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その白球を胸に

キミは知らないんだろうね。
青くて広い空の下、白いボールが私に向かって弧を描く。
その白球を両の手のひらで受け止めたとき、私はキミに恋をしたんだ。

あの日、キミは中学校の校庭でキャッチボールをしていた。私は、その姿を図書室から眺めていたの。

――よく、運動なんか出来るよね。

そんなふうに呆れてしまうくらい、外はカンカン照りの真夏日だった。空気が揺らいで、キミの姿が歪んでいた。確か、陽炎っていうんだっけ。
だから、初めはユニフォーム姿のキミが「斜め右隣の席のちょっと気になる男子」だとは気がつかなかったよ。
いつも、一限目から早弁してる男の子。数学の時間は寝てるけど、英語の発音は上手い男の子。女の子が重たいものを持っていると、助けてくれる男の子。笑ったとき、八重歯が見える男の子。

元気の良い掛け声を聞いているうちに、キミだって気がついたんだ。
キミの声をもっと聞きたくて、私は図書室の大きな窓を開けた。熱気がクーラーで冷えた身体を撫でていく。キミの声まで、手が届きそう。
そう思って、思わず手を伸ばすと――

――あっ、やっべー!

間延びした声と共に、キミの投げたボールが目的地をどんどん越えていく。私の手の中に、ふわりと落ちていく。
手にした白球は、私の顔と同じくらい熱かったよ。

それから、私はキミと同じ高校に合格して、迷うことなく野球部のマネージャーになることにしたんだ。
キミはそんな出来事があったなんて、覚えていないかもしれない。私が同じ中学出身だってことさえ、知らないかもしれない。

だけど、あの日のボールは今も私の胸の中にあって……。
思い出せば、いつだって世界をキラキラにしてくれる特別なギフトだって、私は知ってるの。
だから、今日もキミのことを見てるよ。

シナリオライターの花見田ひかるです。主に自作小説を綴ります。サポートしていただけると嬉しいです!