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長編小説「Crisis Flower 夏美」 第15話

↓初見の方、第1話はこちらです。
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※週1~3話更新 全18話の予定です。 


SCENE 41 神奈川県警 刑事部

 夏美は刑事部に足を踏み入れると、遠くに徳田と立木の姿を見つけて身を低くした。あの2人が一旦ここに戻っているのは予想外だった。
 まだ、三ツ谷さんと合流したことは言わない方がいいな……。
 そう思い、目立たないように最も廊下側に移動し、隠れる。
 早苗と待ち合わせることにしていた。どこに監視の目があるかわからない。何事も密かにやる方が良い。
 「夏美?」
 小さな声がかかった。早苗だ。彼女も心得ているようで、離れた場所から目で合図をしている。
 夏美は廊下に出て、窓の外を眺めるようにしながら早苗の隣に立つ。 
 「徳田班って、本当にやばいことに首を突っ込むんだね。民事党の奥田議員のスケジュールを知りたいって、いったい何をやってるのよ?」
 「今は、徳田班っていうより、私と鷹西さん、それから三ツ谷さんだけの段階なんですけど……」
 「え? 三ツ谷さん、見つかったの?」
 「ていうか、自分からやってきたんですけどね」
 苦笑する夏美。そして、ここまでの経緯を説明する。もはや、彼女にもいろいろ知ってもらった方がいいと思った。その上で協力してもらうべきだ。
 聞きながら、早苗は驚き目を見開いていく。
 「まったく。かなりやばいことになってるじゃん。どうするつもり?」
 「何とか奥田議員を襲撃する前に抑えて、証言を得ることができれば……」
 「だけど、そこから先は? 相手は民事党の重鎮だし、そのバックにはアメリカ合衆国様々だよ」
 「それは、これから考えます。何とか真実を明らかにしたいんです」
 真剣な目で見つめる夏美。
 ふう、と息を吐く早苗。
 「まあ、三ツ谷さんと鷹西さんのコンビプラス夏美なら、何とかしちゃうかもね。応援するしかないか」
 「ありがとうございます、早苗さん」
 ペコリ、と頭を下げる。
 「絶対に無事で終えるんだよ」
 そう言って、早苗は歩き出す。背中を向けながら手を振ってきたので、夏美はもう一度頭を下げた。
 刑事部の方へ行く。徳田達に見つからないよう端を進み、資料室へ戻ろうとした。
 すると、目の前に大きな体が立ちふさがる。
 霜鳥だ――。
 


 あっ……! 
 息を呑み、慌てて背を向け逃げようとする。
 しかし、そちらには辰本がいて、やはり立ちふさがった。
 ああ……。
 昨日のことを思い出し、思わず体が竦んでしまう。後じさり、壁に追い詰められるようになった。
 ど、どうしよう……?
 オロオロとする夏美。2人を見上げる瞳も泳ぐように揺れている。
 「まだコソコソと何かやっているようだな。お仕置きが足りなかったらしい。ちょっと来たまえ」
 霜鳥が言う。横にいた辰本が夏美に迫る。
 「い、いやです」
 夏美が首を振る。
 「ここで騒ぎを起こしてもいいのかな?」
 嫌らしく笑う霜鳥。
 彼等の向こうには、刑事部の喧噪。奥には徳田と立木もいる。ここで何かあれば、大騒ぎになる。おとなしく従うしかないのか?
 だが……。
 今は一刻を争う状況だ。奥田のスケジュールを掴み、瀬尾の動きを止める。こんなところでモタモタしている場合ではない。
 「もう、つまらないことをしないように、よく教えてやる」
 その霜鳥の言葉に、夏美は胸の奥の怒りを呼び起こされた。
 「つまらないことって、何ですか?」
 「過去の出来事をほじくり返しているだろう。そのために、こちらも無駄な労力を使わなければならない。いい加減にしろよ」
 霜鳥の表情にも怒気が込められていた。しかし、夏美の怒りの強さはそれを遙かに超えている。もう、堪えきれなくなっていた。
 「爆破により善良な人が多く命を失いました。その裏に何があったのかを暴くのが、つまらないことですか? 力のある人におもねって真実を隠蔽するのが警察官のやることなんですか?」
 「ぐっ!」息を呑む霜鳥。「生意気を言うな、小娘。つまらん正義感を振りかざして、社会が変わるとでも思うか? もう少し世の中のことを勉強しろ。まあ、もっとも、正義感にしがみついて命を落とすことになった父親の血をひいているんだから、仕方ないか」
 最後は鼻で嗤うかのように言い放った。



