風俗店退職エントリ

2019年1月3日付けで、私は風俗店を退職した。

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時を遡ること4年近く前。28歳の春、私は風俗嬢になった。本業のライター仕事はそこそこ順調だったので、お金目当てだったわけではない。一言で表すと、とても陳腐な言葉だが、“心の隙間”を埋めたかった。(セックスワークを本業にしている人にとっては失礼に聞こえるかもしれないが、決して差別や揶揄しているわけではない)仕事以外で誰も私を、特に恋愛の面で好きな異性から求められていないよう、ずっと感じていた。自分の女性性を確かめるためにも、私は風俗嬢への扉をノックした。

きっかけは、サブカル好きな女友達からの「変態が集まる店で働きだしたらめっちゃ面白くてさ」という一言だった。お店のホームページを見てみると、確かにマニアック店だ。ドM男性を罵れるのでストレス解消になる、おっさんが必死こいている姿が間抜けでひどく面白いと、友達はゲラゲラ笑いながら話してくれた。

私が一番心配していたのは性感染症。しかし、この店はマニアック過ぎるが故、粘膜接触が一切ない。たまたま手を怪我していて、その傷口から病気に感染した精液が入り込むような、よほどのことがない限り病気の心配はないだろう。しかし、水商売すらしたことのない私が突然セックスワークとは、やはり不安で、面接時は友達に同席してもらった。

面接は淡々と進んだ。友達は横でニヤニヤしながら、プレイに使うオイルやローションなどの準備をしている。対応してくれたスタッフはごく普通の清潔感のある40代の男性。私は社長に源氏名をもらい、翌週から働き始めた。

社長から講習を受けた20分後、初めてのお客さんがついた。緊張し過ぎて、射精後に汚れた手をどうすればいいのか分からず(すぐに洗いに行くと失礼だと思った)オロオロしていたらお客さんから「洗ってきていいよ」と言われた。

その日はもう1本お客さんがついて終了となった。とても疲れたが、同時に謎の高揚感を得ていた。本業の合間に月1で出られたらと思っていたが、仕事の流れに慣れるため、最初の2ヶ月ほどは週1で出ていた。

(写真はイメージです)

初出勤から2日後の2回目の出勤時、本指名(リピーター)がきた。セックスワーク業界歴30年以上のベテランスタッフKさんが「お前、本指名か!?」と目を飛び出して驚いている。こんなにすぐに本指名が返ってくることは珍しいらしい。

その日は、この仕事を紹介してくれた友達と一緒に入っており、帰り際、社長が友達に「はい、紹介料。これで何かおいしいもの食べてきな」と、ポンと裸の2万円をくれた。友達は「わーい!」と素直に喜んでいる。そのまま二人で高級焼肉店へ行った。初めてこんな美味しい肉を食べた。肉が口の中でとろける。良質な様々な種類の肉が次々と運ばれてくる。あの行為でこんな肉が食べられるのか……。

怖い。

友達は無邪気に肉に食らいついている。この世で最高に美味しいと感じる肉を食べながら私は決めた。セックスワークで稼いだお金は全て貯金すると。(この肉のお金は実質的には友達がもらったものなので自分のものではない)

ありがたいことに、私は出勤したらほぼ毎回本指名を取れるようになった。そして、日払いでもらえる給料は、数日以内にすぐ定期預金口座へ入金した。

私のために予約をしてくれるお客さんがいること、私のために時間とお金をつかってくれるお客さんがいることがうれしかった。お客さんの前では違う自分になれた。私の姿を見た瞬間、延長を願い出るお客さんも時折いた。

父親の家系がミス○○に選ばれる美女がいるような美人家系なので、そのDNAを少しだけ引き継いだおかげで「綺麗ですね」と言われることはそれまでも多かった。でも、どう反応すればいいのか分からず「そんなことないです」と首をブンブン横に振っていた。それが、セックスワークを始めたら笑顔で「ありがとうございます」と言えるようになった。必要以上に謙虚に振る舞うことなんてしなくていいのだ。

でも、仕事を終えて電車に乗った瞬間、私の抜け殻だけが電車に揺られ、魂はどこか別の場所を漂っているような感覚をいつも感じていた。

帰宅したら、その日はどんなお客さんを接客したか、どんな話をしたか、どんなプレイをしたかなど、顧客情報をエクセルにまとめた。そして、次回指名してくれた際に前回話した何気ない話題を出すと、お客さんが喜んでくれることがうれしかった。

