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明日が晴れならば

――朝子に謝ろう。

夕暮れに染まる部屋のベッドに制服のまま飛び込んで、そう思った。
東雲朝子は、私の親友だ。そして、兄の恋人でもある。家に遊びに来た朝子を見て、兄が一目惚れしたことが交際のきっかけだったらしい。

彼女はあらゆる面で私よりも秀でていたが、謙虚で控え目な性格であるため、それを誇示することはなかった。今まで喧嘩することなく友情を育んでこれたのは、彼女の美徳故のことだろう。

だが、兄のことが絡むならば話は別だ。
地味で平々凡々な私の唯一の自慢は、聡明で人気者の兄を持っていること。同じ両親の元に生まれついたとは思えない男子だが、今まで彼女がいたことはなかった。
妹の私が、ことごとく恋愛フラグをへし折ってきたのだから当然だ。兄宛のラブレターをゴミ箱に捨てたり、クリスマスやバレンタインは必ず家族で過ごすことにしたり、小学生までは兄と一緒に下校した。

冷静に考えてみれば、そんな警戒網をかいくぐって二人が交際に至ったのは、かの親友を敵と認識していなかった私の落ち度である。
しかも、兄には朝子がどんなに素晴らしい親友かを語ってきたのだ。彼女に好意を抱くようになるのは、とても自然なことだったのに……。

下校途中、兄と付き合っていることを彼女に打ち明けられた私は、感情を抑えきれなくなったのだ。
思ってもいないことや思っていることまで、すべての醜くてどろどろした気持ちをぶつけてしまった。
彼女は、酷く悲しそうな顔で私を見ていた。
その表情が脳裏に焼き付いて離れない。兄との馴れ初めを気恥ずかしそうに話していたときと比べ、あまりにも落差のある表情だった。

祝福の言葉なんて心にもないことは言えない。だけど、いつかはこんなグチャグチャの気持ちを丁寧に均して、素直な気持ちで口を開けるだろうか。分からない。分からないけれど――
明日が晴れならば、東雲朝子に謝ろうと思う。

シナリオライターの花見田ひかるです。主に自作小説を綴ります。サポートしていただけると嬉しいです!