 もうダメだ。
 夏美の中で、プツンと何かが切れた。キッと霜鳥を睨みつける。
 一歩前に出る。そして……。
 「管理官」
 「何だ?」
 夏美の豹変に一瞬たじろぐ霜鳥。
 「あなたはそれでも警察官ですかっ!」
 そう言い放ち、小柄な夏美は飛び上がり霜鳥の頬を張った。
 バチーン、と大きな音が響く。
 張られた霜鳥は、意表を突かれたからか、よろけて腰砕けのように尻餅をつく。その姿を見た刑事部の者達が驚きの声をあげていた。
 「きさまっ!」
 怒鳴り声をあげ、辰本が掴みかかってくる。
 もとより想定していた。夏美はむしろ自分から辰本の方へ一歩踏み込み、右手の指先をそろえて彼の喉元に素早く突き刺した。貫手という空手や古武道の技だ。
 グエッという声をあげる辰本。その手を取り、夏美は回りながら彼の懐を抜けていくようにした。「えいっ」と素早く足を払って投げをうつ。
 辰本の体が宙を舞う。そしてフロアに背中から落ち、激しく咽せながら転がっていく。しばらく体に力が入らないだろう。
 「昨日のお返しです」
 そう言って辰本を一瞥すると、その目を霜鳥に向けた。
 驚愕の顔で夏美を見る霜鳥。
 「貴様、こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」
 慌てて立ち上がり怒鳴る。
 「ただで済まなくても構いません。私は、私の正義感に従って行動します。あなたのことも糾弾します。警察組織がどういう判断を下すかわかりませんが、それでも私は最後まで絶対諦めません」 
 「月岡ぁっ!」
 まるで猛獣の雄叫びのような声が聞こえてきた。見ると、徳田がこちらに駆け寄ってくる。
 班長……?!
 目を見張る夏美。
 「月岡、何ということを!」
 怒鳴り、霜鳥の横に立つ徳田。
 「班長。すみません。私は……」
 「黙れっ!」
 言うが早いか、徳田は隣の霜鳥に向き直り、なんと拳をその鼻に叩きつけた。
 グギャァッ、と妙な叫び声をあげて、霜鳥は倒れる。
 「は、班長。何てことをっ!」
 夏美は目を見張り、息を呑んだ。あまりの出来事に、言葉が続かない。
 「何があったのか知らんが、部下の怒りは俺の怒りだ」
 徳田が言い放つと、刑事部内がシーンと静まりかえった。