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もちろん、良い思いばかりしていたわけではない。ある常連のお客さんの指名の時間が近づくと、必ずお腹を下すようになった。最初のうちは「何か悪いモノでも食べたのかな?」と思っていたが、そのお客さんのときだけなので、自分はそのお客さんが苦手であり、ストレスでお腹を下していることに気づいた。

今までプライベートも含め、いろんな場面で私は我慢ばかりしてきた。だから「嫌」という感情が麻痺していて、それがストレスとして体に表れるまで気づかない体質になっていた。いわば、感情がぶっ壊れていたのだ。その後、スタッフさんに相談し、そのお客さんはNGにしてもらった。

お店のスタッフさんには私の本業がライターであることを話していて、時折私が書いた記事も読んでくれているようだった。ライター業がどんどん多忙となり、店への出勤は2〜3ヶ月に1度まで減ったが、それでもあのお店が私の居場所のように感じていた。出勤するたびに私の心は満たされていった。激レア嬢なのでお茶をひく(お客さんがつかないこと)ことはなく、常にホテルからホテルをせわしなく移動していた。

友達が言っていたとおり、お客さんのほとんどが変態か、性感染症にかかる可能性のあるヘルスやソープなどへ行くのを恐れている、気弱そうな男性ばかりだった。自慰行為を見せたがる人、網タイツにヒールを持参してきて、私にそれを履いてほしいのかと思ったらお客さん自身が履いてプレイに及ぶ女装癖の人、事細かに台本を書いてきてイメージプレイをしたがる人。(体育館の使用権を争う男子VS女子という、それもめちゃくちゃマニアックな設定)

あるときはどう見てもヤクザが来た。見た目は普通のおじさんなのに、服を脱いだら背中一面に昇り龍。あっ……と思っていたらにっこりと笑顔で振り返って背中を指差し「これ、気にしないでください」と言われた。いや、気にするし。

事務所に戻ってスタッフさんに「さっきのお客さん、ヤクザでした」と報告すると、「ヤクザはドMが多いんだよ〜」とのんきにタバコをふかしながら言われた。

楽しみながら働いていたが、当時、金銭の交渉でモメた末に風俗嬢が殺される事件が多発していた。この店では、ホテルに先にお客さんが入っているパターンと、お客さんと待ち合わせて一緒にホテルに入るパターンがあった。ラブホテルには部屋に入った瞬間オートロックとなり、退出時にフロントに電話しないと鍵が開かないところもある。待ち合わせて入る場合、なるべく自分で鍵を開けられるタイプのホテルを選んだ。何か危険な目にあったとき、すぐに逃げられるように。

セックスワークの友達は何人かいるし、取材もしてきた。その子達の多くは、本業にしていて、しかもカツカツの場合生活費で消えるか、もらったその日のうちに買い物で使ってしまうと言っていた。「堂々と人に言えない仕事で稼いだお金なので、早く使ってしまいたい」と言っている人もいた。でも私は、命がけで得たお金なので、簡単には手を付けられない方法を自ら選んだ。

(写真はイメージです)

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本業のほうでは本の出版が決まった。スタッフさんに話すと喜んでくれた上「お前、もうすぐ発売なのにこんなことしてる場合なの?」と心配してくれた。(既に校了していて、あとは発売日を待つだけの状態だった)

ベテランスタッフのKさんに本の内容を聞かれたので、発達障害に関する本だと伝えた。でも50代だしきっと発達障害なんて知らないだろうなと思っていたら、驚くべき返答がきた。

俺、一時期精神障害についてめちゃくちゃ勉強したんだよ。まだ当時は発達障害っていう言葉もなかった。だから、絶対に遅刻してくるヤツ(風俗嬢)に『やる気がないのか!』って怒鳴ると泣きながら『違うんです。気をつけているのに遅刻しちゃうんです』って言う。それから、ああ、この子たちは根性の問題ではなく障害なんだと理解できるようになった。この業界にはそういう子たちがすごく多い。それで、病院に連れて行ったり福祉の支援施設についていってあげたりっていう活動を、一時期やってたんだよ」

すごい。と、同時に、Kさん、若い頃めっちゃモテただろうなと思った。

最後に出勤したのは昨年7月頃だったと思う(デビュー作の話をした後、店に出ていないので)物理的にもう出勤する時間を取れないし、私にはもうあのお店は必要ないと、一人で過ごしたこのお正月に分かった。私のことを大切に思ってくれている人、信頼してくれている人の存在が分かり、心の整理がついた。

