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間際

ここはどこだ。真っ暗で何にも見えねぇ。
手足の感覚もなくて、ただ真っ暗だということだけがわかる。
ぼんやりと思い出せるのはバイクを走らせていて、何かに横からぶつかられて、宙に放り出されたということだ。
あぁ…なんとなく察した。俺は事故って、そして死ぬんだろう。
不思議と怖くはなかった。ただやんわりとした気持ちが俺の心を包む。
これはもしかしたら安堵しているのかもしれない。
やっと終われる。俺のこの糞みたいな人生を終えることが出来ると。
思い起こせば、俺の人生は初めからロクなもんじゃなかった。

俺の物心つく頃、或いはその前から、いつも酒を飲んでいて、ことある毎に俺を殴った親父。それをつまらなそうに眺めているお袋。しかもお袋は他の男としけこんでいる様だった。
俺が金を稼げる年齢になると、俺をロクに学校にも行かせずに働かせた両親。
その金で酒を飲む親父と、男と遊ぶお袋。
俺はそんな糞親をボコボコにして家を出た。
体格もよくなった俺にとっては、飲んだくれの親父と遊び歩いているお袋をボコボコにするなんて造作もなかった。
そして行く当てもなく、ふらふらと繁華街をぶらついていた俺は、そのうち人にはとても言えないような方法で日銭を稼いだ。
つるむ奴らも何人か出来た。そいつらと一緒に金を稼いだこともある。
だがそいつらの顔は何時も下卑た顔で、お互いがお互いを裏切らないように、いつも気を張り詰めていて、そいつらと居ても俺の心が休まることはなかった。

それだけだった。俺の人生。
俺の人生には何にもなくて、ましてや俺の為に泣く人なんて誰もいない。
もとより最低の人生だ。終わったところで惜しくはない。
だからもういい。このまま終わろう。

「…かっちゃん…。」
なんだ声が聞こえる。聞き覚えのある、よく聞いた声。
「…かっちゃん。」
その声を俺は思い出す。いつも聞いていたその声を。
「かっちゃん!」
まだ俺は真っ暗闇の中に居たが、俺はその声を鮮明に思い出した。
小さい頃から聞いた声。
何かあるたびに俺に突っかかってきて、親でもねぇのにやたらと俺を叱りつけて。時には涙を流しながら俺を𠮟りつけた声。
幼馴染の聡美の声だ。

そういえばあいつは俺が繁華街をぶらつくようになった時も、本当に驚いたが俺を探しだして、俺を家に連れ帰ろうとした。
つるんでいる奴らにも、俺と縁を切るようにすごい剣幕で迫っていたっけ。その場を収めるのにとても苦労をした記憶がある。その時、聡美の足は震えていて本当は怖かっただろうに。
俺が親をボコボコにして家を出た時も必死に俺を止めようとしていた。
小さいときには俺が両親に殴られて、怖くて家を抜け出した時も、あいつはいつも一緒に居てくれた。聡美は家の門限があったのに、遅くまで俺と一緒に居てくれた。

あいつなら俺の為に泣いてくれるだろう。
あぁ、俺の人生でたった一人、たった一人だけ俺の為に泣いてくれる人がいた。

ありがとう。その一言が、俺の心に湧いて出た。
俺と一緒に居てくれてありがとう。俺のことを想ってくれてありがとう。
俺と出会ってくれてありがとう。

あぁ、悔しい。
叶うのであれば、ありがとうと、あいつに一言伝えたかった。
叶うのであればあいつともう一度人生をやり直してみたかった。
叶うのであればあいつと一緒に生きていきたかった。

もう一度、あいつの笑っている顔が見たかった。
あぁ、悔しい。
そうして俺の意識は途切れた。

その後病院のベッドで俺は目を覚ます。
ベッドの横には聡美がいて、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「…かっちゃん!」
そうして聡美は俺に抱き着く。
俺はギプスのついた手で聡美の背中に手を置いた。
「聡美…ありがとう。」
そうして俺も聡美と一緒にくしゃくしゃに泣いた。
もう一度生きてみようと、そう思った。今度はまっとうな人生を送ろうと思った。
俺を心から想ってくれる、そんな心から大切な、この人と。

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