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長編小説「Crisis Flower 夏美」 第18話(最終話)

↓初見の方、第1話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/nff951b7d159c

↓前話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/ne906dc83d5b8

今回が最終話です。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 


SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近⑥

 夏美は武道場内を見まわした。
 奧が剣道場らしい。そして、右手前側が弓道場。
 あっ……!
 おそらく部員達は、爆発の報を受け慌てて出て行ったのだろう。練習中だったのか、弓や矢がそこに残っている。
 思わず駆け寄る夏美。弓を確かめる。弦はしっかりと張られていた。
 遠的※1用の矢もある。弓懸※2も置かれていた。
 (※1遠的:えんてき。弓道競技種目。※2弓懸:ゆがけ。弓を引く際に右手に装着する鹿の革でできた手袋)
 揃ってる。これは充分使える……。
 夏美は矢を2本手に取り、1本をデニムのベルトに挟む。弓懸をつけ、弓を左手でしっかりと握りしめた。
 「お、おい、ちょっと待て、夏美。おまえ、何をする気だ?」
 慌てる鷹西。
 「見てわかりませんか?」
 「わかる。わかるから言ってるんだ。無茶はやめろ」
 「私は弓道の錬士五段です」
 「馬鹿を言うな。どんなに弓の腕が良かろうと、相手は拳銃にライフルだぞ。戦国時代じゃないんだ」
 鷹西が、外へ向かおうとする夏美の両肩を両手で掴み、止める。
 2人の目が合った。どちらも強い視線だ。
 三ツ谷と瀬尾が固唾を呑んで見守っている。
 「鷹西さん」
 悲壮な表情で彼を見る夏美。
 「何だ?」
 「私を信じてください」
 しっかりと目を離さずに言った。
 自信があるわけではない。だが、決意はあった。銃が相手となると、一矢の打ち損じで終わりだ。一矢外しただけで、射殺されてしまうだろう。
 2人の相手に一矢ずつ。それで必ず倒す。そのために、矢は2つしか持たなかった。
 一矢も外さない、という意思を強くするためだ。
 彼女の覚悟を感じとり、息を呑む鷹西。



 夏美はゆっくりと歩き出す。鷹西の手が、彼女の肩から離れた。
 「待て、夏美」 
 鷹西の声に、いったん夏美は立ち止まる。そして……。
 「止められても行きます」
 「止めない。俺も行く」
 「なっ?!」今度は夏美が慌てる。「何を言っているんですか?」
 「俺が奴らの気をひきつける。その隙に矢を放てばいい」
 「そんなのはダメです」
 「俺を信じろ」
 「え?」
 鷹西の強い視線に、思わず夏美も息を呑む。
 「俺はおまえを信じる。だからおまえも俺を信じろ。おまえが奴らを倒すまで動きまわってやる。怪我をしている瀬尾さんには任せられないが、俺なら大丈夫だ」
 「鷹西さん……」
 「おまえだけに命をかけさせるわけにはいかない。やるなら、一緒に行く。俺が元気に動きまわっていられるうちに、あいつらを仕留めるんだ」
 しっかりと見据えられ、胸が熱くなる夏美。
 「わかりました。私も鷹西さんを信じます」
 強い視線を交わし合うと、自然と微笑み、同時に頷く2人。お互いの瞳が相手の凛々しい姿を映していた。
 暫し見つめ合った後、2人は表情を引き締め直し、歩き出す。
 「班長にこんなところを見られたら、未だかつてないほどに怒鳴られるでしょうね」
 前を見据えたまま、夏美が言った。
 「ああ。馬鹿1号と2号ってのは、あながち間違いじゃなかったかもな」
 鷹西も視線を動かさずに応える。
 「鷹西さんが1号ですからね」
 「いや、それはおまえに譲る」
 「さっきから何回も、おまえ、って言ってる……」
 「こんな時くらい大目に見てくれよ」
 言い合いながら、2人は武道場の出入り口に向かった。
 「くっ! ま、待て……。俺が……」
 動こうとする瀬尾を三ツ谷が抑える。
 「瀬尾さん、あの2人を信じましょう。大丈夫。きっとやってくれます」



 

SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近⑦

 鷹西は弓道場側の出入り口で身を屈め、外をうかがう。
 相変わらず、ランバートがA号棟上に立ちライフルを構えている。
 その下に奥田がいた。慌てて校舎内に入っていく。ランバートを目指しているらしい。
 佐々木はもうすぐそこに迫っていた。少し遅れたら、武道場内で乱射されていたかもしれない。
 ランバートが奥田に何か声をかけている。その間、僅かながらライフルの構えが解かれた。
 後ろを見る。夏美が自然体で立っていた。意識を集中させている。鷹西が「いくぞ」と声をかけると、しっかり頷いた。
 鷹西はまず、勢いよく柔道の前方回転受け身で外へ飛び出した。何回転もする。
 佐々木が慌て、銃口を向けてくる。だが、その瞬間、ビュンッと音がして彼の右肩に矢が突き刺さった。
 何が起こったのかわからない、という顔で目を見開きながら、佐々木は後ろに倒れ込んだ。しばらく起き上がることはできないだろう。できたとしても、右腕は使い物にならないはずだ。
 彼の手から落ちた拳銃は地面を滑っていく。こっちに来れば牽制に使えたのだが、と鷹西は舌打ちした。
 夏美に視線を送る。
 凛とした姿勢。一瞬で矢を放ち、佐々木を倒したのだ。そして、すでに次の矢をつがえている。
 さすがだ。よし、次はあの何とかいうΣの大将だ――。
 「カモンッ!」
 大声で叫びながら、鷹西はA号棟へ向かう。
 ライフルが自分を狙っているのがわかった。なんとかジグザグに走り、照準を合わせ難くする。
 銃声が響き、鷹西の体を銃弾が掠めていく。1発、2発 3発……。
 しばらく動き続けたが、銃声が突然止まった。ランバートがこちらの意図に気づいたようだ。
 「夏美、気をつけろっ!」
 上を見た。ランバートの持つライフルは、鷹西ではなく、もっと後ろを狙っている。
 その先には、彼女の姿が――。



 「夏美っ!」
 再度叫ぶ鷹西。
 彼女は弓を引き絞りランバートに矢先を向けていた。その姿勢のまま、ピタリと止まる。
 華奢な体が、今はしっかりと芯が通り、何があっても微動だにしないように見えた。
 そんな夏美の姿は、息を呑むほどに美しい――。 
 おそらく距離は、遠的の標準である60メートルを有に超えている。だが夏美にはためらいも気負いもない。
 ランバートが照準を彼女に合わせる。そして銃爪ひきがねを……。
 その一瞬前に、夏美が放った矢が中空を切り裂き飛ぶ。
 ランバートの右肩に、見事にそれが突き刺さった。
 直後に発砲されたライフルの弾丸が、夏美のすぐ横の地面に土煙をあげさせる。しかし彼女は、全く心を乱さない。
 何かを叫んでよろめくランバート。前に倒れ込むように、校舎の上から落ちていった。
 やった……。
 鷹西はその場に両膝をつき、ホッと息を吐く。
 夏美は矢を放った格好のまま、動かなかった。
 立ち上がり、近づいていく鷹西。見ると、彼女は大きくゆっくりとした深呼吸を繰り返していた。
 あれほどの距離を射貫くには、相当の集中力が必要だっただろう。しかもライフルで狙われながらだ。その精神力には、感服するほかない。
 夏美の視線がこちらを向く。小柄な体がふるえていた。何か言いたそうにしているが、声が出てこないようだ。おそらく持てるエネルギーのほとんどを傾注していたのだ。微かに潤んだ瞳も揺れている。
 その姿が愛おしくて、鷹西は思わず彼女を抱きしめた。
 「すごいぞ、夏美。最高だ」
 夏美の手から、弓がぽとりと落ちた。


 

SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近⑧

 あ……?!
 緊張から一気に解放され、我にかえる夏美。
 鷹西の逞しい身体に包み込まれ、ふるえが治まっていく。
 私のこと、抱きしめてくれてる……。
 全身から力が抜けていく気がした。夏美も鷹西に抱きつく。身体も心も溶け、彼と一つになっていくような感覚になった。
 そして、少しだけ顔を上げる。
 鷹西の左掌が、頭の後ろにそっと添えられた。彼の顔が近づいてくるのがわかった。
 自然と瞳を閉じる。
 そして、唇を……
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 ………………………………………………………………
 ……その時、バイクのエンジン音が響いてきた。2台だ。
 慌てて体を離す夏美と鷹西。
 わ、私、今……。わっ、わぁ……。
 激しく胸が高鳴った。顔が熱い。おそらく真っ赤になっている。それを見られたくなくて頬を両手で覆い隠した。
 「またあいつらかよ……」
 鷹西の溜息のような声が聞こえてきた。
 「夏美っ、無事なの?」
 「鷹西、生きてるか?」
 絵里と城木が、バイクで駆けつけながら同時に言った。
 おそらく極東エージェンシーの連中を思う存分蹴散らしてきたのだろう。意気揚々とやってくる。
 メットをとり、こちらを見ると、2人して「ん?」と怪訝な表情になる。
 「もしかして、また邪魔しちゃった?」
 「ちょっとその辺りを見まわってこようか?」
 申し訳なさそうにのぞき込んでくる、絵里、そして城木。



 「い、いえ、そんな……」
 夏美が慌てて首を振る。
 そっぽを向いて頭を掻く鷹西。
 「残念だったね」
 いつの間にか、夏美の背後に三ツ谷が来ていた。
 瀬尾は武道場横のベンチに座っている。
 「な、何がですか?」
 夏美が訊くと、三ツ谷はニヤッと笑う。
 「見てたんですか?」
 また顔が熱くなってくる夏美。
 「え? 見てたって、何を?」
 わざとらしくのぞき込んでくる三ツ谷。
 「何でもないです」
 夏美は顔を背ける
 三ツ谷は、その後ろから小声で「もう、気にせず続けちゃえば良かったのに」と茶化すように言う。
 「こ、この人、ひっぱたいていいですか?」
 ついにキレた夏美が鷹西に訊く。
 「いや」憮然とする鷹西。「もう一本矢を持ってくるから、それで射貫いてやれ」
 「わかりました」
 弓を拾い、三ツ谷を睨みつける夏美。
 鷹西は武道場に向かう。
 「わ、待って待って。冗談だってば。場を和ませようと……」
 三ツ谷が慌てて鷹西を止めに走る。
 唖然とした顔になる絵里や城木の向こうから、パトカーのサイレンが近づいてきた。


 

LAST SCENE

 大学周辺は、警察、消防、そしてマスコミが入り乱れ、騒然としていた。パトカーに乗せられて行く奥田を、いくつものカメラが追っている。不遜な態度は影を潜め、小さく丸まった背は実年齢以上の老いを感じさせていた。
 彼がこの騒動についてどう言及するのか気になるところだが、おそらく真実が明らかになるまで、かなりの時間を要するだろう。
 機動隊員達に促され、瀬尾が救急車に向かっていく。夏美は鷹西や三ツ谷と一緒に、その姿を眺めていた。
 機動隊員の一人、石内と名乗った男が、瀬尾に向かって涙を浮かべながら敬礼していた。
 「瀬尾さん」鷹西が声をかけた。「気障男っていうおっさんがいるんですよ」
 振り向き「気障男?」と怪訝な顔になる瀬尾。
 「本牧ふ頭の倉庫街で、あなたのことを見ていたそうです」
 夏美が補足した。
 「ああ、あの人か……」
 思い当たったようだ。
 「そのおっさんが言うんですよ」と続ける鷹西。「瀬尾さんがとても悲しそうだったって。心配もしていました。そして、辛いことや悲しいことがあっても、時間とともに想い出になるはずだ、とも言っていた。そう考えた方がいいって……。俺には瀬尾さんが背負った悲しみについて軽々しく何かを言うことはできない。でも、おっさんみたいな考え方もあるんだって、頭の片隅にでも置いておいてください」
 瀬尾はふっと笑みを浮かべた。
 「ありがとう。気障男さんとやらに、礼を言っておいてくれないか」
 鷹西は大きく頷いた。