そして、私は以下のメールをお店に送った。

数十分後、店から返信があった。「明日、お待ちしています」とのこと。

翌日、私は最寄り駅でお菓子の詰め合わせを手土産に買い、店へ向かった。事務所の扉をノックして「お疲れ様です〜」と入る。スタッフさんが2名いた。

「お〜! 久しぶり! 髪色すげぇなw」

スタッフKさんが笑顔で出迎えてくれた。正月明けの店は相当忙しいようで、ひっきりなしに電話がかかってきている。その電話の合間にKさんといろいろ話した。一時期、摂食障害がひどかったこと、今は回復していること、新刊の売れ行きが順調でAmazonで一時的に在庫切れを起こしていること、恋愛や結婚のこと。そして、このお店で過ごした4年弱、振り返って働いて良かったと思っていること。

この日は忙しく、出勤女性が足りないようだった。Kさんは冗談交じりに「14時から60分入っていくか?」と聞いてきたが「もうやらないっす」と笑いながら答えた。

そして、今日は出勤していなかった別のスタッフさん、仕事を教えてくれたり「○○ちゃん(源氏名)、大丈夫?」といつも気を使ってくれた先輩、なかなか現れない社長にも、ありがとうございましたと伝えてもらえるようKさんに言った。

事務所を出るとき、Kさんは「またいつでも戻って来いよ!」と私を指さした。やっぱりこのお店は居心地がいい。でももう、戻らない。

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事務所を後にし、駅まで歩いた。そのとき、ビルとビルの隙間に、小さな小さな神社があることに気づいた。4年弱通っていたこの道に、こんなに小さな神社があることにずっと気づかなかった。敷地面積、約8畳ほど。きちんと手水舎まである。そう言えば、まだ初詣をしていないので、ここで済ませていくことにした。

お賽銭をどこに投げればいいのかわからず探したら、拝殿の隙間に「賽銭入れ」という札がかかっていた。手を清め、賽銭を入れて鈴を鳴らす。二例し、手をたたき、祈った。この地へのお礼も神様へ伝え、一例した。

(写真はイメージです)

帰りの電車に乗った。お世話になったラブホテルたちを最後に眺めようと、ホテル街の方へ体を向けていた。もうすぐホテルが見えてくる。と、そこに反対方向行きの電車がゴーッと通り過ぎていった。その電車とすれ違った後は、ホテル街は既に過ぎ去っていた。もう、このホテル街は見なくていいということを、神様が伝えてきたのかもしれない。

(写真はイメージです)

2019年、私はアップデートされた。


※お店の特定に繋がらないよう、一部表現や名称を変えています


#エッセイ #風俗 #セックスワーク #発達障害


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姫野桂

コメント6件

Kさんが思いの外、かっこよかったです。次はKさんの本を出してみてはいかがでしょうか?
ヤマシタさん
そうなんです。Kさん、この業界で酸いも甘いも知り尽くした方です。題材にできるといいなぁとは思っています。
姫野さん、こんばんは。
姫野さんのことは以前より応援しております。風俗、というだけで一般のお仕事よりも下にみられてしまいがちですが、こちらの文章を拝見している限り、しっかり人対人との付き合いやお金の大切さやを大事にしていることが伝わります。そして、『居心地がよい居場所』わたしもさがしているかもしれません。そう思えた場所、ヒトに出会えるってすごいことなんだと思います。
自分のために時間を割いたりお金を払ってくれる人がいる…そんな謙虚なキモチがお客様やスタッフさんにも伝わったのだと思います。人を蹴落としたり胡座をかいたりするのではなく、やっぱり素直さや謙虚さが、今の時代にはもっともっと必要だったり、なにか物足りなさ寂しさが、ネットが悪いとは言わないのですが、人間関係の希薄さがどこかにあるのかもしれません。またぜひ楽しみにしておりますね。
ワタシ、はさん
コメントありがとうございます! そして以前より応援いただいていらしたとのことで嬉しいです😊

風俗嬢取材もしたことがありますし、風俗を本業にしている知人もいます。でも、風俗と一言で言ってもそれぞれなんですよね。
お金を目的としている人がほとんどですが、稀に私のように居場所や承認欲求を満たすためにやっている人もいます。

ちょっとしたネタを今後も書いていきますので、よろしくお願い致します🤲
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