声で説明をし始めた。どこに誰の耳があるかわからないから、慎重だ。
 「ということは、政治家達とのつき合いは頻繁で幅広かったわけですね」
 溜息混じりに言う徳田。
 「そうですね」立木が続ける。「与党民事党が主ですが、大物の野党幹部達ともつき合いはあります。山下警視長のつながりを調べるとなると、かなり多岐にわたりますね」
 「イニシャルK、Oに絞ったら、いかがでしょう?」
 逸る気持ちを抑え、夏美は訊く。
 「ああ、俺もそう思って、そこにリストをあげてある。けっこういるんだよなぁ。一番の権力者は奥田浩三だが、他にも大森和義やら、太田喜一、岡村慶子、音無久蔵……まだいる」
 「政治家が多すぎるんだよなぁ」ぼやくように言う鷹西。「極東エージェンシーとのつながりから、絞れませんかね?」
 「時間をかければできるかも知れないが、すぐには無理だな」
 肩を竦める立木。



 「下の方のつながりは?」
 徳田が訊く。
 「大物ですからねぇ、全国の警察組織に影響力を及ぼしていましたよ。神奈川県警内にもその派閥は広がっています。霜鳥管理官も含まれていますね。山下氏が殺害されたとなっても、彼をバックアップしていたその派閥はまだ生きていますから、霜鳥管理官も強気でいられるのでしょう」
 想像していたことだ。やはり、と頷きあう鷹西と徳田。
 夏美は、昨日自分がされたことを思い出し、胸が重苦しくなった。
 「……で、ですね。更にイヤな話なんですが」
 顔を顰めながら続ける立木。
 「もうイヤな話にも免疫ができてきましたが、それを破壊するくらいですか?」
 溜息混じりに訊く徳田。 
 「多分……」苦笑する立木。「3年前の爆破についてですが、担当したのは木村管理官になっていますが、それは事故として扱うことがはっきりしてからのことで、実は、その前までは霜鳥管理官が担当していました。穿った見方をすれば、自分が関わったことを隠すために、木村管理官に担当を引き渡したとも思える」
 「野郎……。あの禿頭をかち割ってやりたいな」
 徳田が苦々しい表情で言う。珍しく鷹西が、まあまあ、と宥めていた。
 夏美は背筋が寒くなった。昨日の出来事を言ったら、徳田はすぐにもその言葉を実行に移すだろう。
 とはいえ、夏美も怒りを覚えた。自分がされたこと以上に、県警刑事部の主要ポストとも言える地位にありながら、あの爆破を有耶無耶にしてしまうなど許されることではない。
 「それから、例のジェロン社についてだが……」
 鷹西に向かって言いながら、立木の表情が更に曇った。何か不穏なものがあるのだろう。鷹西も表情を険しくする。
 「実は、公安や内調もジェロン社の動きについては目をつけているらしい。だが、手は出せないようなんだ」
 「なぜですか?」
 鷹西が更に鋭い目つきになって訊いた。
 「ジェロン社はアメリカの軍事企業だが、ペンタゴン――米国国防総省――と強いつながりを持っている。つまり、ジェロン社に手を出すのは、アメリカ合衆国に喧嘩を売ることにもなりかねない」 
 立木の話に息を呑む夏美。さすがに徳田も表情を硬直させていた。
 「くっ」と悔しそうに声を漏らす鷹西。



