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長編小説「Crisis Flower 夏美」 第17話

↓初見の方、第1話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/nff951b7d159c

↓前話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/nd3370b4364f5 


SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近

 A号棟の裏手から、奥田と佐々木、そして取り巻き達が出てくる。
 横浜国際大学の裏口が、その先にあった。剣道や弓道等、武道関連の練習場が建ち並んでいる合間を通る連絡路の向こうだ。
 おそらくそこから奥田達は逃げていくだろう、と瀬尾はあらかじめ予想していた。なので、すぐに対応できた。
 彼らの姿を目にとめると、素早く駆け寄っていく。
 奥田達が気づき、目を見開いて瀬尾を見た。
 どちらも立ち止まる。
 佐々木が銃を取り出し身構えた。一瞬だけ、咎めるような視線を送る奥田。だが、すぐに目をそらし、しかたないとばかりため息をついた。


 

SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近②

 今回の瀬尾や邪魔をする刑事達への対処にあたり、奥田は佐々木だけでなく、ランバートを通じてΣの全員に、銃の使用を禁じていた。
 弾丸をはじめとして、後々証拠になり得る物があるからだ。過激派の爆破テロ、という状況のみで事を進めていきたかった。
 Σや極東エージェンシー裏部隊の実力を持ってすれば、徒手空拳もしくはナイフ等の得物で事足りるという見立てがあった。
 だが、それが間違いだったことに今更ながら気づいている。瀬尾の戦闘能力は、当初の予想をはるかに超えていた。更に、邪魔になってきた月岡夏美や鷹西惣一郎という刑事達も、意外なほどに手強い。
 今、迫り来る瀬尾の驚異に対して佐々木が銃を出したのも適切な対応だし、真相に近づいている刑事達を始末するために使用するのもしかたない、と奥田は判断した。
 証拠の処理は面倒だが、全員始末してしまえば何とでもなる。
 奥田は再度佐々木を見て頷く。
 れ、という意味を込めていた。


 

SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近③

 佐々木の向ける銃口が瀬尾の姿を捉える。だが、彼は微動だにせず立ち、睨み据える。
 張り詰める空気――。
 瀬尾は瞬時に透明になることが可能だ。そして、素早く移動し攻撃を仕掛けることもできる。ただ、佐々木の銃の腕も侮るわけにはいかない。
 佐々木は銃爪ひきがねを引くタイミングを計りかねているようだ。その動きを察知し、瀬尾がどう動くか――懸念しているために下手に動けないのだろう。
 両者の思惑が交錯し、それぞれの動きを止めている。
 騒然とした大学内だが、この場所だけ時間が凍りついたようになった。
 「瀬尾さんっ!」
 空気まで止まったような状況の中、女性の美しい声が響いた。悲壮感が込められている。
 「瀬尾さん、月岡夏美です。もう、これ以上の復讐は必要ありません。ここまでにしてください。お願いします」
 夏美が必死に訴えかける。
 「その通りです、瀬尾さん。その連中、奥田議員達の後ろ盾となる合衆国政府の一部は、もうこの件から退くはずです。彼らの罪を公的に裁くのは、不可能じゃない」
 叫ぶように言ったのは三ツ谷だ。後ろには、やはり真剣な眼差しを向けてくる鷹西。
 奥田を見ると、当惑した表情になっている。三ツ谷の言ったことに驚いたようだ。
 三ツ谷君、データを解析したのか? そしてあの2人はそれに応じてすぐに行動に移した。
 さすがだな……。
 瀬尾は駆けつけてきた3人を見る。鉄面皮のようだった表情に、微かに笑みが浮かんだ。 
 だが……。
 邪魔なのでスコープは外していたが、気配を感じる。透明になったΣの隊員が夏美達に迫っている。
 気をつけろ、敵がいる――。
 目で夏美や鷹西、三ツ谷達に伝える。
 瀬尾のまわりにも、突然3人の男が姿を現した。
 Σだ。激しく攻撃を仕掛けてくる。左右から拳と蹴り。
 身を翻しながら後方へ飛んで避ける瀬尾。そして瞬時に姿を消した。
 3人の男達も同様に消える。
 離れた場所では、佐々木が銃を構え続けていた。


 

SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近④

 瀬尾達の動きに驚きながらも、夏美は敵の気配に身構える。
 鷹西も同様に、何者かが近づいてくるのを察知したようだ。
 一瞬にして、屈強な男達が姿を現す。夏美の前に一人。鷹西の前、そして三ツ谷の背後にも一人ずつ現れた。
 あっ……?!
 息を呑み、すぐに対応しようとする夏美。だが、あらかじめこちらを見ていた相手の方が攻撃が早かった。大きな手で、夏美の細い首を鷲づかみにする。
 「きゃぁぁぁ!」
 思わず叫ぶ夏美。その声が、次第に小さくなっていく。首を握り絞める力が強まり、声帯がつぶされてしまいそうだ。
 く、くるしい……。
 「夏美っ!」と叫んだ鷹西だが、Σの男の素早いパンチを右頬に受け後方に倒れる。ハードヒットはなんとか避け、ダメージを半減させたものの、すぐに攻撃に転じることはできない。
 三ツ谷は慌てて逃げようとしたが間に合わず、男に羽交い締めにされ動けなくなっていた。
 Σの連中は全員欧米人らしく、更に鍛え上げている。力強さが日本人とは比べものにならない。
 夏美を捕らえたΣの男は、グイッと片手で彼女の体を持ち上げた。その上腕は、彼女のウエストより太い。
 ほんの数秒で意識が薄れていく夏美。ばたつかせていた足も次第に力が抜けていき、ついにだらりと垂れ下がってしまう。
 もう、い……息……が……でき……な……い……。
 なんとか右手を上げ、警棒で打ち据えようとするが、力が入らない。そんな動きを察知し、男がもう片方の手で夏美の右手を強く叩く。
 警棒は落とされ、転がっていく。
 そ、そんな……?!
 愕然とする夏美の首が、更に締め上げられる。
 い、いや……。い……やぁ……。
 万力のような力。夏美の口が半開きとなり、舌が小さく震えている。瞳が弱々しく揺れる。



 あ、ああぁ……。
 薄れゆく意識。霞んでゆく視界の片隅で、男のフルフェイスマスクに隠れた目が笑ったような気がした。
 男からすると、夏美の小柄で華奢な体など子供同然だ。おもちゃを扱うように自分に引き寄せようとした。
 だが、男のその動きは、夏美にとって反撃のチャンスとなる。
 引き寄せられる勢いを利用し両手を振り上げ、両側から掌で挟み込むように打撃を加えた。男の耳があると思われる箇所にヒットさせる。
 「グギャアァッ」
 悲鳴をあげ、男はよろける。首を掴んでいた腕が離れる。
 素早く動く夏美。地面を転がり、警棒を手にする。立ち上がり身構えた。
 けほ、けほ、はあ、はあ……。
 まだ苦しい。喉をおさえ、顔を顰める。
 怒った男が、正面からまた掴みかかってきた。夏美は身を翻して避け、警棒を男の膝にたたき込む。
 男はもんどり打って倒れた。そして転がっていく。
 前方では、体勢を立て直した鷹西が、更にパンチを繰り出してきた男の腕を捉え体落としで路面に叩きつけていた。
 そして夏美に駆け寄る。
 「大丈夫か、夏美?」
 「だ……だい……、うくっ、けほ、けほ……」声がまだうまく出せない。「大……丈夫、です……。はあ、はあ……」
 その時、後ろの方から「ぎゃあぁぁ」と叫び声が聞こえてきた。
 見ると、三ツ谷を抑えていた男が悲鳴をあげながら倒れていく。
 「おまえ、何をやった?」
 鷹西が訊くと、三ツ谷は得意そうな顔をしながら、手にした小型の装置を誇示する。どうやらスタンガンのミニタイプらしい。彼が改造したのだろうか。 
 Σの男達は、それぞれダメージを受け後退っていく。そして、姿を消した。
 「くそっ。また透明人間かよ」
 舌打ちする鷹西。
 夏美は彼の横で身構える。敵はどこから攻撃を仕掛けてくるかわからない。
 どうすればいいの……?



