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ここには安心がある

落ち着く場所、場面は人によって違う。

そんな当たり前のことをいまいちど思ったのは、岸政彦/柴崎友香「大阪」を読んだからだ。

この本では、大阪という街とともに時間を重ねてきたふたりの人生が語られる。ぼくは大阪に縁がなく、まだその地に足を踏み入れたことはないのだけど、楽しく読めた(まだ半分読んだところだが)。

行ったことはないのに、知らない街と風景なのに、なぜだか懐かしく感じた。

楽しく読めたのはなぜか、それはもちろんお二方の文章力がひとつの要因でもある。けど、もうひとつ思ったのが、同じ場所にいても、同じものを見ていても、人それぞれ見ているポイントや覚えていることが違う。

そんな固有性を思い出させてくれる、そこにこの本の面白さがあるのではないかと。

自分が感じたことや思ったことはもうそれだけで、その人のオリジナリティーというか。いろんな雑音が自分の生の感情を殺してしまうときもあるけど、本来誰もそれを侵害する権利はないのだ。

で、話は戻る。

柴崎さんのパートで「夜に賑やかな路上を一人で歩いているときがいちばん心が安らぐようになった」と書かれている箇所があって、そういう人もいるんだという驚きがあった。

ぼくは、明るい夜の街を歩くと落ち着くどころか、自分の居場所ではないなと感じてしまう。不安になるというか。ソワソワするというか。

じゃあ、ぼくはどこで心のやすらぎを感じているか。すこし考えてみたのだけど、いつだって家がいちばん落ち着くなという結論に至った。

多くの人にとって家ってそうなのかもしれないけど、ぼくにとってそれはより強いものだ。

いままでの人生で何度か引っ越しを経験しているけど、どの家も自分の居場所だと感じてきた。

学校に行ってもはやく家に帰りたいなと思ったし、とにかくいろんなものから自分を守ってくれるし、ひとりになれる場所だった。

嫌なことがあっても、苦しいことがあっても、家が自分を癒してくれた。どんだけ、家が好きなんだ、ぼくは。

と、さんざん家が落ち着くという話をしてきたが、最近は緑が多くある場所も落ち着くなと感じるようになってきた。

自然豊かな公園とか庭園とか。あと、本屋もそうか。視点が外部にも向かっている。

緑がある場所を東京で探すのは、なかなか難しいところではあるのだけど。本屋はいくつかお気に入りの場所を見つけた。

落ち着く場所、場面は人の数だけある。

安心は何物にも代えがたいものだ。今日は一歩も家から出なかった。なんて落ち着くんだろう。




最後まで、読んでくださってありがとうございます!