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宝塚月組の『今夜、ロマンス劇場で』はやっぱり良かった

 久しぶりに、宝塚歌劇の千秋楽のライブ配信を鑑賞した。今回は月組の公演で、演目は『今夜、ロマンス劇場で』というお芝居と、『FULL SWING』というショーの2本立てであった。実を言うと、僕は1月に宝塚大劇場で同じ演目を観ている。その際、お芝居の方に大変感動したので、これは是非もう一度観たいと思い、ライブ配信を申し込んだのである。というわけで、今回は宝塚版『今夜、ロマンス劇場で』の話をしたい。

『今夜、ロマンス劇場で』は、2018年に公開された同名の映画を舞台版にアレンジした作品である。主人公は、映画の助監督という仕事に就いている青年・牧野健司。健司は忙しい仕事の合間を縫うようにして、街にあるロマンス劇場という映画館に通い詰めていた。その映画館で上映されている古い白黒映画のヒロインで、お城のお姫様である美雪に見惚れていたのである。

 しかし、時は1964年、テレビの普及に伴い映画産業は苦境に立たされていた。ある雨の夜、健司はロマンス劇場の支配人から、収入を得るために件の白黒映画のフィルムを近々売る予定だと聞かされる。

 このままでは、美雪に会えなくなってしまう……

 映画の中では、お城での暮らしに退屈した美雪が「外の世界に行けますように」と願っている。そのシーンとシンクロするようにして、健司は「彼女とずっと一緒にいられますように」と願う。その瞬間、激しい雷が落ち、ロマンス劇場は停電する。次に明かりがついた時、健司の目の前には、映画の中にいるはずの美雪の姿があった。

 その日から健司と美雪は一緒に暮らすようになる。最初のうちは、スクリーン越しで見る以上にお転婆で態度の大きい美雪に手を焼いていた健司だったが、次第に関係を深め、彼女と共に過ごす時間を輝かしいと感じるようになる。美雪もまた、白黒の世界を抜け出し初めて見る彩り豊かな世界を、健司と共に楽しんでいた。

 だが、映画からこちらの世界に出てくるにあたって、美雪はある代償を負っていた。代償のために健司と長い間一緒にはいられないと悟った美雪は、突然健司の家を出ていく。一方、代償のことを知った健司は、出ていく美雪を留めることもできず、すっかり気を落としてしまう。互いに思い合いながら離れてしまった2人は、その後どういうドラマを繰り広げるのか。ロマンス劇場にいるという美雪のもとへ健司が駆けつける時、物語はクライマックスを迎える。

 あらすじと言うには些か長すぎるが、以上が作品の内容である。

 僕は特定のタカラジェンヌのファンというわけではないし、演者の上手い下手にもそれほど注意を払っているわけではないので、作品の評価は概ねストーリーと演出で決まるのだが、『今夜、ロマンス劇場で』はどちらも良かった。まずストーリー面で言うと、ちょっぴりファンタジックな恋愛ものの王道を行くような展開で、余計な捻りが全くない。そのため、頭を疲れさせずに作品世界に没入できるし、キャラクターの思いも受け止めやすくなる。今回の作品では、健司と美雪の互いに対する気持ちが作品の肝になってくるが、ここは本当に丁寧に、かつ美しく描かれていると思う。

 本文の冒頭で、『今夜、ロマンス劇場で』に感動したと書いたが、僕の感動ポイントはまさにこの点にあった(おそらく、他の多くの観劇者も同様ではないかと思う)。何を隠そう、僕はこの作品を見て、数年ぶりに物語で泣くという経験をした。涙を流すと後が大変なので、このところは目の中に溜めて寸止めするようにしていたのだが、大劇場で鑑賞した時、もう堪え切れずに決壊した(ちなみに、鼻水と涎もダバダバ出たので、マスクの中がえらいことになった)。もちろん、ものの感じ方は人それぞれだと思うが、僕はこの作品を見て、2人の男女の思いの強さが本当に見事に、美しく描かれていると感じた。

 もちろん、作中の登場人物は健司と美雪だけではない。それぞれを取り巻く人物もユニークで魅力的な人たちばかりだ。後半は感動的な要素の多い作品だが、前半は彼らのユニークさも相まって、コメディータッチな部分も多くなっている。笑いと涙のバランスの良さも、この作品の魅力である。

 さて、演出面である。特に印象に残った点は2つ。1つ目は、映像演出と舞台演劇とが巧みに融合している点である。『今夜、ロマンス劇場で』は、映画のヒロインがこちらの世界にやって来る話なので、必然的に映画の中のシーンが描かれる。宝塚歌劇の劇場にはスクリーンが付いているので、映画の部分は基本的にスクリーンに映し出されるのだが、一部のシーンは舞台上で演じられる。その時、映像演出から舞台への切り替えが必要になるわけだが、ここは本当に凄かった。映像の世界が現実に飛び出し動き出す様には、もう心が跳ね上がらんばかりだった。これは原作映画では味わえない経験であろう。

 もう1つは、小道具や背景の色づかいである。作品のヒロイン・美雪は白黒の世界の住人で、こちらの世界に来て初めて色というものを知る。健司と初めて外を歩く美雪が、ものの名前ではなく色を尋ねるシーンはとても印象的だ。そして、様々な色を知る美雪の感動を反映するかのように、舞台上には沢山の色が登場する。観客である僕らは、カラフルな舞台を観ながら、世界が彩に満ちていることを感じる。それは、宝塚歌劇自体がそうであるように、束の間の夢であるのかもしれない。しかし、夢は世界の可能性を広げるものである。彩り豊かな世界の夢は、必ずや現実に反射するものと、僕は信じる。それは美しいことである。

 様々な意味での鮮やかさ・美しさに彩られた作品と、僕は2ヶ月ぶりに再会した。画面越しの再会だったが、作品の素晴らしさは変わらなかった。宝塚大劇場・東京宝塚劇場合わせて3ヶ月近くに及ぶ全公演を完遂された月組の皆さま、本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

 さて、惜しむらくは、千秋楽が終わってしまったので、これだけの感想を綴っても読者の皆さまには公演を観ていただけないということである。1月の観劇後に、ちゃんとした感想が書きたいからと構想を寝かせ、そのままにしてしまったことが、今更ながらに悔やまれる。もし仮に、何かの縁でDVDや放送などに触れる機会に恵まれたら、ぜひご覧になってみてください。

(第30回 3月27日)


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