 「2人とも、ちょっとだけ伏せて」
 三ツ谷が言う。何かを持っていた。
 「え?」
 「なにを?」
 キョトンとする2人。だが三ツ谷に「早く」と言われ、慌てて従う。
 三ツ谷は小型の消火器のような物のホースを手にし、レバーらしきところを握りしめる。
 ホースの先から赤い液体が飛び散る。
 それを辺りの空間に向けて撒くようにする三ツ谷。彼の目には先ほどスコープと言っていた眼鏡がかけられていた。あれで、光学迷彩に隠れたΣ達の位置もわかるのだろう。
 「あっ!?」
 息を呑む夏美。
 空間に、赤い液体がベットリと浮いたままの箇所がある。
 「あれは、もしかして?!」
 鷹西も気づいたようだ。
 「特殊塗料だよ」得意げに頷く三ツ谷。「光学迷彩マントにも付着して落ちない。あの赤いのが敵の目印だ」
 「よしっ!」鷹西が言い、夏美の肩を叩く。「これで透明人間じゃない。先手必勝だ。こっちから仕掛けるぞ」
 「はいっ!」
 勢いよく走り出す夏美と鷹西。
 今度は相手の方が対応にワンテンポ遅れた。姿を現し、ナイフや警棒を構えたときにはもう遅い。



 夏美が駆け抜けながら大男の膝を警棒で打ちつけた。怯んでかがみ込んできたところを、突きで喉を貫く。大男は一瞬で力が抜けたように、ストンと倒れた。
 その後ろからナイフを突き出して来る別の敵。だが夏美は紙一重でその切っ先を避けると、すれ違いざま相手の胴を打つ。そして、とどめに「やぁっ」と面を打ち下ろす。
 ばったりと倒れた敵は、ピクリとも動かなくなった。
 鷹西は前方の男に頭から突っ込んでいく。予期せぬ攻撃にたじろいでいた敵は、鷹西の頭突きをもろに顔面に受け、一発で倒れた。
 横からナイフを繰り出してくるもう一人の敵。そのナイフを靴のかかとで弾くと、鷹西は一瞬の隙を突いて腕を掴み、素早く回転し腕関節を極めて動きを止めてしまう。そして、首筋に手刀をたたき込み気絶させた。
 ほぼ同時に2人ずつ敵を倒し、頷き合う夏美と鷹西。
 その時また、後方で悲鳴が聞こえた。
 三ツ谷の後ろに迫っていた敵が2人、倒れていく。
 「あれ……?」
 何をやったのだろう、と目を見張る夏美。
 「テーザーガンだな。銃型のスタンガン。電撃針を飛ばすんだ」
 「そんな物まで持っているんですか?」
 「あいつのバックは戦闘用ドラえもんポケットだ」
 呆れる夏美。鷹西はフッと笑いながら、肩を竦めていた。
 だが、3人ともすぐに気を引き締め直し、瀬尾の姿を探す。
 奥田達が逃げて行こうとするところも目に入ってきた。
 あっ! あれはっ?! 
 夏美が息を呑み、A号棟校舎を見上げる。
 「どうした?」
 鷹西も彼女の視線を追う。
 大柄な男が、校舎の上からライフルを構えていた。


 

SCENE 46 横浜国際大学 A号棟付近⑤

 瀬尾は姿を消したまま奥田達に迫っていた。
 彼らが逃げていこうとした裏手に先まわって立ちふさがり、姿を現す。
 「くそうっ」
 呻るように言って、佐々木が再度銃を構える。
 「オクダ、こっちだ」
 逃げてきたはずのA号棟の方から、大きな声が聞こえてきた。ランバートが3階部分の屋根となった場所に仁王立ちし、狙撃用ライフルを構えている。
 まずいっ!
 即座に前方に転がる瀬尾。渇いた銃声がして、今まで立っていた場所の路面が弾ける。
 奥田や佐々木が逃げていく。追おうとするが、その前に3人の男達が姿を現す。Σだ――。
 3人は次々にナイフを繰り出してくる。即座に飛び退き避ける瀬尾。後ろに下がりながら、光学迷彩マントを駆使して姿を消す。そして右前方に体を回転させていく。
 マントがあると攻撃ができないので、姿を現し、目の前の男の右手首を掴む。同時に別の腕をハンマーのようにして、男の肘に打ち下ろす。
 「うぎゃぁ」
 叫び声があがった。男の腕は瞬時に破壊されていた。
 瀬尾はそのまま男を軽く蹴り倒す。
 他の2人が身構えた。
 その時、銃声が響く。ランバートのライフルが火を噴いた。
 左肩に被弾し、瀬尾は後方に倒れてしまう。傷口からどくどくと血が流れ、左腕が朱に染まっていく。
 クッと声を漏らし、すぐに立ち上がる。しかし、左の肩から腕にかけてダメージを負い、動かない。迫る敵2人に、対応ができない。
 ここまでか……?
 無念の思いがこみあげてくる。
 だが、迫ってきた敵2人が突然止まった。
 一人の腕を掴んでいたのは夏美。
 もう一人の腰をクラッチしていたのは鷹西。