 「俺はな、認めた者しか班に入れていない。俺の班にいるのは、みんな、俺が最も信頼している連中だ。そいつが怒りを覚えたなら、俺はそれを信じる。全ての責任は俺が引き受ける」
 徳田はそう言って刑事部内を見渡した。誰も声が出ないが、胸に何かを打ち込まれたような表情になっている。
 夏美は体がふるえ、思わず泣きそうになってしまった。
 「お、おまえ達……」呻き声をあげ、鼻血を垂らしながら、霜鳥が立ち上がる。「よくもやったな。だがな、思うつぼだ」
 詰め寄ろうとする徳田を、慌てて夏美が止める。立木もやってきて徳田の腕を掴んだ。
 「徳田班解散だ。もう終わりだ、おまえ達は。貴様も貴様もクビっ!」徳田と夏美を指さす霜鳥。「他の連中は皆左遷だ」
 「上等だ、やってみろ」
 睨みつける徳田。
 「霜鳥管理官」冷静に言葉をかける立木。「私の古くからの知り合いが、監察官室にいます。あなたの職務態度に疑問があると常々言っていました。これを機に、じっくり調べてもらいますか?」
 「か、監察官室だと?」一瞬怯む霜鳥。だが、すぐに怒りを含んだ笑みを浮かべる。「ふん。たかが県警の監察官に何ができる? 私の後に何が控えているか、わかっているのか? 貴様ら全員、一挙にクビにしてやるからな」
 「それは、もう無理なんだよなぁ」
 場違いなほど涼しげな声が聞こえてきた。
 「え?」と言って振り返る夏美。
 そこには思いもかけない人がいた。三ツ谷だ。
 隣に怒りの形相となった鷹西もいる。
 「何だ、おまえは?」
 訳のわからない者の登場に、一瞬呆気にとられる霜鳥。
 「霜鳥管理官、あなたに徳田班を解散させる力など、もうない。そんなことより、あなたは自分の立場について心配した方がいい」
 三ツ谷は坦々とした口調ながら鋭く言い放つ。不敵な笑みを浮かべていた。
 夏美は唖然として彼を見つめる。
 「おまえ、三ツ谷だな?」霜鳥が思い出したようだ。「のこのことこんな所へ、よくぞ現れた。すぐに身柄確保だっ!」
 叫ぶが、誰も動かない。ここまでの状況の異様さに、多くいる刑事達が戸惑い、躊躇している。

SCENE41 神奈川県警 刑事部②

 「哀れな人だ、あなたは」
 霜鳥を見つめながら言う三ツ谷。
 「馬鹿にするなよ、貴様みたいな雑魚が」
 憎々しげに見下ろす霜鳥。
 「あなたは、奥田議員から山下警視長へと通じて全国警察組織に張り巡らされている権力の影響下におかれ、それを行使する側に属しているから、思い上がって全体を見る目を鈍らせてしまった」
 全く動じず話し続ける三ツ谷。
 この人はいったい何なんだろう、と夏美は改めて思う。凄い人なのか、それともどこかネジがはずれてしまっているのか……?
 鷹西を見ると、三ツ谷を信頼しきっているかのように泰然と立っている。夏美の視線に気づき、微かに笑いながら頷いてきた。それを見て、思わず胸がキュンとなる。親友である三ツ谷と自分のことを、同等に扱ってくれているような気がしたのだ。
 「黙れよ、小僧」
 「あなたこそ黙って聞きなさい」
 霜鳥の恫喝に、全く怯まず言い返す三ツ谷。
 その場にいる者達が、三ツ谷の次の言葉を待つ。
 「奥田議員をはじめとする人達が3年前の爆破事件を画策し、ここまで捏造し続けてこられたのは、後ろ盾としてアメリカ合衆国の威光があったからだ。だけど、あなた方は、アメリカという国をよく理解していなかった」
 夏美は呆然とする。話が広大になっていく。
 「アメリカは現在世界最強の国家だ。敵国や敵対勢力にはその強大な力を集結させて立ち向かい、叩き潰す。恐ろしい怪獣といっていい。だけど、実はその内部では、常に主導権を掴むための争いが続いている。大統領、CIA、ペンタゴン、財界を含む軍産複合体、各種圧力団体……。自分たちがアメリカという国の舵を取るために、対抗する勢力の力を削ぐことに躍起になっているんですよ。国家という怪獣だけど、頭は一つじゃないんだ。ゴジラやガメラとは違う、言ってみればキングギドラ、いや、もっと頭は多いから八岐大蛇やまたのおろちとでもいっていい。その頭の一つ一つが、常に別の頭を喰らってやろうと狙っている」
 理路整然と話を続ける三ツ谷に、いつの間にか霜鳥は呑まれていた。徳田や立木でさえ、真剣な表情で聞き入っている。



