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2022年に出会った特に印象深い本たち

◆はじめに

 こんにちは。ひじきでございます。

 2022年も残すところあと僅かになりました。この一年、学生時代からの知り合いと毎月行っているオンライン読書会の話だったり、ある友人と行っている電話読書会の話だったり、普段はオンライン哲学カフェをやっているメンバーと散発的に行った読書会の話だったり、とにかく読書や本に関係のある記事を色々と書いてきました。そこで今回は、今年読んだ本の中から特に印象に残っているものをご紹介したいと思います。

 僕は本を読むのが遅いうえ、気が向かない時は全く読まない性質なので、一年で読んだ本は50冊にも満たないと思います。ですから「数多の本の中から選び出した傑作をご紹介!」みたいな大きなことは言えません。とはいえ、本を通じて、面白い作品に出会った時ののめり込むような感覚、意外な発見があった時の衝撃、簡単に答えの出ない問いに出会った時のズッシリ感などを味わったこともまた、確かなことなのです。

 これから紹介するのは、それらの記憶を辿る中で、「これは読んで本当に良かったな」と思えた本たちです。それでは参りましょう。

◆1.『月と六ペンス』(モーム)

 最初に紹介するのは、サマセット・モームの小説『月と六ペンス』です。この作品は、ストリックランドという画家の生涯を、知人による手記の形で描いたものです。

 ロンドンで安定した仕事に就き、妻や子どもと共に温かな家庭を築いていたストリックランド。しかし、彼はある日突然出奔してしまう。行方を追ううちにパリにいることがわかったが、パリでの彼は、彼の生活は、以前とは全く違うものになっていた。やがて彼はパリさえも去り、終焉の地・タヒチへ辿り着いて、最後の作品に着手する。

 文明社会の常識では到底捉え切れない一人の男の生き様を通して、人間とは何かを問う——『月と六ペンス』はそのように紹介されることが多い作品です。ただ、正直なことを言うと、この本と出会った時、僕は忙しいやら何やらであまり調子が良くなく、本の内容はうろ覚えですし、本が突き付けてきた問いとも真剣に向き合ったとは言えません。

 しかし、そんな状態で読んだにもかかわらず、そして必ずしも簡単な話ではなかったにもかかわらず、ぐいぐい引き付けられ、ページをめくる手が止まらなくなる感覚がありました。そして何より、この本を読んだということは、なぜか心に強く残っているのです。これだけずっしり残る作品と出会うことはそうないので、今回はまずこの作品を取り上げてみました。いつか再読して、もっとちゃんとした紹介文を書けるようになれたら良いなと思いつつ——

◆2.『四畳半タイムマシンブルース』(著:森見登美彦 原案:上田誠)

 続いては、森見登美彦さんの小説『四畳半タイムマシンブルース』です。今年劇場アニメ化されたこの作品は、森見さんの代表作の1つである『四畳半神話大系』と、劇作家であり森見作品のアニメ版の脚本を数多く手がけてきた上田誠さんの代表作『サマータイムマシン・ブルース』が融合を遂げたものです。

 主人公は、京都のオンボロ学生寮に住む「私」。悪友・小津の悪ふざけにより部屋のクーラーのリモコンが壊れ、炎熱地獄に喘ぐ私の前に、突如タイムマシンが現れる。昨日へ行って壊れる前のリモコンを取ってくれば、クーラーが復活する! 私の提案を受け、数人の仲間が昨日へ旅立つ。だが間もなく、今日に残った私と仲間たちは気付く。もしリモコンを取ってきたら、壊れるはずだったリモコンは存在しないことになる。それは矛盾であり、矛盾を抱えたが最後世界は消滅しかねないと。旅立ったメンバーは手の付けられない自由人ばかり。放ってはおけない。かくして、昨日を昨日のままにするための、私たちのタイムトラベルが始まる——

 強引にまとめるなら、個性的でムチャクチャなキャラクターたちが織り成す青春ドタバタコメディーSFです。大いに笑えて、ちょっぴり甘酸っぱかったりほろ苦かったりして、どこにもないはずなのに無性に懐かしい世界がぐわんと押し寄せてくる、そんな作品です。同時に、時間とは何か、我々の生の可能性や不可能性とは何かという深遠な問いを秘めている作品でもあります。世界観に魅了されるも良し、問いを探究するも良し、色んな楽しみ方ができる作品だと思います。ちなみに僕は、この本を読んでから半月余り、「阿呆になりてえ~」と年甲斐もなく悶え苦しんでタイヘンでした。

◆3.『感情の哲学 入門講義』(源河亨)

 続いては、源河亨さんの『感情の哲学 入門講義』という本です。こちらはタイトルの通り、感情を巡る様々な問いを、大学の一般教養の授業になぞらえ、15章仕立てで考察していくものです。

 感情の基本的な要素とは何か? 感情と思考とはどのような関係にあるのか? ロボットに感情はあるのか? 怖い映画を好んで見たがるのはなぜなのか? これらの問いを巡りこれまでにどのような考えが提起されてきたのか、哲学・倫理学・心理学・脳科学など様々な分野の知見が紹介されます。個人的には、ロボットに感情はあるのかを考える章で出てきた、「ロボットは感情を意識できるかという問いがあるが、そもそも人間になぜ意識があるのかということ自体が最先端の科学をもってしても解明できない謎なのだ」という話が衝撃的でした。