 「そもそも、ジェロン社っていうのは何を裏でやっているんだ? 森田というジャーナリストは何を調べていた?」
 徳田の質問を受け、夏美は鷹西を見る。彼は頷くと、昨夜持っていた資料をテーブルに載せた。   
 「これは、森田氏が取材していたものの一部です。読み込んで見えてきたのは、ジェロン社が世界各国で行っている非道な実験についてと、日本での暗躍についてです」
 説明を始める鷹西。
 夏美にとっても初耳で、驚くべき内容だった。
 Σ――シグマ――という特殊部隊の存在。その暗躍。
 各国の状況に合わせ、政府側、反政府側、犯罪組織、テログループ、どんな立場の相手であっても有益であると見れば武器や兵器を流す。そして、自社の武器類の実験データとする。
 発展途上国や紛争地域では、Σが直々に乗り込んで、自社製品、つまり武器類の性能を確認するために、殺戮行為さえ行う。
 日本にも、ジェロン社およびΣの魔の手は忍び込んでいた。
 森田氏の資料には、過去の日本の事件の中で、ジェロン社が武器性能確認のために協力した事案や、Σが実際に行動を起こした事案さえあると示唆されていた。
 そして、それらに司法の手が及ばないように画策した、日本の政治家や官僚達がいるという。
 「極東エージェンシーの裏組織は、ジェロン社からの武器類を使用していたと見られています。しかも、その訓練は、Σが直々に行ったとも。そうやって、日本の裏社会で暗躍していた……」
 鷹西が説明しながら、どんどん表情を怒りに染めていく。
 「森田というジャーナリストは、その確証を掴んでいたんだな?」
 「かなり真実に近づいていたと思われます。ただ、その証拠類が、データとして残っていません。それに、日本のジェロン社への協力者で有力な者達は、イニシャルでしか残っていない」
 残念そうに言う鷹西。
 「その資料に基づいて更に調査を進めていけば、いずれは真実をつかめたかも知れないな。そして、ジャーナリストとして発表の場を設ける――そういう戦い方も、あったかも知れない。だがそれは、叶わなかった」
 徳田の言葉が重くのしかかってくる。
 「瀬尾さんは、この3年の間に、森田氏が狙われてあの爆発が引き起こされたと突き止めた。そして、その黒幕も。ある意味、森田氏の取材を引き継いで完遂させたものと思われます。瀬尾さんを抑えることができれば、全ての真相が判明する」
 夏美はすがるような思いで言った。今は、瀬尾を止め、彼の復讐を別の形にして昇華させるのが最善の策だ。



 「そうだな。本牧の殺人事件を解決するという名目で、瀬尾を抑える。そして証言を引き出す。今あの爆破の真相を明らかにするには、それしかない」
 徳田が大きく頷く。だが、すぐに表情を曇らせた。
 「どうしました、班長?」
 夏美は不安を覚えながら訪ねる。
 「ジェロン社のバックにいるアメリカ合衆国、それが、どの程度こっちの行政や司法に影響を及ぼすか、想像もできない。もしかしたら、何もかもうやむやにせざるを得ない状況に、追い込まれる恐れもある」
 「そんな……」
 胸が痛む夏美。政治や世界情勢が複雑に絡み合い、単なる地方警察が手を出せない状況になることがあるのは、頭の中では理解していた。しかし、それが現実に目の前に来ることを思うと、やるせない気持ちが大きく膨らんでくる。
 許せない。許せない……。
 つい、表情が暗くなってしまう。そんな夏美を見て、鷹西が肩に手を添えてくれた。
 「とにかく今は、俺たちにできることをしよう」
 「そう、ですね……」
 頷く夏美。
 2人のやりとりを見て、徳田が「ほう」という表情になった。隣で立木も微笑んでいる。
 「やっぱり、いいコンビになってきたな」
 立木がしみじみ言ったので、夏美は「え、いえ、そんな……」と顔を赤らめてしまった。
 隣では、鷹西が慌てた様子で手を引っ込め、あらぬ方を向いている。
 「よし。やれるところまでやるぞ。おやじさんはもう少し政界やジェロン社の情報を探ってみてください。おまえ達は極東エージェンシーを探れ。それと、瀬尾や三ツ谷の線もたぐっていくんだ。どちらかでも見つけ出すことができれば、大きく進展する可能性もある。そうなったら、うちの班全体で事に当たる」
 徳田の声にそれぞれが頷き、動き出した。


急展開の第14話へ続く↓


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