 「三ツ谷君」瀬尾の視線が三ツ谷に向かう。「君には驚かされるな。とんでもない方法で、アメリカ国防情報局――DIAからの奥田達への支援を断ち切らせてしまうとは」
 えへへ、と鼻先をこする三ツ谷。
 「だがジェロン社はしたたかだ。おそらく今回のことでアメリカ政府から追及を受け、ある程度のペナルティが科せられ一旦は闇の事業から手を引くかもしれんが、また、必ず何らかの方法で日本にも手を伸ばしてくる。DIAも同様だ。今回は利用できたかもしれないが、CIAだって敵に変わる可能性はある。その時、日本の政府が正しい選択をできるかわからない。第二、第三の奥田が現れる恐れは常にある」
 「その時は、我々警察官も試されますね。山下や霜鳥のような者達をはびこらせないでいられるか、しっかりと、目を光らせますよ」
 三ツ谷が応える。夏美も頷いた。そして鷹西が引き継ぐ。
 「マスコミも黙っていませんよ。峰岸さんという、3年前に殺害された森田氏の仲間が手ぐすねを引いています。今回のことだって、真実を伝えるために奔走するでしょう」
 「3年前の爆破事件についても、必ず再捜査がされるはずです」
 夏美が強く言う。
 瀬尾は頷くと、最後に夏美をまっすぐに見た。
 「月岡夏美さん、だったね」
 「は、はい……」
 同じように見つめ返す夏美。
 「本当に、ありがとう。その、美しく澄んだ瞳をいつまでも持ち続けてほしい。そして、もっともっと良い刑事になってくれ」
 そう言うと、瀬尾は頭を下げ、ゆっくりと背を向ける。
 「はい。ありがとうございます。頑張ります」
 夏美が応え、敬礼した。鷹西と三ツ谷も同様にする。



 瀬尾が救急車に乗り込むまで、3人は敬礼を続けていた。
 しかし……。
 救急車が走り去ると、突然三ツ谷が姿を消した。
 「あ、あれ? 三ツ谷さん?」
 戸惑う夏美。
 「おまえ、まさか光学迷彩マントを?」
 鷹西が唖然とする。
 2人の後ろに、スッと姿を現す三ツ谷。そして得意そうに微笑む。
 「君たちが倒したヤツらから、いくつか武器を押収したんだ。特殊塗料はもう拭ってある。三ツ谷コレクションに新たな武器が加わるな」
 「何やってんだ。それは証拠品だぞ」
 「わかってる。ちょっと預かるだけさ。調べてすぐに返すよ。それに……」辺りを見まわす三ツ谷。「僕はまだ立場が微妙だからね。ここは隠れて退散させてもらうよ。じゃあ」
 またしても姿を消し、三ツ谷は離れていく。最後に「君たちには感謝してるよ。ありがとう」という声だけ残して。
 「お、おい、三ツ谷、待て」
 キョロキョロとする鷹西。
 「もう、困った人だなぁ……」
 夏美も苦笑しながら探すが、見つからない。
 そうやって2人が彷徨わせた視線の先に、今度は恐ろしい男が現れた。
 「や、やばい。班長だ。俺も退散するよ」
 後退る鷹西。
 「あっ! どこへ行くんですか?」
 夏美も見つからないように、なるべくそうっと動く。
 「とりあえず、本牧だ。気障男のおっさんに報告に行かなきゃ。約束だからな」
 鷹西は言い終えると走り出した。
 「待ってください。私も行きます」
 慌てて後に続く夏美。
 「おい、おまえらっ!」
 背後から徳田の怒鳴り声が聞こえてきて、更にスピードを上げる2人。
 「俺は走るのも自信があるからな。ついてこられるかな?」
 鷹西がチラッと視線をよこす。
 「ついてこられるかって、こっちのセリフですよ? 私、負けません」
 夏美が言い返しながら、ふふっ、と笑う。
 競い合うように、2人は走り続けた。


                       Fin


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また、たまに夏美達に会いに来ていただけると嬉しいです。

創作大賞応募のために更新が続きましたが、力尽きそうなので、しばらくお休みします(^^ゞ
皆様の記事は読ませていただきますが、次に投稿するまで少しかかるかもしれません。ご了承ください。

ここまでおつきあいいただき、心より感謝いたしますm(_ _)m

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