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文字の上の文字の上の文字 【1000文字小説 #001】

 コーヒーのおかわりを注ぎに行くと、おんなの人がノートを広げ、その上に手帳を置き、その上に付箋を乗せて、文字を書き込んでいた。
 ノートにも手帳にも文字がびっしり書いてあり、付箋もほとんど文字で埋まろうとしていた。
 付箋は細長いやつではなくて、正方形の大きめのものだ。
 かりかり、ではなく、つんつんと書き込んでいる。つんつんしているのは、ペン先がとても細いからだろう。
 
「おかわりいかがですか」私は尋ねた。
「お願いします」と彼女。
「お砂糖とミルクはいかがいたしますか」と私。
 砂糖を、と言われたなら、次は普通の砂糖か、シュガーレスかに分岐する。
「ミルクだけお願いします」と彼女。

 彼女はトイレに立つとき、大抵のお客さんがするように、ノートや手帳を置いていくことはない。当然、スマホも。なんならバッグも。布を置いていく。冬ならジャケットを。夏ならば冷房避けの薄いストールを。
 本当は、何もかもトイレに持ち込みたいのではないか。でも、食器だけを席に残すと、もう帰ったと思われて、下げられてしまうのを心配するのだろう。

 私はいくたびも彼女にコーヒーを注ぎに行くことがあり、おかわりのときも、断られるときも、いつでもノートにつんつんと書き込んでいるが、あの日のように、文字の上に文字の上に文字、というタイミングはなかなか訪れない。
 彼女がきっちり縦横を揃えて重ねていたノートと手帳と付箋を、頭の中で互い違いにくりっと回してみる。ぜんまいの音。

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