 「今回、奥田議員や日本の財界でジェロン社と通じていたところは、アメリカ政府全体の力を後ろ盾にしていると勘違いしていた。だけど、ジェロン社が武器や兵器の実験を他国で行い、そのデータを元に更に開発を続けることを黙認し利用していたのは、ペンタゴンの中の一組織、DIA――国防情報局――でしかない。アメリカという怪獣が持つ複数の頭の中では、それほど力があるわけじゃない。何しろ、ペンタゴンでさえ現在CIAの後塵を拝している状態なんだから、その下部組織であるDIAがアメリカ国家を代表することなど、できるわけがない」
 「な、何を言っているんだ、貴様……」
 戸惑い、驚愕の目を三ツ谷に向ける霜鳥。管理官にまでなる男だ、頭は悪くない。だが、あまりにも大きな情報をぶつけられて、その処理に困っている。
 「僕は、ここ数日徹底的に調べたんですよ。そして推察できた。ジェロン社の他国での非合法な行為。それは、アメリカ国家全体が認めているわけではない。協力関係にあるのは、DIAだけなんですよ。そこを統括するペンタゴンの事案にさえ上がっていない。これがどういうことかわかりますか? この事実、特に、同盟国の一つである日本で、ジェロン社が非合法行為をしている。そして、日本の一部権力者達が黙認しそのために利益を得ている。それを暴こうとしたジャーナリストを殺害するために、善良な市民まで巻き込んで爆破テロを行った――そんなことを他の頭である、例えばCIAが知ったとしたら、どうなるか……」
 「仮に……仮にだ、そういうことがあったとして、ジェロン社やDIAがCIAに知られるようにやるわけがない。隠蔽には万全を期すはずだ。それに、万が一CIAがその事実を掴んだからと言って、アメリカ国内の力関係に影響があるだけで、日本の、それも警察組織に何かがあるわけないだろう」
 霜鳥が怒鳴るように言う。それを信じているかのようだった。
 だが、三ツ谷は鼻で嗤った。そして続ける。
 「日本の、この状況を憂いた者、たとえば警察関係者が情報をCIAにリークしたとしたら? そして、同じ情報を米国のテレビ3大ネットワークであるABC、CBS、NBCや、2大全米紙のUSAトゥデイ、ウォール・ストリート・ジャーナル、高級紙として知られるニューヨーク・タイムスやワシントン・ポストへも流すと示唆したら?」
 「ぐっ」と詰まる霜鳥。「ま、まさかおまえ……」
 「さあ」
 肩を竦める三ツ谷。そして、夏美や鷹西に一旦視線をよこし、ウインクする。
 話している内容とその表情のギャップに、夏美は思わず息を呑んだ。隣では鷹西が苦笑している。