 感情というものに興味がある人にはもちろんオススメの本ですが、僕はそうでない人にもこの本をオススメしたいと思っています。というのも、この本は「哲学する」ことの入門書でもあるのです。

 上述の通り、この本では感情を巡る問いが掲げられ、それに関連する知見が色々紹介されますが、最終的な答えを明示するということはありません。どの章も「あなたならどう考えますか?」という問いで締めくくられています。材料を手際よく並べたうえで、あくまで読者に思考を促すというのが、この本のスタイルなのです。

 もっとも、ただ「考えよ」と言うだけでなく、論理的に考えるためのコツも、本の中で沢山紹介されています。さほど難しくなく、なおかつ実践的に哲学の仕方を学べる本なので、ものの見方・考え方を鍛えたいと思っている方はぜひ、一度目を通していただければと思います。

◆4.『辞書になった男』(佐々木健一)

 続いては、佐々木健一さんの『辞書になった男』という本を紹介したいと思います。戦後日本を代表する2つの国語辞典・『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』が誕生した経緯、そしてそれぞれの辞書の生みの親である見坊豪紀(ケンボー先生)と山田忠雄(山田先生)という2人の国語学者の生涯を追ったノンフィクションです。

 語釈は手堅いけれど、新語の取入れに積極的な『三省堂国語辞典』。型破りな語釈で知られる一方、言葉のセレクトは保守的な『新明解国語辞典』。辞書界きってのベストセラー2冊は、同じ三省堂から刊行されている。なぜ1つの出版社が、収録語数の似通った2つの辞書を出しているのか。また、それぞれの編集主幹であるケンボー先生と山田先生、同じ東大出身の国語学者であり、かつては同じ辞書の編纂に携わっていた2人は、なぜ別々の辞書を作ることになったのか。そして、2人の間を分けた決定的な出来事とは何だったのか。関連資料の収集や、関係者へのインタビュー、そして、2人の「主著」である辞書の記載内容を手掛かりに、名高い国語辞典を取り巻く謎に迫る——

 内容自体とても面白く、ケンボー先生・山田先生それぞれの人柄に魅かれたり、2人の関係に感動すら覚えたりするので、読み物が好きな人にはとにかくオススメの一冊です。

 ただ、僕がこの本を読んで一番良かったなと思うのは、辞書や言葉というものに対する関心が強まったことです。取り分け、新語や新用例の収集に積極的な『三省堂国語辞典』に対する興味は強くなりました。『三省堂国語辞典』は2021年に最新第8版が出ており、その際に特設サイトが作られているのですが、このサイトなどは今でも面白がって時々見ているほどです。ある意味、影響力の強い本だと言えるでしょう。

◆5.『ころべばいいのに』(ヨシタケシンスケ)

 最後に紹介するのは、ヨシタケシンスケさんの絵本『ころべばいいのに』です。絵本というと小さい子どもが読む本というイメージがありますが、この本は大人でも考えさせられるような内容になっています。

 タイトルの『ころべばいいのに』は、主人公の女の子の心中語「わたしには きらいなひとがいる。なんにんか、いる」「みんな いしにつまずいて ころべばいいのに」からきています。そう、この本のテーマは「人を嫌いになる気持ちへの向き合い方」です。嫌いな人というのはイヤなものですし、人を嫌いになっている自分というのもなんだやイヤなものです。そんな時どうしたらいいのだろうということが、この本を貫く問いになっています。

 主人公の女の子は、学校から家に帰るまでの間に、人を嫌う気持ちについてあれこれ考えます。

 イヤなことって雨みたいなものなのかな。だとしたら一時的に逃げる場所が必要かもしれない。とにかくやまない雨はない。——お風呂に入ったらイヤなことも忘れてしまうから、イヤなことは体の外側にくっついてるのかもしれない。——本当にいけないのは相手の子じゃなくて、相手の子を操ってイヤなことをさせている怪物かもしれない。だとしたらそんなヤツの思うつぼになってたまるか! ——というように。

 ヨシタケシンスケさんの絵本はどれも思わず考え込んでしまう内容が詰まっていますが、この本はヨシタケさん自身が長年悩んできたことをテーマにしたものらしく、特にメッセージ性が強く読み応えがあると感じました。

     ◇

 以上、2022年に出会った本の中から、特に印象に残ったものを5冊紹介いたしました。他にも印象に残った本は沢山ありましたが、今回は5冊に絞りました。改めて振り返ってみると、ただ読んでいて面白かったというだけでなく、読み終えた後まで何らかの形で影響の残った本をセレクトしていたことに気付きました。そういう本が、僕にとっては特に大事なものなのかもしれません。

 2023年になっても読書は変わらず大切にしていこうと思います。今度はどんな本に出会えるのか、それらの本をきっかけにどんなことを思ったり考えたりしていくのかと思うとワクワクします。そういえば、これまでは読書会に絡める形で本の紹介をすることが殆どでしたが、これからは読書ノートもつけられると良いなぁとも思っています。本紹介は書けるのに、読書ノートはなぜか挫折を繰り返しているので、有言不実行にならないか心配でなりませんが……

 何はともあれ、今後も読書シリーズをよろしくお願いします!

(第115回 12月31日)

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