見出し画像

とろろそば

記憶に残っている食事はあるだろうか。


僕らはだいたい、年齢×3食を
食べてきているはずなので、
ほとんどすべての食事は、
残念ながら記憶に残っていないことになる。


だから逆に、記憶に残る食事というのは
本当に稀で、めったにないことなのだと思う。


ふと思い出したから、今日はそれを書く。


あなたの記憶に残っている食事は
なんだろうか。


僕は、とろろそばである。


しかもローソンの。


舌が躍るようなおいしさでもなければ、
舌がはちきれるようなまずさでもない。


まずまずの、というかどこでも食べられる味。


だけど、そういうものが記憶に残る。


これは僕が幼稚園生最後の秋に、
今の家へ引っ越した時の話。


そしてこれは、
僕が明確に覚えている、最初の記憶。


幼稚園の年長さんの時、
引っ越しをした。


そこまで遠い場所に越すわけではないから、
幼稚園はそのまま同じところに通った。


おそらく、僕が小学生になる前のタイミングで
引っ越そうということだったんだと思う。


で、引っ越し前の数日は、少しずつ、
今の家のものが新居に運ばれていく。


そんな生活をして、
ついに僕たち家族は新居に完全に引っ越した。


すべての荷物が新居に届いた。


時間はお昼過ぎ。


まだ何も片付いていない家。


調理するわけにもいかないので、
近くのローソンで買って、昼食をとることにした。


そこで僕が選んだのが、
とろろそばだった。


まだ机もない部屋で
家族で地べたに座って食べた。


みんなが何を食べていたかは覚えていない。


でもその時、僕の舌には
とろろそばがあったのは覚えている。


これから始まる新しい生活。


今日からここが僕の家らしい。


でもそうは思えなかった。


家の形はしているし、
前の家具もある。


だけど、ここはまだ僕の「家」にはなっていなかった。


初めての引っ越しだ。


今思えば、無理もない。


完全に0から生活が始まる、
興奮と不安。


家族が心強く見えたりもした。


家から最寄りのコンビニで買ったとろろそば。


今後、絶対に僕たちの生活に深く絡む
場所で買ったもの。


どこでも買えるし、食べたこともある。


今後もたくさん食べる。


だけどこの味は、
二度と味わえないし忘れない、と
その時すでに感じていた。


だから今でも、ローソンでとろろそばを見かけるたびに
引っ越したあの時を思い出す。


有名店でも、ご当地のものでもない。


だけど、だからいい。


そう思って、今日も普通に、
特別を感じようと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?