 「僕は僕の正義感に従って行動します。何をしたかは言いません。ただ、仮にそんな警察関係者がいたとしたら、CIAは大騒ぎでしょうね。ただでさえペンタゴンとCIAは犬猿の仲だと言われている。鬼の首を取ったように嬉々として追求していくでしょう。そうなった場合、アメリカは国家としてどうするか? 少なくとも、ジェロン社には重大なペナルティを与え、日本の奥田議員をはじめとする協力者との線を断ち切ろうとするでしょう。つまり、奥田議員やあなたに通じる勢力は、後ろ盾を失う。それはもう、今すぐにでも、ね。そうなると、3年前の爆破事件の裏に何があったのか、暴きやすくなる。マスコミも、そして警察としても。事件を事故として処理してしまった警察関係者、つまりあなたのこともいずれ判明するでしょう。さあ、どうします?」
 「な、な……何を、おまえ……」
 霜鳥は顔面蒼白となり後退る。
 「僕には多くの協力し合う仲間がいる。警察関係者だけじゃない。今回の事実を知って、義憤に駆られて行動に移す人もいるかもしれない。もうすでに、状況は動いているんですよ。あなたが頼りにしきっている、後ろ盾にはアメリカ合衆国がいる、という幻想は捨て去るべきですよ。そうなった場合、あなたはどうなります? 県警の監察官室も目をつけているという。これまではなかなか手を出せなかったかもしれない。でも、状況は変わる。ここぞとばかり食いついてくるでしょうね。徳田班をどうするとか考えている余裕なんてありませんよ、管理官? みずからの身の振り方を考えることに力を注いだ方がいい。これは、僕からの今できる最大限の助言です」 
 三ツ谷を睨んでいた視線を泳がせ、あちこちを見る霜鳥。徳田、立木、鷹西、そして夏美を順番に見てから、大きく息を吐く。何かを言いたそうにしていたが、言葉が見つからないらしい。ただ怒りと恐れ、迷いを表情に浮かべ「くそっ」と小さく吐き捨てて背を向ける。
 そして、逃げるように立ち去っていった。
 夏美は改めて三ツ谷を見た。この人は、私が考えているレベルを遙かに超えていた。全く予想外の方法で、流れを大きく変えてしまった。溜息しか出てこない。
 パチパチパチ、っと手を叩く音が聞こえてきた。フロアの奥、壁に背を預け早苗が立っていた。
 「あ、早苗さん」
 夏美が言うと、それまで胸を張り堂々としていた三ツ谷が「ええっ?」と慌て出す。
 「すごいじゃん、三ツ谷君。ナイスッ!」
 そう言いながら、早苗が駆け寄り、三ツ谷をハグした。
 「あ、いや、そんな……あ、あああ……」
 硬直してしまう三ツ谷。顔が真っ赤だ。今まで霜鳥をやり込めていたのと同一人物だとは思えない。
 思わず吹き出しそうになる夏美。



 「全く、ヒヤヒヤさせてくれるなぁ、うちの連中は。班長からして」
 立木がぼやく。すいません、と頭を下げる夏美、鷹西。そして、徳田さえも分が悪そうに頭をかき「申し訳ない」と言った。
 「夏美」
 早苗がまじめな顔に戻って呼びかけてくる。すでに三ツ谷から離れているが、彼はまだ硬直したままだった。
 「何かわかったんですか? メチャクチャ早いですね」
 勢い込んで訊く夏美。
 「奥田議員の今日のスケジュールがわかったよ。母校で講演。もうすでに始まってる」
 「母校って? 大学ですか?」
 「横浜国際大学。詳しくはこれを」
 早苗がメモを差し出す。講演が行われる教場や時間が書かれていた。
 「よくわかったなぁ。三ツ谷の検索アプリでもつかめなかったのに」
 鷹西が感心したように言う。
 「こういう時は正攻法でいくの。奥田が警察に頼らず自前の警備会社と動いているとしても、その行動を民自党本部に報告しないわけにはいかないでしょ? だから、県警総務部として党本部に問い合わせたのよ。奥田議員が神奈川県内で活動しているはずですが、県警としても把握しておきたいから、ってね。アッサリ教えてくれたわよ」
 「さすがです、早苗さん」
 彼女の手を取り称える夏美。
 「よし、行くか」
 鷹西が動き出す。
 「うん。み、深山さん、ありがとう」
 ぎこちなく頭を下げ、続く三ツ谷。顔がまだ赤い。目がトロンとしている。
 当たり前のように続く夏美。
 「お、おい、おまえら、待て。徳田班に招集をかける。場合によっては機動隊も必要かもしれん。待ってろ。おまえ達だけで行く気か? 危険だ」
 徳田が慌てた。だが、3人は止まらない。
 「先に行ってます。一刻も早く瀬尾さんを抑えないと」
 夏美はそう言って駆けだした。負けじと走る鷹西、三ツ谷。
 「夏美、気をつけてね」
 早苗の声に「はい」と手を振る夏美。
 やれやれ、という表情で顔を見合わせた徳田と立木だが、すぐに班員を呼び戻しはじめる。
 県警内が騒然となっていった。

