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セッション(伝説のバンド、ここに誕生)

スティーブは、来る日も来る日もトランペットを吹いている。一体いつからそれをはじめたのか、何でもって演奏しているのか、全くわからないが、スティーブは今日も変わらずトランペットを吹いている。

しかし、こうも毎日同じ旋律を吹いていると、さすがに飽きが来るのも時間の問題、「そろそろ、おれのメロディーが引き立つような伴奏が欲しいところだ。」

すると、どこからともなく、ポロンポロンと軽やかな和音が聴こえてきた。スティーブの目の前に、どこからともなく鍵盤を演奏する青年が姿を現した。

「何だ、おまえ」スティーブはすっとんきょうな声をあげた。

鍵盤を弾く青年はびっくり仰天、椅子からお尻が飛び上がった。「一体ここはどこだ?おまえこそ、何者だ。」

「ここがどこかは知らないが、おれはスティーブだ。おまえ、何ていうんだ。」

「お、おれはトーマスだ。鍵盤の名手、トーマスだ。」

「トーマス。ちょうどいい、おれのトランペットにぴったり合う伴奏を探していたところだ。おまえ、このキーでいけるか?」

スティーブはトーマスに有無を言わせず、ぷぅとトランペットを吹いた。

トーマスはその音を聞くなり、先ほどの怯えた表情はいづこへ。「のぞむところだ」と腕まくりをし、姿勢を正して椅子に座り直すと、鍵盤で軽やかな和音を弾ませた。スティーブはその和音に合わせて、トランペットの爽やかなメロディーを繰り出す。

トーマスがにやりとして言った、「おまえ、なかなかやるな。」スティーブはマウスピースから口を離した、「おまえこそ、いい腕をしている。しかしな、今ひとつ何か、足りない気がする。」「たしかに。何かこう、ピリッと味を効かしたスパイスのようなものが....」

二人が顔を見合わせていると、突然どこからともなく、大きな音が響きはじめた。スモーキーでエッジー、それでいてどこかメロウな調べ.... いつの間にやら、目を閉じて身体を前後に揺らしながら、夢中でサックスを演奏する青年がいた。

スティーブとトーマスは、あっけに取られていた。一瞬、サックスの青年の上まぶたと下まぶたが離れた。その隙間から覗いた、ぼかんと口を開けた二人にびっくりした青年は、サックスからブウとまぬけな音を鳴らした。

「わ、何だここは。おまえらは一体....」

「おれはスティーブ、こっちはトーマス」スティーブが間髪入れずに答えた。トーマスが前のめりになって言った、「おまえ、なかなかいい腕をしているな。」

サックスの青年は、ぐいと胸を張った、「あ、あたり前だ。アンドレ様のソロ・プレイは世界屈指だぞ。」

「いいだろう」スティーブは高らかに言った、「おれはメロディー、こいつは伴奏、おまえは間奏のソロ・プレイ。いくぞ、ワン、ツー」

トランペットと鍵盤がハーモニーを織りなすと、アンドレの眼がぎらりと光り、金ぴかのサックスに反射した。絶妙のタイミングで、サックスのソロ・プレイが炸裂する。

「いいぞ、いいぞ」三人は興奮した。しかし、すぐに神妙な面持ちになった。

「....しかし、あと一つ何かが足りない気がするんだ」「うむ、何かこう、地を揺さぶるようなビートが....」「そう、胃袋に響くような、重低なリズムが....」

三人がそんなことをぼやいていると、またどこからともなく、音が聴こえてきた。いや、音というより、肌を震わせる振動のような、空気を揺らす微風のようなもの。ズン、ド、ズン、ドド。ズン、ド、ズン、ドド。

三人が振り向くと、そこにはドラムを叩く青年がいた。髪を振り乱しながら、鬼気迫る勢いで、どんどん叩くスピードを上げる。ドド、ドドド、ドドドドドド....

三人は歓声をあげた。その歓声に驚いたドラムの青年は、両手からバチを放り投げてひっくり返った。

「ああ、いいところだったのに!おまえらは一体....」

「おれはスティーブ」「トーマス」「アンドレだ。おまえは?」

ドラムの青年は、条件反射で答えた、「ゲイリー。」

三人は、じりりとドラムを取り囲み、ひっくり返ったドラマーを引っぱりあげた。「おまえ、なかなかいい腕をしてるな」「8ビート、いけるか?」「ほら、いくぞ。ワン、ツー」

四人のセッションがはじまった。それまで単一だった音たちが、ぶつかり合って一気に混じり合う。地面が揺れる、空気が揺れる。振動し、溶け合い、ひとつの大きなかたまりになった。

四人は互いに目くばせする。「おまえ、なかなかいい腕をしているな」と、心の中で歌った。

スティーブ、トーマス、アンドレ、ゲイリー。伝説のバンド、ここに誕生。

・・・

卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。

カードを見た瞬間、すぐにインスピレーションを得たバンドがありました。わざわざ四人にこの名前を付けたのには、理由があります。少々ひねりがありますが、ちょっとした謎解き気分も味わっていただけたらうれしいです。

前回の作品はこちら。


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