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「おれは怪盗」

おれは怪盗。

怪盗といっても、銀行や宝石店に押し入るような、そんな下品なマネはしない。じゃあ一体、何を盗むのかって?

おれが盗むのは、人間の「これ、買おうかな?」と「あの時、買えばよかった」のあいだに生まれる「やっぱり、今はやめておこう」の瞬間、チャリンと貯まる金だ。

どこかで誰かが買うのをあきらめた時、おれの腹の中には、そいつの「やっぱり、今はやめておこう」の分だけの金が貯まっていく。これが、おれのやりクチ。

おれの目の前を歩いていた男女が、宝石店のショーウインドーの前で足を止めた。女は、ガラス窓が息で曇ってしまうほどに鼻を近づけて、大きなダイヤの指輪に見とれ始めた。

男は、少し困ったような目で女の横顔をちらりと見た。何か言おうと口を半分開いたが、すぐにきゅっと口を一文字に結ぶと、女の体をガラス窓から引きはがし、再び歩き始めた。女は口を"へ"の字にして、ひょこひょこと男に連れられていった。

ばらばら、ばらら。大きな音を立てて、おれの腹の中に札束がどんどん貯まっていく。口のはしから、低い笑い声が今にも飛び出しそう。ツいてる、今日はずいぶんと儲けたぞ。

さーてと、女房にみやげでも買って帰るとするか。

・・・

卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。今回は10分くらいで紙面に下書きを考えて、のこり50分くらいでパソコンで文全体を編集しました。「なぜ腹の中に金が入っているのか?」を言葉で表現するのがけっこう難しかった。

前回の作品はこちらです。


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