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一つの嘘が組織も会社も潰す 〜GE衰退から学べること〜

今回は「GE帝国盛衰史――「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか」の読書感想文です。

長い間「最高の経営者」と言われていた、ジャック・ウェルチは全くそうではなく、むしろエンロンに近いレベルの会計操作に基づいた、虚構でハリボテな”成功”であった、という本書は大きな衝撃を呼びました。

このケースから学べることは多数あるのですが、「小さな嘘・ゴマカシの怖さ」という観点で綴りたいと思います。

GEの顛末を一言で言えば

500ページ以上にわたる本紙を一言で纒めると、「一度吐いた小さな嘘が、数十年掛けて大きくなり、自身がその重さに耐え切れなくなった企業のお話」と言えると思います。

つまり、ウェルチが始めた会計操作が拡大を続け、ビジネスもモラルも壊し、外的ショックもあって誤魔化せなくなった時には、既に世界経済に影響を与えるほどの隠れ負債になっていた。

この本を読んでいると、つい「酷過ぎる会計操作」に目がいくのですが、コトの本質はそこではなく「目先のメリットのために何かを誤魔化せば、必ず全てを帳消し以上にするしっぺ返しがくるよ」ということと理解しています。

「良い様に見せたくなる」経済構造

株価と税後利益

2019年、米ビジネス・ラウンドテーブルは「株主資本主義からの決別」を宣言しました

ですが、依然として株主への分配原資である「税後利益」が、株価との高い相関関係を維持していることは変わりません。

勿論、一つ一つの会社を綿密に調べ上げた上で投資先を決めるような投資家は、「パーパス」や「ビジョン」「中期戦略」といった未来を想像させるアイテムを重要視し、その投資方針は目先の利益増減に影響を受けません。

然し乍、まだまだ目先の税後利益推移で売買を決めている投資家も多いですし、ウェルチの時代は今より遥かに大多数だったでしょう。

次で述べるように、株価の趨勢は上場・非上場関係なく経営に直接的なインパクトを与えますので、「違法ではないゴマカシで、株価を上方操作出来るのであれば・・・」と経営者が思ってしまうこと自体は一部仕方の無いがあると思います(実行するかとは別で)。

株価が高いことのメリット

挙げればキリがないですが、株価が高いことによるメリットを簡単に挙げると以下の通りかと思います(異論は認めます)。

①(Debt・Equityともに)資金調達がしやすくなる
②自己株式を用いたM&Aがやりやすくなる
③敵対的買収をされづらくなる(上場会社)
④株式報酬を渡している社員のエンゲージメントが高まる

GEの場合は特に①と②でした。株価を高止まりさせ、借入コストを極限まで下げると同時に、少ない株式で一定の収益がある会社を買収すると、自動的に会計上の利益が付いてくる。

また、④も結構大きく、特にStock Optionの場合は行使価格より実際価格が低いと、(その瞬間は)価値ゼロです。株式報酬比率は上位層に行けば行くほど高くなるので、株価が低くなると、上位層から順に辞めていく可能性もあります。

このように「株価が高いメリット」が一定以上大きくあり続け、そして税後利益が株価に連動し続けるのであれば、自動的に「ちょっとでも税後利益を大きくしたい」という気持ちが生まれるのは自然と言えます。

後戻りできないだけじゃない、「一時のゴマカシ」

雪だるま式に大きくなる

一度吐いた嘘は「無かった」ことにはなりません。そうなるには、関係者が全員忘れるか死ぬしかありません。ただ、それで済むなら時が経つのを待てば良いです。

しかし、ここで二つ問題があります。①連続性を求められることと、②成長を求められること

ドーピングとでもいうべき会計操作は、当たり前ですが放っておけば来年は発生しません。そうすると、税後利益は前年よりも減額になりますが、まさか株主に対して「去年は操作していましたが、今年はやりませんでした」と言える訳がありません。

さらに厄介なことに、株式市場では成長を求められます。例えば、期待成長率が5%の会社が、前年に90の利益に10の操作をして100にしていたとします。

その場合、翌年は105の収益を求められますが、事業が伸びていなければギャップは15となり、前年の1.5倍の操作をしなければならなくなります。これが続けばどうなるか。お分かりの通りです。この輪廻を断ち切るだけの大型利益が出なければ、続けるしかありません。

もっと深刻な「ディシプリンの崩壊」

表面的な悪循環よりも、さらに深刻なのは「ディシプリン=規律の崩壊」と考えます。

「事業が伸びなくたって、操作すれば良いんだ」というマインドになった瞬間に緊張感が無くなり、本来伸びるはずだった事業も伸びなくなります。

挙句の果てには、事業を伸ばすために割くべき労力が、会計基準や税法の穴や抜け道を探すことに向けられる可能性もあります(GEは毎年この会計操作のためだけに凄まじい人件費が掛かっていたことでしょう)。

そうなると、実態の収益が90 → 80 → 70と下がり、でも市場の期待値が100 → 105 → 110となれば、操作で生み出す収益は10 → 25 → 40と指数関数的に膨れ上がります。

本書を読む限りこれに近いことが起きており、一時の操作が、下がるはずじゃなかった事業収益を下げ、不必要に期待値を釣り上げ、底なし沼に堕ちていった。こう理解しています。

組織も同じ:「1mmの認知のズレ」を大事にしないリーダーは、結果を残せない

認知は絶対にズレる

人間はみな、辿ってきた人生も、持っている情報も全く異なります。その人間同士が持つ認識・認知は必ずズレますし、同じであることは絶対にありません。

つまり、どのような事象・指示・依頼についても、自分と相手の認識はズレます。このことを理解していない社会人、特にリーダーと呼ばれる人がとても多いと感じています。

当たり前ですが、「入り口」の認知がズレていたら、そこから先のアクションも結果も、それに対する評価も全てがズレます。

まずは「今この瞬間の認知を同じくする」ことの重要性をリーダーは認識する必要があります。

「気付く力」「それに触れる勇気」がリーダーには必要

「忙しい日々に毎回100%同値を目指してられないよ」という気持ちも分かります。

しかし、0.1mmの紙を42回折れば月に行けます。角度1度のズレは、100km進んだら、1km以上の違いを作ります。

面談や打合せ中に、「あれ、なんか違うぞ?」と感じたら、絶対にそれを蔑ろにしない。一瞬の勇気が、未来の自分と相手と会社を救います。

そして、どれだけ心理的安全性に溢れる組織を作ったとしても、メンバーや部下からは言い出しづらいもの。つまり、リーダーの「気付く力」と「それに触れる勇気」が必要なのです。

国際宇宙ステーションの船長を務めた、パダルカ氏が「船長に必要なスキル」の最初に「気付く力」を挙げたことは、これとは無関係ではないと理解しています。

おわりに:正直であること=ステークホルダー経営

途中でビジネス・ラウンドテーブルの宣言について触れましたが、ここで標榜されたのが「ステークホルダー資本主義」という言葉でした。

なにやら難しいことのように聞こえますが、その肝は「全てのステークホルダーに対して真摯に向き合い、正直であり続けること」と思っています。

実態はわかりませんが、僕はトヨタはこれが出来てきた会社だからこそ、世界に冠たるグローバルグループであり続けている、と思っています。

ですが、「真摯に向き合い、正直であること」は「八方美人」とは全く違います。相手の耳に痛いことも言わなくてはならない。そして、「誤魔化せるぞ」という多様な誘惑が襲ってくる。そんな中で、貫き続けられるかどうか。各社・各個人の高潔性が試されます。

私は私のためにごまかさない。そう宣言をしたところで、終わりにしたいと思います。では、また来週。

細田 薫


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