 

SCENE 42 横浜国際大学

 横浜国際大学A号棟303教場――500人ほどの収容人数で、この大学としては中程度の大きさだった。
 奥田は与党民事党の重鎮の一人だ。他への影響力は新米の大臣などよりよっぽど上である。だが、一般への知名度や人気は高いとは言えない。政治家の真の実力は、そんなものとは無関係だ。講演を行うとしても、この程度の教場で充分だった。
 そもそも事前アナウンスがほとんどされぬ、イレギュラーなものだ。よほど政治に関心のある学生や教授などの大学関係者くらいしか集まらないだろう、と予想していた。
 実際その通りになったが、もとより、講演は大して重要ではない。
 終了し、いくつかの質問に丁寧に答え終わると、奥田は「さて……」と教壇前に置かれたイスに腰を下ろす。
 佐々木は奥田に歩み寄った。彼の後には、極東エージェンシーの部下達が控えている。
 教場からは、彼等以外は出て行った。いや、Σが要所に潜みながら待ち受けているのを除けば、だ。
 講演終了後、しばらく奥田と関係者で打ち合わせをしたいという意向を大学側に伝えてあった。なので、この教場はまだ貸し切り状態だ。
 「そろそろ、現れるはずです」
 佐々木が言う。緊張感が高まっていく。
 「ふむ」応える奥田。「現れなければ困る。もう、終わりにしないといかんからな」
 さすがに肝が据わっている。佐々木は感心した。
 しばし沈黙があった。数名の人間しかいない場所としては広すぎる。居心地の悪さが募ってこようか、という頃、その男は現れた。
 すり鉢状となった教場の一番後、中央の扉が開き、瀬尾が堂々と入ってきた。まっすぐに奥田へと視線を投げかける。
 「待っていたよ、瀬尾俊之君」
 奥田の方から声をかけた。
 瀬尾は仁王立ちをしながら、奥田と佐々木を見下ろしてくる。



 「じっくり話し合いをしたい。下りてこないかね?」
 奥田がそう言うと、瀬尾は懐からサングラスのような物を取り出した。それをかける。そして、フッと嗤った。
 「Σが10人、か。それで話し合いとは、よく言ったものだ。俺が降りていく途中で、襲いかかってくる算段なんだろう?」
 瀬尾がそう言い終わる寸前、Σのメンバーが実態を表した。
 言われたとおり、10人の屈強な男達が教場のあちこちに散らばり、瀬尾を待ち受けている。
 「セオ。スコープも持ち出していたんだな。だが、だからといって、逃がしはしない」
 ランバートが言った。奥田の前に立ち、瀬尾の視線を遮っている。
 スコープとはジェロン社が開発した物で、光学迷彩マントで透明になっていてもそれを感知できる。はっきりと捉えることはできなくても、透明ではなく、影のように見えるという。
 「逃げるつもりはない。奥田と佐々木、事実を公表するつもりはないんだな?」
 瀬尾が問いかけてくる。
 「それについて、話し合いを持ちたかったんだがね」
 奥田が応えた。
 「話し合うつもりはない。おまえ達が、公表するか、しないか。ふたつにひとつだ」
 「物事を短絡的に考えるのは良くない。お互いの妥協案を探るのが得策だと思うが」
 坦々と言う奥田。
 「どこまでも不遜な男だな、あんたは」
 瀬尾が一歩踏み出した。ゆっくりと降りてくる。
 Σの連中が身構え、ジリジリと迫る。
 「仕方あるまい」
 目配せをする奥田。
 頷く佐々木。彼は小型のマイクを手にしていた。それに向けて小さな声で一言告げる。
 「始めろ」
 次の瞬間、教場の外で激しい爆発音が響いた。


戦いが始まってしまった。夏美達はどうする? 第16話に続く↓


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