忘れられたロボット

あぁ、あのシルクハットの男のことかい。

覚えているものなにも、強烈だったからね。一生忘れないんじゃないかな。こう、なんというか脳にこびりつく感じさ。最近は、ぱったりと見かけなくなった。ある日を境にね。

朝、店の準備をしていたら、外からブツブツと声がしたんだ。私は、ほうきを持って店の外に出た。そしたら男がロボットに向かってなにやらしゃべっている。店の前に古びたロボットがあったろ。

もちろん、怪しいやつだなって思ったよ。思わない方がおかしい。さらに、その姿があまりに時代錯誤だった。まるで、100年前からタイムスリップしたかのような姿だったよ。歴史の教科書に載っているような、とにかく古びた格好さ。

わたしは、警戒しながら様子を見守っていたけど、悪い奴ではないって思った。長年、客商売をやっているとわかるもんだよ。どこで判断しているのかを説明するのは難しいけどね。

まあ、店に迷惑をかけなきゃ、こちらとしては何の問題もない。彼が来るのは決まって営業前だったしね。ところで記者さん、こんな話、聞いてどうするんだい?記事にでもしてくれるのかい?お客さん、グラタンはうちにはないよ!おすすめはミートドリア。

                


そのロボットは、いわゆる流行りってやつだった。父がまだこのお店を始めたばかりのときに買ったものらしいよ。まぁ、客寄せってやつさ。私がまだ生まれて間もない頃だった。

とにかく人を呼ばないと、商売上がったりだからね。ロボットっていっても、人が言ったことを繰り返すだけ。いまの人からしたら、味気ないだろうね。けど当時は、それだけでも話題性は十分さ。

いまとは比べ物にならないくらい、街は活気にあふれてね。その当時、ここら辺のお店は、みんな競うようにあのロボットを買い求めて、店の前に飾っていたよ。わたしもそのときの熱気みたいなもんはぼんやりと覚えているんだ。

はじめのうちは、すごい反響でね。この店も子供からお年寄りまでたくさんの人で溢れたよ。いまはこの通り閑古鳥が鳴いているけどね。みんなロボットに向かって話しては、キャッキャッって喜んでいた。

父はそんなお客さんの姿を見て、笑っていた。わたしもそんな父を見ると、子ども心にうれしくてね。けど、慣れるともう当たり前になる。慣れたころにはおしまいに向かっているんだ。

このレンジだって、最初は世紀の発明なんて言われたんだろうけど、いまやそんなことを言う人はいないだろう。時代というのは残酷だね。

新しいものはどんどんと出てきて、すぐに忘れ去られる。いまは進歩のスピードも速いからね。私なんかは目が回るよ。熱気はすぐに冷めて、いまでは、あのロボットを置いているのはウチだけだろう。


父からこの店を引き継いだとき、捨てようと思ったんだけど、どうも捨てれなくてね。だいたい何ゴミで出せばいいんだい?粗大ゴミ?燃えないゴミ?わたしはとりあえず置いたままにした。

父が捨てないで、取っておいたのは意味がある気がしてね。ただ、捨てるのがめんどくさいだけだったかもしれないけど・・・。

たまに珍しがってくれる人も居るよ。愛着?あったのかもね。ずっと外にさらして居るのに、壊れない。丈夫だよ。作った人の腕がよかったんだろうね。

それで、なんの話だっけ。そうそうそのシルクハットの男ね。彼だけだったね、あのポンコツロボットにかまってやるのは。毎日だよ。見かけるようになったのは、ここ数か月ってところかな。

よくあきないもんだなって思ったけど、なんだかうらやましくもあったよ。何を話しているかはよく聞こえなかったんだ。

私もなんか遠慮しちゃってね、聞き耳をたてるのも悪いかなって。けど、ご存知の通り、ロボットは男の言ったことを繰り返すだけ。男が何を期待しているのかは、よくわからなかったね。


私は毎朝、男と顔を合わせるんだけど、数日たってから、男の視界には私は一切入ってないことに気付いたよ。で、試しに声かけても無反応。

私は、まあ、店に迷惑かけないならいいと思ってほっといたよ。だいたい店の準備をしてたら、いつの間にかいなくなったからね。彼が決まってくるのは朝。いつしか私の朝の風景の一部になったよ。

周りの人にそのことを話したら、心配してくれる人もいたよ、泥棒なんじゃないかとか、犯罪者なんじゃないかとか。でも、あんたも見てもらったらわかるけど、そんな感じの男ではないんだよ。

人は見ず知らずの人をすぐに警戒するけど、悪い人はそうそういないんだ。ううん、惚れていたわけではないよ、わたしも店始めたころは若かったけど、いまは一目ぼれなんてするほどの熱いものは持ってないよ。

街の人は、ロボットと男のことをポンコツ同士お似合いだとか、好き勝手言っていたね。ちょっと水を飲んてもいい?あなたは何を飲む?水でいい、ちょっと待っててね。



じゃあ、再開するよ。ある日、わたしはいつものように、返事もしない男にあいさつして、外に出た。男はいつものように、ロボットに言葉を投げかけている。毎朝の変わらない風景。

外にあるイスに座り、私は上着のポケットに入っているタバコを取り出し、火をつけた。朝の光に登っていく煙を見ながらぼんやりとしていたら、ロボットがなにかを言った。

私は思わずタバコを落としそうになったよ。男が言った言葉とは、違う言葉をロボットが口にしたんだ。

あの繰り返すだけが取り柄のロボットがね。正確には何を言ったか、わからなかったけど、朝の空気に伝わってくる振動がいつもと違うということはすぐに気付いた。

私は耳を疑ったよ。男の願いがようやく叶ったって思った。私は、男のほうを見て、彼の横顔をまじまじ見た。けど、特に変わったところはなかったね。喜んでもないし、悲しんでもない。ポーカーフェイスそのもの。

彼が何をしたかったかは、結局、私には皆目検討がつかなかった。けど、いいことが起こったと思ってね、お祝いしようと店の冷蔵庫からビールとグラスを持ってきて、店の外に出たんだ。

そしたらその男はもういなくなってて。ずいぶん恥ずかしがりやだねって思ったよ。まあ、いい。なんだがそれも彼らしい。今度来たときにでも、ささやかなお祝いをしようと。けど、それっきり。


私は、次の日、朝起きて、いつも通り店の外に出たんだけど、男はいない。それで、なんだかがっかりしちゃって、ロボットに話しかけたの。

「あの男はどこに行ったの?」って。

そしたら、最後の力を振り絞るように、そのロボットは言ったよ。

「あの男はどこに行ったの?」って。

あたり前よね、言ったことをオウム返しするロボットなんだから・・・。

けど、私にはね、そのロボットはその男を待っている、そんな風に感じたんだ。私の言葉を繰り返したんじゃなくて、ロボットの本心から出た言葉だって・・・。

考え過ぎかね。まだ、捨てる気はないよ。いつか彼がひょっこりと戻って来たときにロボットがいなかったら寂しいだろう。

いらっしゃい!あのロボット?ああ、話しかけてやってください。最近、話し相手がいなくなって寂しがっているだろうから。


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