 夏美は振り向いた男の勢いを利用し自ら潜り込み、掴んでいた腕を捻りながら肩に担ぐようにする。そして「えいっ」と腰を落とす。
 男の肩と腕はその一瞬で破壊された。見事な古武道の技だ。
 腕を押さえて悶絶する男の首筋に、夏美が手刀を叩きつける。
 男はその場に崩れ落ち、動かなくなった。
 鷹西はもがく男を持ち上げ、そのまま柔道の裏投げ、プロレスで言うバックドロップで打ちつけた。グッタリとしたΣの男は手足の先まで力が抜け、ピクリともしなくなった。
 大したものだ……。
 乱戦の中にありながら、瀬尾は感心した。
 華奢で小柄な月岡夏美だが、その柔軟な体とスピード、そして技術を駆使して、Σの訓練された男達を翻弄していた。
 一見荒っぽく見える鷹西は、鍛えこまれた体を充分に使いこなし、敵をたたきつぶす。
 どちらも見事な戦いぶりだった。
 「危ないっ、3人ともこっちへ」
 三ツ谷の悲壮な声。武道場の入り口辺りで身を屈めている。
 ランバートの銃撃が続いた。佐々木も銃口を向けてきた。
 夏美と鷹西が、瀬尾に手を貸しながら走る。
銃弾が脇を掠めていく。足下でも何発かはじけた。3人とも必死に武道場を目指す。
 なんとか被弾せずに場内へと駆け込んだ。
 だが、絶対的不利な状況は変わらない。
 「くそ、何か対抗できる武器はないのか?」 
 鷹西が三ツ谷に怒鳴るように訊く。
 「無茶言うなって。ライフルに勝てる武器なんて持ち歩けるわけないだろう」
 お手上げ、の格好で応える三ツ谷。



 「銃を持っているのは、佐々木とあの上の外人だけのようだな。ていうか、残っているのもその2人だけなんだが……」
 武道場の上窓から覗きながら、鷹西が状況を分析する。
 「上の奴、ランバートというΣの一部隊のリーダーだ。持っているのはジェロン社製のライフル。有効射程距離は50メートル以上。奴の腕ならおそらく600メートルは余裕だろう」
 瀬尾が説明する。左腕は相変わらず重く垂れ下がったままだ。
 「絶望的な状況だな」
 舌打ちする鷹西。
 佐々木がジリジリと迫っている。上からは相変わらずランバートが狙い、数発威嚇射撃をしてくる。そのたびに武道場の壁や屋根がはじけ、危険な音を響かせていた。
 剣道場の奥に大きな窓がいくつかあり、そこから外へ行けるが、ランバートから丸見えだろう。弓道場の裏手には裏門に続く出入り口があった。しかし、やはりそこからどこかへ逃げるには、少なくとも数十秒から数分はランバートの視界に入らなければならない。
 この距離でヤツの視界に入るのは「撃ってください」と言うようなものだ。
 こうしているうちに、佐々木が銃を手に踏み込んでくる怖れもあった。こうなると、もう誰かが捨て身になるしかない。
 「俺が連中の気をひく。君たちはその隙に何とか裏から逃げるんだ」
 瀬尾が言った。自分の戦いに巻き込み、若い彼らを失うわけにはいかない。
 だが……。
 「それはダメです。命を捨てる気ですか?」
 きっぱりと言いながら、夏美がまっすぐに視線を向けてくる。その大きく澄んだ瞳に、瀬尾は思わず息を呑んだ。


追い詰められた夏美達。はたして活路は? 第18話……最終話へ!!


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